「エヴァンズの小僧が持ってきた婚約は此方にとっては確かに利のあるものだ。
だが、お前が魔女である以上は将来のお前の嫁ぎ先は慎重に考えねばならぬ」
「私の能力が、余所の国で利用されるかもしれないということでしょう、か?」
「……いや、シュタインベルクは大国だ。それに我が国で採れる鉱石は唯一無二のもの。
それだけで、我が国と何とかして友好を深め結びつきを強くしたいと願う国は多い。
だから、例えお前が魔女であることを知ったとしても、命を削るというのに、迂闊にお前の能力に手を出して使用するなどという馬鹿なことを考える国はないだろう。
国同士の結婚である以上、友好関係にヒビが入るようなことはしない筈だ」
「えっと、そのっ、……」
「だが、お前の価値は最早それだけには留まらぬ。
お前が嫁ぐとなれば、精霊王様も、お前について行かれるだろう?」
「……あっ、」
「あの方の知識は国外に迂闊に出して良いものではない。
それに、精霊と魔女の関係も、な……。
だが、お前のその髪色と、お前が魔女だと知っていながらも、大国であるシュタインベルクの皇女というだけで、迂闊にその能力を使用することもできないとあらば、お前のことは持て余すしかない。
相手側からすれば、例えシュタインベルクの皇族といえど、お前のことは正妃にすることはせず、“側室”として求めてくるだろう」
『どこまで行っても、釣り合わぬ婚約になる』
お父様のその言葉に、私は驚き目を見開いた。
私がこの国から離れることになれば、確かにアルも私についてきてくれるだろう。
そして、アルの正体は公にすることも出来ず、“事前”には教えることも出来ない最大の秘密だ。
余所の国との婚約がもしも持ち上がった時、相手の国からすれば私は、大国の皇女だからこそ、魔女でありながら、迂闊に自国のために能力は使用出来ない存在。
ましてや、正妃になろうものなら。
跡を継ぐ為に生まれてくる子供が、この世界で忌避されるような赤色を持って生まれてくるかもしれないリスクがある。
だからこそ、私のことをなるべく側室にしたいと思われるだろうというのは、お父様の言葉の通りだった。
だけど、シュタインベルクからすれば、私以前に、アルの存在がとんでもない程の価値があり、それを手放すこと自体が損失でもあるものだから。
お父様は、私が他国の王の側室という立場に収まることが、釣り合わないと言っているのだろう。
【そこまでは、考えていなかった、な】
「……お前を側室としてでしか、求めてこないようなら、他国にお前を嫁がせるつもりはない。
エヴァンズの小僧はその辺り、知らぬことだから。
簡単に婚約破棄をすれば良いと言っていたが、この婚約関係を結んでしまったら、お前が将来エヴァンズに降嫁する可能性はかなり高いだろう」
お父様のその言葉の意味は考えるまでもなく。
私が自国に留まることによって、シュタインベルクからすれば、アルの存在を手放さなくてもいいということに直結する。
「さっきも言ったがエヴァンズは歴代の皇帝に忠実に仕えてきた歴史がある。
個人的に認めたくはないが、家柄としては申し分のないものだし、他国でお前が側室として扱われるくらいならば、エヴァンズに嫁がせた方が良い」
「それは……。私が決めてしまったら、高確率でルーカスさんの将来を縛ってしまう、ということですね……?」
私の問いかけに、お父様は私を見たあとで、はぁ、っと小さくため息を溢した。
「婚約の話を持ちかけてきたのはエヴァンズなのだから、そこまでお前が気にすることではない。
……だが、お前の能力も、お前の傍にある力も、特別なものであり、価値のあるものだ。
誰かに利用されるかもしれないということは、常に考えておかねばならない」
お父様のその言葉に、私は素直に頷いた。
自分が思っていた以上に、色々と考えなきゃいけないことも。
これから先、上手く立ち回っていかなきゃいけないこともあるのだと思い知る。
それより、ルーカスさんとの婚約関係をお父様が個人的に認めたくない、っていうのは、なんでなんだろう?
「あの、お父様、ルーカスさんとの婚約関係をお父様が個人的に認めたくないというのは、一体、どういう……?」
「……お前にはまだ婚約の話自体が早いものだと思っていたからな。
そのっ、なんだ……、魔女の能力が発現したことによって、お前はこれから先、否応なしに命が削られるかもしれないだろう?
あと、何年、生きることが出来るのかも、分からぬ中で……。そのっ、だな……」
「……?? お父様、?」
「私と、まともにこうして親子としての親睦も深めることもないうちに、婚約関係を結ぶなどと……」
いつもはっきりと物事を伝えてくるお父様にしたら珍しく、もごもごと、口ごもって言葉が断片的にしか、上手く聞き取れなくて、ちゃんと聞き取れたのは……。
【お前には、まだ婚約の話自体が早い物だと思っていたからな】
という最初の一文のみで。
私は、お父様が何を言いたいのかよく分からなくて首を傾げた。
【魔女の能力が発現、否応無しに……、あと何年、まともにこうして……、婚約関係を結ぶなどと……】
頭の中でなんとか聞き取れたお父様の言葉を繋ぎ合わせてみたけれど。
【……だめだ、全然分からない】
継ぎ接ぎだらけの言葉をつなぎ合わせたところで、ちゃんとした言葉になる訳もなく。
困ってしまった私は……。
「あ、あのっ、ごめんなさい。上手く聞き取れなくて、もう一度、お願い出来ますか?」
と、お父様に素直に言葉が聞き取れなかったことを伝えたのだけど。
お父様は私を見て、首を振り。
「別に大したことではない」
と、言い切ってしまった。
「エヴァンズの小僧だから、嫌だとかそういう訳ではないのだ。
寧ろ、家柄やら何やらを考えたらエヴァンズの小僧がお前の相手になるのは“最善”だろう。
だからこそ、癪に障るというか。認めなければいけないのがな……」
「……??」
そうして、次いで言われた一言は、今度はちゃんと聞き取れたものの、ルーカスさんに対して癪に障るというお父様のその言い方が、より理解が出来ないもので混乱してしまう。
【お父様の想像よりも、優秀な提案をしてきたルーカスさんに対して、嫌な気持ちを抱いたとか、そういうことなのかな?】
よく分からないけれど、まじまじとお父様の顔色を窺ってみても、もうそれ以上は、話してくれそうになくて。
コホンと、一つ、咳払いをしたあとで、お父様は私を見てから。
「それで、お前が私に話したいことはこれで終わりか?」
と、聞いてくる。
その問いかけに首を横に振って。
「いえ、あともう一点だけ。
公爵家、お祖父さまに会いに行ったときに、ずっと私やお母様に宛てて面会希望のお手紙を書いてくれていたそうなのですが、それらが私に届いた形跡が一度も無くて。
お祖父さまはお父様が止めていたのかもしれないと仰っていたのですが、何かご存知ではありませんか?」
と、私はお父様に疑問を投げかけた。