第86話 兄妹2


「……あ、兄上……っ」


 と、震える声で、ウィリアムお兄様を呼んだのが聞こえてくると。


「何をやって いる?」


「あ、あの、これは……っ、そ、のっ……」


 と、ウィリアムお兄様の瞳が射貫くようにギゼルお兄様の方を見つめ、ただただ、言葉に窮したように、しどろもどろになっていくギゼルお兄様のことを追い詰めていく。


 そうして……。


「俺は今、お前に、、と聞いているんだ」


 というウィリアムお兄様の、ギゼルお兄様の言動を非難してくれるような厳しい声が聞こえてくると……。


「……あ、兄上は、アリスの言動を可笑しいとは思わないのですかっ⁉

 今までも、皇后としての役割をこなしていたのは、第二妃という立場でありながらも、ずっと母上だったじゃありませんかっ⁉

 公爵家に生まれた娘というだけで、皇族の財産を湯水のように使って!

 それは、子どものコイツだって、そうだっ!

 ましてや自分の騎士を、紅眼あかめの男にするという横暴だって許されていいはずがない!

 が、どれほど、誇り高いものなのか、兄上が一番良く分かって……!」


 と、上擦ったような声色で、私やセオドアを激しく非難するよう、自分の正当性について捲し立てるように声をあげる、ギゼルお兄様のその言葉の途中で……っ。


 ――ドンっ。


 という、あまりにも大きくて鈍い音が、その場に響いて、消えた。


 水を打ったように、シーンと静まり返った室内で……、さっきまで、ウィリアムお兄様に向かって、自分は間違っていないのだと、だから、ウィリアムお兄様にも自分の意見に同意して欲しいと言わんばかりに声を出していたギゼルお兄様が、口を半開きにしたまま、びくりと身体を揺らして、硬直するように、その身体を硬くしていく。


 ウィリアムお兄様が拳を作り、思いっきり壁を叩いたことによる、その音に、私も思わずびっくりして身体を震わせてしまった。


 普段、無表情で冷たい瞳をしているから、ウィリアムお兄様は、感情の変化が読みにくい分だけ、怒っているのではないかと、いつも思っていたけれど……。


「……巫山戯ふざけるな。もう一度、その口で同じことを言ってみろ」


 そんなの、比じゃないくらいに、こんな風に、誰かに対して、明確に怒りの表情を露わにするお兄様を、私は、初めて、見た……。


 クッキーに毒が入っていた件で、私に向かって勘違いをして、非難してきた瞳とは、また違った雰囲気で、静かに怒りを滲ませるウィリアムお兄様の姿は、本当に何て言うか、冷淡で、凍り付くような印象がある。


 そんな、ウィリアムお兄様の姿を、ギゼルお兄様自身も、きっと初めて目撃したのだろう。


 寧ろ、ここまで怒りを露わにしたウィリアムお兄様から、そのような視線を向けられること自体が初めてなんじゃないかといった感じで、普段、ウィリアムお兄様のことを尊敬して、慕っている様子のギゼルお兄様だからこそ、心に、ぐさりと突き刺さってしまった様子で……。


「あ、あにう、え……」


 と、震える声を溢しながら、ぶるり、と目の前で、蛇に睨まれた蛙のように、ギゼルお兄様が、ウィリアムお兄様のことを呆然と見上げながら身動きも出来ずに固まってしまっていた。


「どうした? さっきまで、流暢に喋っていたその口は飾りか?

 、と……。

 意気揚々と捲し立てていただろう?

 さっきと一語一句違うことなく、俺に同じことを言ってみろ、と言っているんだ」


 そうして、鋭い視線を向けたままのウィリアムお兄様の口から、更に厳しく問い詰めるような声が聞こえてくると……。


「……ねぇ、殿下。

 流石に、そぉんな、恐い顔をして脅してたら、ギゼル様も何も言えないってばっ!」


 と、横やりを入れるかのように、ルーカスさんが間に入ってくれたことで、ほんの僅かばかり、この場の空気を支配するように張り詰めていたような緊張感が、そっと緩んでいく。


「……ルーカス。。お前が立ち入っていい話じゃない」


 そのあとで、お兄様が眉を寄せて、ルーカスさんに注意するような視線を向けるようなことになってしまうと。


「……そもそも、であることが悪いなら、んじゃない?

 それで、万事解決でしょ?」


「……っ、そんなもので、解決する訳がないだろう。

 いい加減、その口を閉じろよっ! お前まで、俺のことを怒らせたいのか?」


「っ、やだなァ。俺、本当に、勝てない喧嘩には乗らない主義だから」


 と、何かを知っている様子で、ルーカスさんがウィリアムお兄様に進言してくれるように、声をかけてくれたんだけど。


 それを、煩わしいと言わんばかりの態度で、ウィリアムお兄様から出る低い声色と、その鋭い視線に、ルーカスさんが肩を竦めて、諦めたように一歩後ろに下がるのが見えた。


 私達からすると、何が何だか全く分からなくて、話の全容を理解することが出来ないことで置いてけぼりにされているような感じがしてしまうんだけど、一体、どういうことなんだろう?


 特に、ルーカスさんの声かけと、ウィリアムお兄様の遣り取りについては、意味が分からなさすぎて、戸惑ったような視線を向けてしまった。


 セオドアは、私の隣で、未だ、ギゼルお兄様に対して厳しい視線を向けてくれているし、ウィリアムお兄様やルーカスさんに対しても、セオドアの口から……。


「オイっ! 俺が口を挟むのも何なんだけどよっ!

 自分達だけで納得していねぇで、せめて、姫さんには、どういうことなのか説明するべきなんじゃないかっっ!」


 と、私のことを心配して、追及するような言葉を投げかけてくれた。


 けれど、その言葉に、ルーカスさんは口を閉ざし、ウィリアムお兄様は『お前には関係ない』と視線を向けるばかりで、何も話そうとはしてくれなくて……。


 更に言うなら、ウィリアムお兄様に冷酷な言葉をかけられたことが、よっぽど、ショックだったのか、ギゼルお兄様は相変わらず、ウィリアムお兄様のことを恐々と見ているだけで、何も動きを見せなくて、誰も彼もが良くない雰囲気を漂わせていることから、この図書館の中は、本当に殺伐としていて、あまりにも空気が澱んでしまっていて……。


 だからこそ、この気まずい雰囲気を、どうにかしようと……。


「あ、あの、私が、知らない、ことです、か……? それって、セオドアを私の騎士にしたことと何か関係が、あるんでしょうか?」


 と、先ほどまでのみんなの遣り取りを見て、その流れの、核心までは掴めていないながらも、ギゼルお兄様が、私にセオドアのことを持ちだしてきて、そう言ってきたということは、私自身が、この話の中心にいることは間違いない筈なのに……。


 何故か、私の言葉を聞いて、ギゼルお兄様も、ウィリアムお兄様も、ルーカスさんも、みんなが、みんな、問いかけた私の方を見て、何も言えないかのように黙り込んでしまう。


「……いや、お姫様は別に何も悪くないよ。

 そもそも、お兄さんを護衛騎士にした所で、それ自体は陛下が認めている訳だからねぇ……。

 ねぇ、ギゼル様。もうちょっと、自分の身の振り方を考えた方がいいと思うよ。

 ……俺が言っていること、言いたいことが何なのか、ギゼル様なら分かるよね?」


 そうして、このタイミングで、私のことを助けるように声を出してくれたのは、ルーカスさんだった。


「お姫様が無知なんじゃない。

 殿下も含めて、ギゼル様も、ことを選んだのは自分たちだってことを忘れた訳じゃァ、ないよね?

 それをお姫様が悪いんだって責任転嫁しているから、こうなってるんだってこと。ギゼル様だって、本当は、その頭で考えることが出来ない訳じゃないんだから、分かってるでしょ?」


 その上で、私ではなく、ギゼルお兄様に向かって、ほんの少し咎めるように声を出してくれるルーカスさんに、もしかして、私達のことを思い遣ってくれているのかなと感じていると。


「……っ、」


 と、ギゼルお兄様は、グッと息を呑み、押し黙ってしまって。


「……オイ。ルーカス」


 と、ウィリアムお兄様が、再び眉を寄せ、抗議するようにルーカスさんの方を見つめていくのが見えた。


「っていうか、殿下だってそうだよ。

 肝心なこと、何一つ、伝えないで、いつまでも、さぁ、それで本当にいいの? 昔と今じゃァ、随分、環境も変わってきてるんだからっ。

 一体、これまで、どれほど、殿下が、お姫様のことを……」


 そのあと、ルーカスさんから続けて、ウィリアムお兄様に対して、進言するような言葉が降ってくると……。


「黙れ……っ!

 その口を閉じろと言っているのが、まだ分からないのかっっ!」


 と、ウィリアムお兄様が、ルーカスさんの言葉そのものを制止するかのように、珍しく、声を荒げたのが聞こえてきた。


「……? あの、ウィリアムお兄様が、私のこと、……?」


その言葉に動揺し、私が、ウィリアムお兄様の方を見つめて、一体、どういうことなんだろうと、問いかけるように言葉を吐き出せば……。


「っ、お前は知る必要のないことだ」


 と、ピシャリと、ウィリアムお兄様から、それ以上は聞いてくるなと言わんばかりに、一刀両断されてしまったことで、私は本当に混乱して戸惑ってしまった。


「……??」


 今、この場において、お兄様2人が口を噤んでしまったら、情報源は、ルーカスさんしかいなくて、ルーカスさんの言葉を聞いて、何とか頭の中で、その言葉がどういう意味を持つのか、考えてみたんだけど。


 当たり前だけど、それで、話の全容が見えてくるはずもなく、継ぎ接ぎだらけの情報では、複雑すぎてよく分からなくって。


 出来れば、私にも、それがどういう意味を持つものなのか教えて欲しいと、お兄様に向かって勇気を振り絞ってお願いをしてみれば「お前は、知る必要がないことだ」と、はっきりと拒絶されてしまった。


 そうして、完全に、手詰まりになって、困惑することしか出来ない私を置き去りにして。


「ギゼル。父上は、決して無駄なことをするような方じゃない」


 ……と、ほんの少しだけクールダウンをするかのように、呆れたようなため息を一つ吐いたあとで、ウィリアムお兄様が、ギゼルお兄様の方を向いて、声をあげる。


「最近の父上が、どうして、アリスに対して、その態度を軟化させたのか。

 色眼鏡で見ていないで、一度、お前の目の前にいるアリス本人を見てみろっ。

 今、お前の瞳に映る、アリスは、身勝手に振る舞って我が儘を言っているか……?

 この場で、癇癪を起こして喚いているのは、一体、誰なんだ?」


「……っ、」


「これ以上、俺を失望させるな」


 その上で、冷たい目をして、はっきりとそう伝えてくれたウィリアムお兄様に、私のことを、ウィリアムお兄様は庇ってくれているんだよね、と感じて、ギゼルお兄様に対しては複雑な気持ちも感じていたけれど、ウィリアムお兄様の言動に、ほんの少しだけ、じわりと嬉しい気持ちがこみ上げてくる……。


「……あにうえ、は……。俺が、アリスよりも劣っている、と?」


 だけど、私のことを毛嫌いしているギゼルお兄様には、ウィリアムお兄様の言葉は届いてなくて、不満を感じた様子で、ウィリアムお兄様に突き放されてしまったと、迷子の子供のように不安定な目つきをしながらも、『それじゃぁ、納得出来ないっ!』というように、ウィリアムお兄様に向かって、自分が正当なことを言っていると認めてほしいというような視線を向けたのが見えた。


「……俺は、そんなことは言っていない。どうして、それが分からないんだっ?」


「ここ最近になって、と、

本気で兄上はそう思っているのですか?

 兄上に対する態度と、俺に対する態度と、コイツのことを見つめる視線が違うものだと気付いていないんですか!?

 どこか に、コイツの方を見てっ!

 それだけじゃないっ! 最近の兄上は、可笑しい、ですっ……! 俺は、納得がいきませんっ!」


 そうして、一度、言葉に出してしまったら、堰【せき】を切ったように、あとから、あとから、溢れ出る言葉を自分でも止められなかったのか。


 言いたいことだけを、ぶわっと吐き出せるだけ吐き出したように見えたギゼルお兄様が、私の方に、キッと鋭い視線を向けてから、肩を震わせて、泣きそうな表情を浮かべたあとで、開きっぱなしだった図書館の扉から廊下へと出て、バタバタと逃げるように退室して行ったのを見て、私は、1人、どうしたら良いのか分からずに、オロオロしてしまった。


(お父様が私のことなんて見ている訳がないのに、どうしてギゼルお兄様は、あんな風に勘違いしてしまっているのだろう?)


 それよりも、ウィリアムお兄様が、あんなにも怒っているのを見たのも初めてだったけど、いつも私に対しては厳しい視線を向けて『嫌悪感』を滲ませてくるギゼルお兄様が、あんな風に、迷子の子供みたいな姿になってしまったのも初めて見た。


 ……だからこそ、普段は、ギゼルお兄様とはなるべく関わらないようにしているものの、それでも、あんな状態のギゼルお兄様を放っておくのも違うような気がして、追いかけた方がいいのかとは思ったのだけど。


 お兄様から嫌われてしまっている私が行っても、ただ、火に油を注ぐだけになるんじゃないかと思って、躊躇している間に『お姫様、追いかけなくて、大丈夫だよ』と、言わんばかりな、ルーカスさんの視線と、ぱちりと目が合ってしまい、動きだそうかと、躊躇【ためら】いつつも、私は、その場に留まることにした。


「……あ、あのっ。ごめんなさい、私のせいで……」


 そうして、どこか険悪な雰囲気が漂って、空気が悪くなってしまったこの場所で、あのままの、ギゼルお兄様を放っておいてしまったら、もしかしたら、お兄様同士の仲も悪くなってしまうんじゃないかと、申し訳なく感じて謝罪すれば。


「アリス、お前が気にすることじゃない」


 と、一度、小さなため息を溢したあとで、自分にも非があったと言わんばかりに、髪の毛を、くしゃりと掻き上げたウィリアムお兄様から言葉が返ってくる。


「……そうだよ。お姫様は何も悪くないからね。

 ギゼル様だって、本当は頭の中では、分かってるはずだよ。

 ただ、色んな事情や感情があるからこそ、自分の気持ちに、折り合いをつけることが難しいんだろうけど」


 そうして、ルーカスさんが、私に向かって、フォローするようにそう言ってくれると。


「たとえ、どんな事情や感情を持とうとも……。きちんと現状が見えているなら、そんなもの、不要だってことに、直ぐに気付くだろう。これに関しては、アイツ自身が、ちゃんと気付かなきゃいけない問題だ」


 と、ウィリアムお兄様が客観的に、この場の状況を見た上で、一見すると厳しいような言葉に思えるけれど、この場にいないギゼルお兄様のことを思い遣るように声を出したのが聞こえてきた。


「殿下にとっては、簡単に割り切れるような問題でも、ギゼル様にとってはそうじゃないってことだよ。それに、何よりも、だと思っているあの方にとっては、多分、今の殿下の瞳が、お姫様の方を向いていることについて我慢ならないんだって、俺は思うけどねぇ」


 そうして、続けて降ってきた、ルーカスさんのその言葉に首を傾げた私に。


「出来る兄が一番近くにいることで、あの方は殿下のことを尊敬しすぎているきらいがあるからね」


 と、苦笑しながら、ルーカスさんが私に向かって教えてくれる。


 それは、つまり……。ギゼルお兄様が、ウィリアムお兄様のことを尊敬しすぎていて、ルーカスさんの件で、最近、私とウィリアムお兄様の距離が物理的に縮まったのが、嫌だとか……。


 もしかしたら、そういうこと、なんだろうか……?


 ルーカスさんの説明に、ギゼルお兄様が、そんなふうに子供みたいな考えを持って、私のことを嫌っているだろうかと、頭の中を、はてなでいっぱいにしながらも、そんなことを考えていると。


「うむ、よく分からぬが。

 要するに、あの男は、兄離れが出来ていない小童こわっぱだということでいいのか?」


 ……と。


 どこから、出てきたのか、図書館の棚の間から、ひょっこりと顔を出してきたアルが、私達に向かって声を上げてくるのが聞こえてきた。


 そのことで、周りを見渡せば、ローラは私のことを思って怒ってくれているような雰囲気だったし、エリスや、図書館にいた司書の人まで、恐る恐る窺うように、それぞれ、本棚の間や、カウンターから此方の方を見てきていた。


「いや……。

 間違っては、ないんだけど。

 うーん、えっと、その言い方、は、何ていうか流石に……っ」


 ――ギゼル様が可哀想っていうか、ギゼル様の沽券に関わるんじゃっ。


 と、ちょっとだけ困ったような声をあげてきた上で、頭を悩ませるルーカスさんに……。


「つぅか、別にアイツが兄離れ出来ていようがいまいが、俺にとっちゃ、どうでもいいんだけどよ。だからって、姫さんを攻撃してくるのは違うんじゃねぇかっ?」


 と、セオドアが呆れたように、一つため息を溢したあとで、私をフォローするように、そう言ってくれるのが聞こえてきた。


「ましてや、姫さんが知る由も無いことを、わざわざ持ち出してきて。

 だなんて言うこと自体が、そもそも、お門違いなんだよっ!

 俺は、姫さんの傍にいるから、あんたらの事情なんてものは知らないけど。

 でも、それでも、今までの姫さんの苦労をまるで見なかったことにして、だなんて、発言すること自体が許せねぇ。

 じゃぁ、逆に聞くが、お前らに、姫さんの何が分かるんだっ⁉

 お前らだって姫さんの事情なんて、知ろうともしなかったくせにっ!」


 と、お兄様とルーカスさんに向かって、苛立ちを隠せない様子で、セオドアがそう言ってくれたことに、お兄様とルーカスさんが言葉に詰まったように、グッと押し黙ってくれたのを見て、申し訳なさと有り難い気持ちを抱きながら、私自身も、ギゼルお兄様の事情だとか、感情だとかそういうものが何だったのか、一生懸命、頭の中で考えてみることにした。


 巻き戻し前の軸で、ギゼルお兄様が私に向けていた感情は、多分、そのものだったと思う。


 お兄様にとって、紅色の髪を持つ私は、皇族としての恥でしかないのだと、その口から言われる言葉は、自分が一番、身に沁みて分かっていることだったから。


 私自身特に、その言葉を、『間違い』だったと、思ったことはない。


 それに、ギゼルお兄様がさっき、私に向かって言っていた……。


『お父様が向ける感情の違い』


 っていうのは、何だったんだろう……?


 心配そうな表情で見ているとお兄様は言うけれど、私自身は、そんなことはないように思うし、お父様は合理的な方だから、私に向けるその態度はあくまでも、子どもに向けるものというよりも、政治的な面での利用が出来るという視線の方が圧倒的で……。


 私が魔女だということで、確かに、今後、国にとって有益であるからこそ、もしかしたら、その身を手放したくはないと思われているのかもしれないけれど。


 何なら、お父様と一緒に古の森の砦に、と自慢してきたことがあるくらいなのだから。


 お父様に愛されているのは私じゃなくて、お兄様の方なんじゃないかと思うんだけど……。


 それに加えて……。


 『ウィリアムお兄様のことを尊敬しすぎているから、色々と私に突っかかってくる』というのも、いまいちピンとは来ていないのだけど。


 もしも、それが事実なのだとしたら……。


 ――巻き戻し前の軸。


 ウィリアムお兄様が戴冠式を行い、皇帝に就任したタイミングで、ギゼルお兄様に私が殺されたことにも、何か、理由があったの、かな……?


「……姫さん、?」


 そうして、セオドアから名前を呼ばれたことで、ハッとした。


 ……気付いたら、みんなの視線が、心配そうに私の方を向いていた。


「えっと、ごめんねっ。全く話を聞いてなくて……」


 みんなからの視線を受けて、セオドアが私のことを思ってかけてくれた言葉を最後に、全く周囲の話を聞いてなかった私は、申し訳なくて、慌てて、みんなへと謝罪する。


「……いやっ、珍しいね? もの凄く難しそうな顔して、考えこんでいたけど……」


 そのあと、私に声をかけるかどうか、ほんの少し躊躇ったようだったけど、私の方を見て、曖昧な表情で微笑みかけてくるルーカスさんにそう言われて、私は苦笑しながら。


「なんでもないんです」


 と、声に出して、自分の表情を取り繕った。


 6年も先の事件のことを今考えたって、答えなんて当然出るはずがない。


 だけど……、あの時、私を殺した、ギゼルお兄様がどういう風に考えていたのか。


 私のことを皇族の恥だという以外の理由が、もしも、あったのなら知りたいと思った。