☆エピローグ☆
夏祭りの夜だった。私は浴衣を着て、直也と夜市の露店めぐりをした。
「ビール、うめえ」
「もう!酔っぱらい!」
「ちょっといい気分なだけだろ?酔ってないって・・・」
つまみに呼子のイカ焼きを美味しそうに食べる直也。
「浴衣似合ってるねーとか、なんか無いの?言うこと」
「何が?」
「もう!ひどい」
ぷうっとふくれる私。それを面白そうに見てる直也。
バン、バババン。
打ち上げ花火が上がった。
「きれいだね」
「うん」
「しょってるね」
「なにが?」振り向き様にキスされた。アルコールの匂いが鼻をくすぐる。
「家に帰ったらさ・・・」
「何?」
「して」
「えっ?」
「耳かき。もう痒くてたまんない」
「直也のバカ」
余計なこと考えちゃったじゃないか!バカバカ!
自分の頬が火照って真っ赤になってるのがわかる。
「早く帰ろう」
「えーっ。私まだたこ焼き食べてない」
「じゃあ、たこ焼き買ったらすぐ帰ろう」
「もう!」
「牛」
「違う!」
何だかんだ言いながら、帰路につく。
直也と一緒に住んでいる家は、田舎の古い家屋で、雨漏りとかすきま風とかがひどかった。でも、広くて、木造で、土壁とか畳の匂いとかとても大好きだった。
草履を脱いで土間から家に上がると、直也が後ろから「おんぶお化け~」とか言いながら抱きついてきた。
「ちょっと!ちゃんとしてよ!」
「耳かきしてくれ~」
「浴衣着替えるから待って」
「そのままで良い」
「もう!」
「出た、牛」
「違う!」
直也は、さっとタンスの上に置いてあった耳かきを取ってきて私の手に握らせる。本当に酔ってるのかな?
「明美」
「何?」
「耳かきには耳かきのちゃんとしたやり方があるんだぞ!」
「なにが?」
「うえーん」泣き上戸か?直也が赤く上気した顔でちょっと泣いた。
「いいか?自分で自分の耳掃除するのならしょうがないが、誰かにしてもらうんならその相手は特別な人ってことになる」
「なんで?」
「耳の奧を突かれたら、死ぬことだってありうるんだ。」
そりゃあ、耳は頭に付いてるからそうかもしれない。
「本当に信頼できる相手にしか耳かきさせたりしないよ。・・・それがどうだ?お前この前、仕上げに梵天使うどころか息を吹き込んだじゃないか?」
「・・・ごめん」
「俺はやり直しを望む!」
「わかったわかった」
畳の上に正座すると、浴衣の裾を整えて、電灯の灯りの向きを確かめる。
「どっちの耳?」
「左」
直也が頭を私の足に乗せて寝た。
「良かったじゃない。『夜に左に耳が痒いと翌日何か良いことがある』って言うし」
「何それ?初めて聞いた」
「でも、あんまり耳かきばっかりしてると外耳道に炎症ができて癖になるらしいから」
「ふうん」
「じゃあ耳掃除するね」
「うん」
耳かきの匙の部分をそっと耳の中に入れる。耳の穴の入口近くから丁寧にこすって耳垢をとり、左手にくっつけて、新たな耳垢を取りに戻る。
「今、がさっていった」
「でっかいのがある」
「取って取って」
「じっとしててね」
耳垢って、皮膚が古くなって剥がれたものだよね・・・と私は思いながら、でっかいのを取った。
「取れた。ほら」
「わー」振り向いて直也が大袈裟な声を出す。
あらかた掃除すると、耳かきを持ちかえて梵天を直也の耳の中に入れる。そっとかき混ぜて引っ張り出すと、梵天に耳垢の小さな粒子がついていた。
「おしまい」
「うん。今日は合格」
「耳かきに合格不合格があるの?」
「当たり前だろ?」
変なの!
fin.