ポカンと、口を開けたまま、此方を見て固まっているルーカスさんと。
一瞬だけ驚いたような表情を見せた、お兄様を置いて。
はぁ、とため息を一つ吐いたあとで。
一番最初にいつも通りに戻ったのはセオドアだった。
「……つうか、お前、何1人で姫さんと一緒に二回目のティータイム開こうとしてんだよ」
呆れたようにそう言うセオドアに向かって。
「なんだ。もう、戯れ合いは済んだのか?
もう暫く3人で、そこで遊んでいても構わぬのだぞ?
その間、僕とアリスは2人で、シフォンケーキを食べながら休憩しているのでな」
と、言いながら。
アルが口の端を吊り上げて、楽しげに笑みを溢す。
「おい、コラ。お前の分のシフォンケーキはもう余ってねぇだろうが。
お前、まさか、姫さんのシフォンケーキ、半分貰うとか言わねぇよな?」
「セオドア、何を言っているのだ?
シフォンケーキならもう一つ、その男の分が余っているだろう?」
「あぁ、……なら、まぁ、いいか」
「うん? ちょっと待ってっ。
凄いナチュラルに会話されてるのが本当に恐ろしいんだけどっ!
ねぇ、アルフレッド君、今、俺の事を助けてくれたんじゃないの?
まさかのお茶菓子が目当てだったの? っていうか、俺のシフォンケーキ、何も言わないまま、君が食べるつもりなのっ!?
お兄さんも、いっかじゃないよ! そこは、ちゃんと、止めてくれないとさァ!」
「なぜ、僕がお前を助けねばならぬのだ?
お前達がわちゃわちゃとしていて、時間を持て余しそうだったから、アリスをティータイムに誘っただけだ。
ローラが持ってくる茶菓子はいつも美味いのでな」
「あー、そういう……」
此方に向かって疲れたように声をあげるルーカスさんに。
どこ吹く風で、アルは涼しい顔をしたままで。
「それに、今の今まで食べていなかったのだから、別に僕が食べても構わぬであろう?
何も言わぬのが、問題だったなら謝罪しよう。ルーカス、僕に茶菓子を譲ってくれ」
「……いや、そんな堂々と言われましてもっ!
譲ってくれっ、って直接言ってきたら、オッケーとはならないからね?」
「ふむ、アレもダメ、コレもダメ、と。
たかが、茶菓子の一つくらい、僕に譲ってくれるという優しさはお前にはないのか?」
「……ねぇ、食べたんだよねっ!?
もう既に、一個、お腹に入れてぺろりと平らげたあとで、全然食べてない俺にそれを言うのっ!? 鬼畜の所業だよっ!?」
ルーカスさんの疲れたような怒濤の突っ込みを、ひらりと躱しながら。
「だが、さっきお前はアリスに“ありがとう”と感謝を述べたあとで、今日は楽しかったと言っていただろう?
それから、別れのハグくらい、許せと。
……今日のダンスの練習もマナーの勉強ももう終わりなのであろう?
別れの挨拶をしたあとで、食べるとも思えぬが違うのか?
なら、お前は“何のために”アリスにわざわざ、ハグをしたのだ?」
『あれは、別れの挨拶ではなかったのか?』
と、一切、他意のないアルの純粋な疑問に驚いたような顔をして。
「……あー、いや、うん。まァ、確かにそうなんだけどさ。
君があまりにも美味しいって褒めてたから、俺も今、興味が湧いたんだよ。
そもそも、お姫様とダンスの練習をしていて食べる余裕がなかっただけだからね?
俺だってお茶菓子があるなら食べたいよ。
お別れのハグは確かにしたけど、せめて、それを食べる余韻くらいくれたっていいじゃん」
と、ルーカスさんが声を上げる。
アレがお別れのハグではなかったと知っているのは今ここで私とルーカスさんの2人しかいない。
だから、アルのその問いかけを。
ルーカスさんが、そう言いながら上手いこと誤魔化したのだろうな、ということは。
今、この場ではきっと私しか気付いていないだろう。
「アル、それだったら私の分、あげようか?」
なんとか、誰にもバレないようにフォローした方がいいのかな、と思いながら。
アルに向かって声を出した私に。
「姫さん、甘やかしはよくないぜ」
と、セオドアが苦笑しながら声をあげる。
「うむ、大丈夫だ、アリス。仕方がないが、今日は諦めるとしよう」
そうして、アルが私たちの遣り取りを見て、残念そうにそう言った所で。
「っていうか、君たちが褒めるほどそんなに美味しいの? シフォンケーキ」
疑問に思ったのか、ルーカスさんが此方に向かってそう問いかけてくる。
私は、ルーカスさんのその言葉にこくりと頷いて、肯定した。
「はい、ローラが作ってくれたお菓子は、どれも市販のお店とは引けを取らないくらい美味しいものが多いんです」
ローラが焼いてくれるクッキーやケーキはどれも絶品だ。
色々といつも万能に私のお世話をしてくれるローラに対して申し訳なく思いながらも。
私のみならず、ローラのお茶菓子が出るティータイムをみんなが楽しみにしている。
食事だけじゃなく、ティータイムにも、従者のみんなと一緒に座って歓談していることは一般的にあまり褒められた行為ではないのだと、自覚しているから言わないけれど。
「確かに、甘いものがそう得意ではない俺にも、控えめな甘さが丁度良かった」
「へぇっ、殿下も褒めるくらい美味しいんだ?」
お兄様がそういったことで、ルーカスさんが、興味深そうにここからは少しだけ遠い円卓のテーブルの上に手つかずのまま乗っているケーキと紅茶に視線を向ける。
ローラは、私たちがいつ飲んでも大丈夫なように、温かい紅茶ではなくて、アイスティーを持ってきてくれていた。
それでも、私たちが直ぐに食べていないことを知ったなら。
紅茶を淹れ直しに来てくれるだろうけど。
グラスの中に入っている氷は随分溶けてしまっているけど、それでもまだ冷たい状態を保っているし。
グラスに既に紅茶が入っていることで。
ポットの中に茶葉が入れられている訳でもないので、長時間置いたことによる紅茶独特の強い渋みも出てはいない筈だ。
それに加えて生クリームを使ったりしていない、シフォンケーキなところも。
ダンスの練習をしていて、直ぐに食べることが出来ず、少し時間が経っても美味しく食べられるようにと、ローラが随所に気遣ってくれているのが見てとれる。
「少し時間が経っていても、美味しい筈です」
「うん、だろうね。……アイスティーを持ってきてくれてる所からも、シフォンケーキなところも含めて優秀な侍女なんだろうなってのが伝わってくるよ」
ルーカスさんにローラが褒められて、自分の事のように嬉しくなって、ふわりと、私は笑みを溢した。
「そうなんですっ。
ローラは優しくてっ、気遣いも凄く出来るしっ、本当に私には勿体ないくらいの侍女でっ、」
パァァっ! と、瞳を輝かせて、ルーカスさんにそう言えば。
「……お姫様は、本当にその侍女のことを信頼してるんだね」
と、微笑みながら言われて、私はこくりと頷いた。
ローラがもしもいなかったら、“今”の私はここにはいないだろう。
ローラが傍にいてくれたから、自分の過ちに気付くことが出来た。
ずっと、私のことを見てくれていた人だから……。
「……ローラは私にとって、恩人なんです」
ふわりと笑みを溢しながら、そう言えば。
どこか、不思議そうな顔をした、ルーカスさんは。
少ししてから、合点がいったのか。
「あぁ、お姫様の傍にいた侍女とか騎士とかは、少し前に大規模に陛下から粛清されたんだっけ?
そこに入っていなかったっていうことは、お姫様にきちんと仕えていた証だもんね?
ま、そうじゃなくても、あの侍女がお姫様に心から仕えているのは、何回か話してみて、俺も分かってるけど」
と、声をかけてくれる。
ローラが私の恩人なのは、それだけが理由ではないのだけど……。
「じゃぁ、折角だから俺もその大好評のシフォンケーキを頂いてから、今日は帰ろうかな」
そうして。
さっと切り替えて、そう声をあげたルーカスさんに。
私は、にこりと微笑んだあと、頷き返した。