「……っ、それは……」
「国だけじゃ無い、個人もそうだ。
魔女を秘密裏に捕らえて“物”として扱い、コレクターのように収集しているような
貴族や上に立つ人間ほど、魔女の能力という特別な力を利用しようとしているものだ」
お父様のその言葉に、私は息を呑んだ。
今まで魔女とは、ただ差別されて、人々から忌避される存在なだけだと思っていた。
でも……、考えて見たらそれは全然おかしな話じゃない。
セオドアだって、言っていた。
身体能力の高いノクスの民は捕まえたら、何をしてもいい奴隷として高く売れるって。
【ノクスの民が、そうなのだとしたら。
特別な能力を持つ魔女も、“そう”であっても、何ら可笑しく無い】
差別されるだけじゃなく、奴隷のように、物のように扱われる。
それが、個人だけではなく、国として囲われてその力を
純粋な軍事力として、兵器として……。
【能力を使用することによって必然削られる、魔女の命を、蔑ろにして……?】
この世界で暮らしている魔女が私以外にどれくらいいるのかは分からないけれど。
それでも、彼女たちは心ない差別だけじゃなく、そういう悪い人達からも逃げなければいけないのだろうか……。
【みんな、ただ……、今を一生懸命、生きているだけなのに】
「そういう、非人道的なことが行われないように、条約を結んでいる国々は“表立って”は魔女を国家で囲うことは禁止している。
特に、如何なる場合でも、攻撃系の魔女の能力が戦争で使用されるようなことはないようにと、な。
それ以外の能力に関しては、あくまで国家の判断に任されているから。
規則はどこまでも緩いものではあるが……」
はっきりと、そう言いながら、お父様が、私の方を真っ直ぐに見てきた。
ここまで、言えば分かるか? と、どこか問いかけるようなその視線に私はこくりと頷いたあとで、声を出す。
「魔女の能力が書かれたあの本が、誰かの手に渡ってしまうことが危険ということですね?」
私の回答に、お父様は『あぁ』と、声を出してそれを肯定したあとで。
「その本に魔女の能力に関してどこまでの記載がされているのかは分からぬが。
使う人間がもし、それに書かれた情報を最大限利用しようとするのならば、危険だ」
と、伝えてくる。
お父様のその懸念は正しいものだと私でも分かる。
あの本は、謂わば魔女の能力に関して、より正確な知識を教えてくれる教本みたいなものだ。
私があの本を見て、自分の能力が“時間を巻き戻す”ものではなく、“時を操る”ものだと理解したように。
もし、自分の手元に魔女がいて、その魔女の能力がどんな物なのかがより詳しく分かるのだとしたら、最大限にそれを有効活用しようとする人がいても可笑しくは無い。
そういう人の手に万が一にでも、あの本が渡ってしまうことが問題だろう。
「非人道的と、言いながら……。
戦争で使用するのを反対しているだけで、他での使用は特に制限もされていないのですね?」
さっきの、お父様の言葉の中で、覚えた違和感を素直に口にすれば。
お父様は私の顔を見て、こくりと頷いた。
「あぁ、魔女の人権も守られるべきだと口では言っているが。
実際は、魔女が出てくる戦争になれば、どれほど魔女を有しているかで、勝敗が変わってくる可能性もあるものだから、どの国も魔女が戦争に出てくるのを反対しているだけだ。
……この条約は魔女の人権が考慮されたものではない」
お父様のその言葉に、私自身、納得する。
魔女の能力は使い続ければ、本人の命自体が蝕まれていくものだ。
ずっと、永遠に使い続けられるようなものではなく、使用にも限りがある。
しかも、遺伝ではなく、能力は突発的に起こりうるもので。
例え、今の段階で魔女を多く有している国があったとしても、何10年か後には、自国に魔女が一人もいないかもしれないという状態も起こりうる。
今はよくても、明日は我が身かもしれないのだ。
だからこそ、先手を打って、牽制しあっておく。
【戦争で、魔女の能力が使用されないようにと、世界の国々が条約を結んでいるのは理解出来る】
その上で、裏で魔女を秘密裏に囲っている国も沢山あるのだろう。
戦闘系の能力だけが、兵器になる訳じゃない。
他国の情報を仕入れる事の出来る能力などがもしあれば、それも立派な国家の役に立つ兵器になるだろうし。
誰かを治癒する能力だって、あればそれだけで重宝されるだろう。
「……その本には、恐らくだが、それほどの価値がある。
事前に“その能力”があると知っていて。
一個人が、ましてや、国家が、欲しい能力を持った魔女を探して囲うのと。
闇雲にどんな能力でもいいからと、魔女を探すのでは、前者の方が圧倒的に有利でもあるしな」
お父様のその一言に、私もこくりと頷いた。
「アルの解析が終わり次第、本はお父様に一任します。
若しくは誰の手にも渡らないように、アルに厳重に管理して貰うことも、お願いすれば出来ると思いますが……」
「あぁ、そうだな。それはまた、あの方の意見と擦り合わせて考えよう。
色々と
「そこにあるだけで、争いの火種にしかならないのであれば。
私も、お父様の意見に賛成です」
私の言葉に、どこか、納得したような……、満足したような表情を浮かべたお父様が、頷いてくれる。
「まだ、お前にはこういう話は早いと思っていたが。
私が思っている以上に、お前は、しっかりと勉強をしているようだな」
「……あ、ありがとうございます」
そうして、言われたその一言に、どきりと心臓が跳ねたあとで、お父様にはバレない程度にそっと苦笑する。
勉強も、マナーも、今はそれなりに出来るとは思うけど。
それは、私に6年のアドバンテージがあるというだけだ。
巻き戻す前の軸での10歳の私と、今の私は当然比べものにはならないし。
何となく
「あの、それで……、お父様。
ルーカスさんとの、婚約のことなんですけど……」
私の一言に、さっきまで満足そうな顔をして和やかな会話をしていたお父様の表情がほんの少し厳しいものに変わったのが見えて……、そのことに私は戸惑いながらも、言葉を続けることにした。
「その、私が魔女であることはルーカスさんにはお伝えした方がいいと思いまして。
能力のことは伝えないまでも、自分が将来結婚するかもしれない相手が魔女であるということは、大きなマイナスポイントですし、伝えておかなければフェアじゃないと思って……」
本当は、今日、もうルーカスさんに伝えてしまったから。
これで黙っておけと言われても困ってしまうのだけど。
それでも、もう既にルーカスさんには伝えているという事実をありのまま、お父様に伝えることが出来なかったのは、今日のルーカスさんの、あの時の表情がどうしても気にかかってしまったからだった。
無言のままのお父様の様子を見ながら、確認するように、おずおずと、声を出せば。
「……エヴァンズの小僧、か……」
と、一言、呟くようにそう言ったあとで。
お父様がはぁ、っと深いため息を溢した。
「エヴァンズは、ほぼどこにも属すことなく、中立の立場を維持しながら歴代の皇帝に忠義を誓って尽くすという貴族の手本のような家柄だ。
あれは、その貴族の手本のような家族を見て育っているから、お前が魔女であることを伝えても誰かに漏らしたりはしないだろう。
そこは、お前があれを信用出来ると思えば、好きにすれば良い」
どこか、仕方がなさそうにそういうお父様を不思議に思いながらも。
「ただ、自分の能力が何であるかは伏せなさい。
問題はないと思うが、念には念を入れるべきだ」
その言葉に、こくりと頷いたあとで。
「アリス。さっきも言ったが、魔女であることはそれだけで一定の価値があるのだということを頭に入れておきなさい。
魔女というのは、国家や、一個人など、特定の人間からすれば、喉から手が出るほど欲しがられる存在であることも多い。
特にお前の能力は、“時間に関する”ものだ。
そんな能力があれば、ほんの少し先の未来で知り得た情報を元に時間を巻き戻し、交渉を有利に進めたりすることだって出来るからな」
『使いようによっては、お前の能力は宝でしかないのだ』
と、お父様から言われて、身につまされるような思いをしながら私は自分の背筋を、ピンと伸ばした。