「……ズっ、……おい、アズっ!」
呼びかけられて、気付いた。
【一瞬、意識を飛ばしてしまっていたみたい……】
ハッと、顔をあげれば、私がぼーっとしている間に、子供たちの治療を終えてくれたのか。
周囲に集まってきて此方を見てくる子供たちに、心配そうな表情を浮かべたお兄様、それから仮面の下で表情は読めないけれど、此方の方に顔を向けているセオドアの姿が目に入った。
「……ごめんなさい。もしかして、僕のこと、何度か呼んでくれていました、か……?」
みんながみんな、私の方を向いていることに。
【何度か、呼んで貰ってたらどうしよう……】
と、不安な気持ちに襲われながらそう聞けば。
「いや、呼んだのは今だけだけど……。
お前、本当に大丈夫か? まだ、体調が良くないんだろう?」
と、お兄様から言葉が返ってきて。
私はその言葉にふるりと首を横に振って。
「いえ……。少し、休ませて貰ったお陰で、もう大丈夫です」
と、声を出す。
幸い、さっきまで強く感じていた吐き気は殆ど治まっていて、これなら、動けるかもしれないと……。
ほんの少しでも、元気になったことをアピールしようと、立ち上がったのが失敗だった。
「……っ、」
瞬間、強い立ち眩みがして……。
ふらっとよろけたのを、さっきと同じようにセオドアが、がっしりとその腕で支えて受け止めてくれる。
「……ほら、やっぱり無理してるんじゃないかっ!」
そうして、お兄様に呆れたように叱られて。
……みんなに迷惑をかけてしまっていることにシュンと落ち込みながら。
「あの、……でも、本当にさっきよりは大分、体調が悪いの落ち着いてきてて……っ」
と、声を出せば。
「アズ、頼むから無理はしないで俺の腕の中でジッとしててくれ。
どうせ、直ぐには出られねぇからな。……暫くはこの部屋の中で缶詰状態だ」
と、セオドアがそう声をかけてくれるのが聞こえて来た。
逆に気を遣わせてしまったことに申し訳なくなりながら、私はこくこくと、セオドアに言われたその言葉に大人しく頷いて。
元の場所にそっと、座らせて貰った上に。
その横にドカッと腰を降ろしたセオドアの肩に有り難くも寄りかからせてもらう。
【うぅ……、本当に何から何まで申し訳なさすぎる……っ】
「あぁ、そういや、テオドール。……お前、階段付近が土で埋まって出られないって言ってたよな? あれって、一体……」
「あぁ、それは……」
「ハっ! テメェ等がこの先どうしようと無駄なことだぜっ!
あらかじめ階段の上に、補強が緩んでる箇所をわざと作っておいて、何かあったら、振動を与えて崩れやすくして閉じ込めるって決めてたんだ!
そのうち俺等の仲間が、見張りの番を交代しにきたら、階段下の扉の前が土で埋まってることには直ぐ気付くだろうさ。
そうなりゃ、テメェ等はそこで終わりよ! アイツらが俺たちを助けに来てくれる筈だからなっ!」
「……だ、そうだ」
そうして、お兄さまから振ってきた疑問に、セオドアが説明しかけて口を開いた瞬間……。
檻の中に入れられていた見張りの男の一人が、此方に向かってギャンギャンと吠えるように、声を出してくるのが聞こえて来た。
【話を聞く限り、この人達は、何かあったときの為に誰かを閉じ込めるための罠を事前に張り巡らせていた、ということだろうか……?】
どういう状態でそういう事をしていたのかまでは状況を見てないから分からないけれど。
この人は、追いかけてくるセオドアの一瞬の隙をついて、罠を起動させたのだろう。
さっきの、何か大きな物が落ちるような音が、土が落ちてくる音だったのなら。
何となくぼんやりと、その光景が朧気ながらにも頭の中で理解することが出来た。
「あぁ、そうなのか……」
男の言葉や、どこか勝ち誇ったようなその視線に、不安を覚えたのか。
その言葉を聞きながら、『もしかしたらここからはやっぱり出られないのかもしれない』と、心配するような表情を浮かべる子供たちとは反対に、お兄様はどこまでも冷静だった。
……私達からすれば、二階にお兄さまの騎士が行ってくれているのが分かってるから。
手筈通りにいけば、余程のことがない限り。
それに、セオドアが事前に、私達がもしも戻らなかった時、王宮に増援を呼びに行って欲しいと頼んでくれていたから。
【次にこの地下の扉が開くときはきっと、王宮の騎士が扉を開けてくれる時】
だとは、思う。
この屋敷に入った時がまだお昼前の、11時くらいだった筈だから。
14時くらいに約束の時間がきて、そこからお兄さまの騎士が迅速に王宮に増援を呼びに行ってくれていたとして……。
諸々手続きをしてくれたあとで、此方にやってきてくれるのはきっと、どんなに最短でも16時前後くらいにはなるだろう。
私達に許された今日一日動き回れる時間のタイムリミットは18時だから、もしかしたら、今日は本来の私達の目的だったジュエリーデザイナーには会えないかもしれない。
【最悪、ツヴァイのお爺さんにこの人達を捕縛したことに成功したと、報告する所までで終わってしまいそうだな……】
と、思いながら、私は、そうなった時は、そうなった時で仕方がない、と。
すっぱり諦めることも視野に入れることにした。
【勿論、可能性があるなら諦めることはせずに頑張るつもりだけど……】
こうして、人身売買の件に関わってしまった以上は、私達の事情よりも、今後のこの子たちの行く末の方が心配だし。
お兄さまがいるから大丈夫かもしれないけど。
王宮の騎士から、事情を詳しく問いただされて、私達も暫く拘束されてしまうかもしれないということは、考えておかなきゃいけないだろう。
頭の中であれこれ、色々と思考を張り巡らせていたら、私達の反応がどこまでも薄いことに、檻の中で見張りの男が、訝しげに眉を寄せて。
「テメェ等、なんでそんなに反応が薄いんだよっ!?
言っておくけどな、コレは、はったりなんかじゃねぇぞ!
俺等の仲間が来ればテメェ等なんか、マジで一網打尽、だからなっ!」
と、声を出してくるのを、お兄さまが、呆れたようにハァ、っと、ため息を溢しながら。
「俺たちだって、お前達に対して何の準備もせずに此処に来てる訳じゃない。
お前達に仲間がいるように俺たちにも仲間がいて。
二階と地下で手分けして、お前達を捕まえるために俺たちが動いているってくらいは、頭を働かせた方がいいんじゃないか?」
と自信満々に声を出すのが聞こえてきた。
「って、まぁ……っ。
全部っ、テオドールが考えてくれたもので、俺が考えた策じゃないんだけどさっ」
そうして、もごもごっと口ごもったあとで。
コホンと、咳払いをしながら……。
小さく声を出すお兄さまの、その言葉は聞こえなかったのだろう。
「……っ、」
お兄さまの言葉に何も言えなくなってしまったのか。
絶句したように口を閉じる見張りの男に……。
「まぁ、とにかくだっ!
そのうち、きちんとした王宮の騎士が、お前達のことを捕縛しにくる。
そうなったら、もうお前達は終わりだ!
正式な法に則って、犯した罪はきちんと償って貰うからな!」
追い打ちをかけるようにお兄さまがそう言ってくれるのが聞こえてきて、そこでようやく子供たちも安心したのだろう。
私の周りに座っていた子供たちが、お兄さまの力強いその言葉に、『……おおっ!』と、声をあげるのが聞こえてくる。
「あの、ギゼル様……。
この人達を捕まえたあとの、子供たちのことって、考えてくれていたり、しますか……?」
みんなの遣り取りが一段落したところで。
私は、ここまで来て不安に思っていたことを、直接お兄さまに聞くことにした。
犯罪を犯した人間を取り締まって、捕まえるまでは分かる。
これがもし、一般の貴族の子供を誘拐してとか……。
そういう事情だったなら、救われた子供たちは保護されたあと、元の家に帰してもらえたりもするだろう。
だけど、この子達は、元々が
私のその問いかけに、お兄さまは少し視線を逸らすように動かしたあと。
「正直ここに来るまでは、そこまでのこと、ちゃんと考えていなかった。
……俺、手柄を上げることだけを、必死になって考えてたから。
でも今は、教会とかそういう所に掛け合って、受け入れて貰えるような場所があるなら、父上にも相談した上で探してみるつもりだ。
とりあえずこの後のことは、騎士団で保護して、暖かいご飯と水を出してやれるところまでは俺の独断で、今決めた!
多分、その意見は俺の権限を行使すれば、通るはずだ」
『だから、アズ、安心してくれ!』
と、お兄さまにそう言って貰えて、私は心の中で、ホッと安堵した……。
「それなら、良かったです」
ふわっと、柔らかな声を出せば……。
「そ、それで、お前達は……。
そのっ、スラムで、ずっと暮らしているの、大変じゃないか……?
テオドールの腕さえあれば、騎士団の入団試験に入ることだって、可能な筈だし。
俺も、お前達のことっ、推薦してやるから、もし良ければ、そのっ……」
「……いえ。有り難い申し出ですが、僕達は事情があって、今の暮らしを手放すことは出来ないんです。
お兄ちゃんは、そのっ、凄く強いので、ギゼル様の言う通り確かに騎士団に入ることは出来ると思いますが……。
僕は、身体も弱くて、あまり何の役にも立てない存在ですし」
お兄さまから思ってもみないことを言われて、私は苦笑しながら、声を出した。
【流石にセオドアがもう既に帝国の騎士である】
ということは、当然言える筈もなく。
色々と誤魔化すようにしか言えないのが申し訳ないけれど。
やんわりとお兄さまからの提案を辞退すれば。
「……っ、そんなことっ!」
と、私に言いかけて……。
お兄さまは、私達二人を見ながら……。
「……あ、でもさっ! 今日のこの一件だけでも、凄い功績だと思うんだよな。
俺に協力してくれて、人身売買の摘発に尽力してくれてる訳だからさっ!
多分、父上から、功績に対する褒美は受け取れる筈だからっ、お前達も、それは受け取ってくれよな!」
と、声をかけてくれる。
「いや、ソイツは止めておくよ。
俺たちはアンタが思っているよりも、綺麗な暮らしをしている訳じゃない。
今まで色々な場所を転々としながら暮らしていた時に、法に関してもグレーな事をしてきた自覚はある。
偶然、アンタ達と一緒に動くことになって、偶然手助けするみたいな形になっちまったが、本来そんな、お綺麗な功績に対する褒美を受け取れるような存在じゃない」
セオドアがお兄さまに向かって、断ってくれた。
セオドアのその言葉に、お兄さまはもの凄く残念そうな顔をしたあとで。
「……そっか、分かった」
それでも、私達のことを尊重してくれようとしてくれたのか。
お兄様は、私達の意見を丸々、飲み込んでくれた。