6歳くらいの年齢になるまでは、皇后宮で過ごした。
お母様とは勿論、別の部屋だった……。
元々“身体が弱かった”お母様に代わって、私の面倒を見てくれていたのはローラだったけど。
ローラや他の侍女を除けば、私の一番近くにいた大人は、紛れもなくお母様だった。
それでも、お母様が私の元へ来てくれたのは、本当に数えきれる程しかなかったと思う。
【……お母様は、病気がちだから、仕方がないんだ】
って、頭の中で、幼いながらに自分を納得させたけど。
本当は、気付いていた。
ずっと病気でベッドに伏せっていた訳じゃなく、庭に出たりすることも出来ていたお母様が……。
来ようと思ったら、いつだって……。
ちょっとだけ、足を向ければそれだけで、私の元へ直ぐにやってこられる距離にいることに。
私は、それをずっと……、見ないフリをしてきただけ。
【会いに来て欲しい】
と、何度か侍女にお母様に言って欲しいとお願いしたことがある。
たまたま、それが、ローラだったなら、きっとお母様に伝えてくれてはいただろう。
でも、他の侍女の時は、私の世話をするのも嫌そうで……。
私の言葉は迷惑なものでしか、なかったのだと、思う。
次第に誰かに甘えるとか、頼るようなことをしても。
それが決して、叶えられることはないものだと悟るのに、時間はかからなかった。
お母様の真似をして、宝石や洋服が欲しいと強請ったとき、“初めて”お父様からプレゼントを貰った。
思えば、“それが”、最初の我が儘だったと思う。
気付けば、それで歯止めが効かなくなってしまったのかもしれない。
だけど、どれほど、焦がれても……。
――本当に、欲しかったものは、いつだって手に入らなかった
だから、巻き戻したあとの、今回の軸で。
私にそういう執着みたいなものが、一切消えたことには、内心で、安堵していた。
もう、何も要らないから。
大切な人を守れれば、それでいいのだ、と。
【変、だな……。本当に、それで良かったはず、なのに】
今、セオドアに此処にいて欲しいと願うのは。
紛れもなく、無くした筈の、私の“欲”だ……。
それだけじゃない。
この間だって、我が儘を言って、一緒にいて貰って。
自分が、こうして甘えるのを、無条件に叶えて貰うことが。
嬉しいはずなのに、躊躇って、困ってしまうような、そんな気持ちになるのはなんでなんだろう……。
【この想いが、際限なく膨らんでいってしまうのが、恐い、のかな、?】
傍にいて欲しい。
不安な時に、一人にしないで欲しい。
一度、叶えられた自分の願いに、どんどん欲張りになってしまっている気がして。
初めての、この感情に、何て名前をつければいいのか分からなくて戸惑っている。
「……っ、姫さん? どうした?」
頭の中で色々と考えすぎてたら、セオドアから心配そうな声が飛んできて、ハッとする。
今日は、なんていうか、一日の中に色々なことがありすぎて……。
頭の中で、上手く整理できないことばかりだなぁ、と内心で思っていたら……。
「……ほら。やっぱり、体調が悪いんだろ?」
と……。
気付いたら、ぴた、と。
セオドアの大きい手のひらが私のおでこを触っていた。
「っ、ん……ぅ、セオ……?」
「……とりあえず、熱は、ねぇな」
と、安堵したようなセオドアの声が聞こえてくる。
「……うん、大丈夫、熱とかは、無いよっ、」
そこで、全く違う方向の心配をかけてしまったのだと言うことに気付いて。
ぼーっとしてる場合じゃ無かったと、此方に伸ばされているセオドアの腕を慌てて握って、『大丈夫』と声をだせば。
その手を降ろしてくれたあとで。
「つっても、姫さんは直ぐに無理するからな……」
どこか、信用なさそうに、こちらを見てくるセオドアに。
「無理はしてないつもり、なんだけど……」
と、反論すれば……。
「……あー。自覚がねぇのが余計質が悪いよな」
と、セオドアが苦笑しながら声を出してくる。
「……??」
「……誰かの悪意も、誰かの敵意も、何でも無いふりして遮断することは出来るけど。
実際は、それで完全に心にダメージを負わない訳じゃねぇだろ?」
セオドアからのその一言には、実感がこもっていて。
……今日、ギゼルお兄様に言われたことを気にしてくれているのだと直ぐに分かった。
「ずっと、しこりみたいな物が残って、蓄積されていくのを。
我慢して抑えつけてると、それが当たり前になって……。
気付いた時には、本当に……どうにもならなくなるから、な」
そうして、言われた言葉が……。
自分の中にじわじわと染み入るように入ってくるのはきっと。
お互いにしか分からない感覚を、セオドアとは共有出来るからだ、と思う。
「お利口に、全部、一人で抱え込む必要なんざ、どこにもねぇよ。
辛けりゃ、その痛みを吐き出したって、重たいもん、降ろしたって別にいい」
「……っ、ぁ……っ、」
気付いたら、ぽろぽろ、と……。
自分の目から、何かが溢れ落ちていた……。
後から、後から、あふれ出しては、止まらないそれを。
慌てて、止めようと、手で擦ろうとしたら……。
「……っ、!」
自分の手を掴まれて引っ張られたと、気付いた時には、セオドアの腕の中にいた。
「……っ、ぁ、っ……ふ、ぅぅっ、……」
声にならない、
何も言わずに、セオドアが私のことをぎゅっと抱きしめて、頭を撫でてくれる。
見ないフリして、痛む心を、無いものにしようとしてきた。
【こっちに、気付いて……】
って、声を出している、もう一人の自分のことを。
ずっと、私は、考えないように、踏みにじってきた。
それが、今……。
セオドアの言葉で、表に出てきてしまったのだと、思う。
ぼろぼろと、溢れ落ちる涙が、セオドアの服を濡らしていて……。
そのことに、気付いているのに、セオドアの優しい手つきで、更に決壊してしまった涙を、止める術もなく……。
私は、暫くの間……。
セオドアの腕の中で、はしたなく、ずっと涙を溢し続けた……。