また春が来て、私たちは3年生になった。今年も侑希と同じクラスになることは出来なかった。少し残念だけど、こればっかりはしょうがない。ちなみに幼馴染の遥香とは今年も一緒のクラスになった。
「りんりーん、結局3年間一緒だねぇ」
「うん、遥香が一緒でよかったぁ」
そんな会話をしてると、ちょうど廊下ですれ違った侑希。いつも通り、話しかけることはできなかったけど、あからさまに不満げな顔をしていて、そんな拗ねてるとこも侑希らしくて可愛かった。
新しいクラスに入って席に着くなり、担任の先生から進路調査の紙が配られた。
「もう3年生になったんだから、今までみたいに適当な大学を書くんじゃなくて、ちゃんと考えて書くように」
この学校では、ほとんどの人が大学に進学する。私もつい最近までは、適当にそこそこ良い大学に進学するつもりだった。
しかし、この一年のスターセーバーの伸びは凄まじく、おそらく私はこれから先、受験勉強もする時間を十分に取ることは出来ないだろう。しかも、もしもこれからアイドルを仕事にしていくのであれば、大学に通っている時間はない。
大学に行くべきか、それともアイドルの活動に専念するべきか。私は配られた空白の紙を見ながら、頭を悩ませていた。
「侑希はさ、どこの大学行くの?」
「うーん。まだ悩んでるところ」
新学期が始まった週の土曜日。いつものように侑希の家に遊びにきていた私は、なんとなく気になってそんな話を振った。侑希の今の成績なら、きっと少し頑張れば難関大学に入れる。侑希がどこを目指しているのかは分からないが、この街を離れてしまうのは間違いないだろう。
「凛は、どこ狙ってるの?」
「まず、大学行くかすら決まってない。」
「うーん。最近はスターセーバーの人気すごいから、受験勉強なんてしてる時間ないかもしれないわね」
「そうなんだよ〜」
横でスマホを見てる侑希にもたれかかる。そうしていると、よしよしと頭を撫でられて私は、少しだけ胸が苦しくなるのを感じた。
あのクリスマスの夜から、もう3ヶ月が経つ。自分の侑希への気持ちを自覚したあの日から、私はずっと気づかないフリをしている。
本当は仲良い友達のままで、適切な距離感を保っていかないといけないのに、会えば会うほど、侑希とのスキンシップは増えていく一方だった。
学校では喋れない分、週に一度会える土曜日の午後は私達にとって特別だった。だから侑希の部屋にくれば、なんとなく手を繋いだり、帰り際には「まだ帰りたくないね」なんて言いながらハグしたり、さっきみたいに頭を撫でられたり。もしかしたら、もう友達の範疇を超えてるんじゃないかってレベルまできている気もする。
それでも私はやっぱり、この気持ちは好きじゃないって自分に言い聞かせてる。侑希が他の子と喋ってると胸が苦しくなるのも、学校で気づけば目で追っているのも、抱きしめられればじんわりと体があったかくなるのも、全部全部、友達への好きの延長線上でしかない。
そもそも侑希は、私じゃなくて蒼くんが好きなんだ。この前はわざわざ蒼くんの格好で来てほしいと頼まれたし、その格好で、ふざけて侑希をベッドに押し倒してやれば顔を真っ赤にしていた。
それは推しとして好き、のはずだし、もし仮に侑希に恋愛感情を持たれているとしても、それに対して私が特別な感情を持ってはいけないんだ。アイドルがファンに手を出すなんて、考えられる限り1番最低な関係だろう。
私は、誰か1人のものになっちゃダメな存在なんだから。
「ちょっと、結城。放課後職員室来てくれ」
遥香と昼ご飯を食べようとしたところで、教室に入ってきた担任に呼び止められた。
「りんりん、なんかしたの?」
「ううん、たぶん進路調査のやつかな」
「変な大学書いたの?」
「いや、迷ってるんだ。大学行くかどうか」
「えっ!!りんりん賢いのに、大学行かないなんてもったいないよ!」
「あはは、そ、そうだよね…」
適当に誤魔化してその場を凌ぐ。遥香にはアイドルのこと話してないんだから、大学に行かないかも、なんて言わなければ良かった。
「私、りんりんと一緒の大学に行きたかったから、頑張って勉強するつもりだったのに…」
「え、そうなの?」
「うん。だからさ、やっぱり考え直して、ね?」
「う、うん。分かった」
私と一緒の大学に行きたかったなんて、全く知らなかった。それだけ遥香は私のこと好きでいてくれてるんだなぁ、なんて、その時の私は呑気に考えていた。
「しつれーしまーす」
放課後、職員室に入って担任の机まで歩いていく。私に気がついた担任が手を挙げて、私はペコっと頭を下げた。
「まぁ、座って」
「はい…」
「分かってると思うけど、進路の話だ」
「はい」
先生はこないだ提出した、私の進路調査の紙を持っていた。志望大学の欄は第1希望から第3希望まで空白で、下におまけにみたいにつけられた[進学以外を検討している]の欄に、小さなチェックが入れられている。
これから先生に反対されることなんて分かりきってるから、どうやって説得するのかを考えていると、先生は進路調査の紙を机に置いて、真っ直ぐに私の方を見た。
「分かってると思うが、結城の成績はこの学校のトップだ。見た感じ普段からそんなに勉強してるわけでもないだろうから、受験勉強を少し頑張れば、国内じゃ行けない大学は無いだろう。それは分かってるよな?」
「まぁ。はい…」
「でも、大学には行かないのか?」
「迷ってて」
「どうして?」
言葉に詰まってしまう。アイドルをしているという事は言えないにしても、変な嘘をついても後々面倒なことになるんだから、やっぱり正直に言うことにした。
「大学に行く以外でどうしてもやりたいことがあって、それで…」
「そうなのか…。分かった。じゃあ、親御さんとよく相談して、それでもどうしても進みたい道があるなら、自分の人生なんだから自分で決めなさい。でも、もしも気が変わって進学したいと思った時は、すぐに言ってくれ。勉強面ならいつでも先生達がサポートするし、それ以外でも、なんでも相談してくれ。いいか?」
「はい、分かりました」
「じゃあ、話は終わり。急に呼んで悪かったな。気をつけて帰れよ」
「はい、ありがとうございます」
ほとんど反対されることなく、私は15分ほどで職員室を後にした。いつもは遥香と一緒に帰っているが、今日は長くなるだろうから先に帰っといていいよ、とあらかじめ声をかけておいたのに、ポケットから取り出したスマホを見れば[教室で待ってる]の文字。
職員室から私達の教室までは結構距離があるため、私は[今終わったから、教室もどるね]とメッセージを送った。
みんなが、帰るために玄関の方へ向かっているのとは反対に、私はひとり、教室に向かって歩いていく。
自分の人生、か。
さっき先生に言われた言葉が頭をよぎった。私がこれから選ぼうとしている道は、きっと普通の人生からは、かけ離れているのだろう。
ここで普通に進学すれば、適当な企業に入って、いい人と巡り合って、それなりに幸せな生活を送れるはずだ。そんな安定した生活とは反対に、スターセーバーはいつ終わりを迎えるのかは分からない。今はどんどん人気になってきているが、アイドルの寿命がそんなに長く無い事は分かりきっている。それに、私の性別がバレてしまえば一瞬で終わってしまう可能性だってあるんだ。
みんなとは逆走しながら、階段を上がっていく。上の階に上がれば上がるほど、人がどんどん減っていく。そして、気がつくと1年前に侑希とぶつかった階段まで来ていた。
踊り場に設置された鏡に映った自分。そこには、数年前とほとんど変わらない自分の姿が映る。おろした前髪で目元はあまり見えないし、正直言って印象に残るような特徴はひとつもない。今は、星空蒼であることがバレないようにわざとこうしているが、あの時の私はきっとそんな、パッとしない普通の女の子だったんだ。なんの取り柄もなくて、なんの夢もなかった自分。そんな私を変えたのは、間違いなく今のアイドルの仕事だった。
私がこの仕事を続けたいと思うのは、たくさんの人を笑顔にしたいとか、誰かを元気づけるためとか、そんなアイドルらしい理由じゃない。アイドルをしてる自分が1番好きだから。ただ、それだけなんだ。
ふと、目線を下に落とすと、腕につけている侑希から貰ったブレスレットが、夕焼けを反射して光っていた。
私の中で答えは決まった。