第一章☆空色の小鳥
「しまった!寝過ごした」
なぜかアラームに気づかずに眠り込んでいた。
ユウはベッドから飛び起きて、身仕度ももどかしく、洗面所に行き、申し訳程度にさっぱりすると、黒い肩かけカバンをひっつかんで家を出た。
今日も遅刻しそうだ。朝食抜きもこう立て続けだと、身体の調子がそれが当たり前になってしまうかもしれない。
本当に毎日がいっぱいいっぱいだった。
他の同世代の皆がアスリート並みの体力と無尽蔵の気力を持っているのに、どうしてこう自分は何をするにもやっとのことなのだろう、とユウはいつも思っていた。
家を出ると、一般的に使われているムービング・ロードに向かわずに、真逆の方向……地下の使われていないメイン・ロードに向かった。
コンクリートの階段をかけ降りて、いつもと同様に立てかけて置いている自転車に飛び乗った。
「いっくぞ!」
シャアアアアア。
前後のタイヤが勢いよく回る。
全速力で走る。
いつもと同じ朝の始まりだった。
ユウは中央管理局の講義の聴講生だ。
この地域では、子どもは十歳までマザー・コンピュータの教育を受けて、義務教育を終える。その後、さまざまな職業に就くのだが、例外的にさらに高等教育を受ける一握りの子どもたちがいた。
ユウもその一人だった。
「今朝、なんか変な夢みたな」
誰かから追いかけられる夢だった。
不思議と怖くはなくて、客観的に自分を見ているような夢だった。
自転車を走らせながら、ユウは、刹那、気がそれた。
キキキキキィー
「きゃー」
「うわあっ」
急ブレーキ。両手に力を込めるのに集中。何か視界に青い姿を捉えて、とっさにハンドルをきる。
勢い余って、ユウの身体が空中に投げ出された。
「いかん」
一瞬、身を縮めて、衝撃に耐える。そして地面からぴょんと起きると、自分でどこもケガがないのを理解して、それからさっき見た青い姿の方へ駆けつけた。
「大丈夫?ごめん」
青い、いや、空色のワンピース姿。長い黒髪。女の子だ。
なぜ、こんなところに?と思いながら近づくと、その女の子は我に返った様子でユウを見た。
「……大丈夫よ」
「そうか……とりあえず」
とりあえず、乗っていた自転車を探す。
かなり先の方でひっくり返っているのがわかった。車輪はまだからから回っていた。完全に速度の出しすぎだ、とユウは思った。
「わあん」
女の子が泣く声がした。
しまった、とユウが戻ると、女の子は黄色い小さなものを両手で拾おうとしていた。
「ちょっと待って」
ユウは女の子を制して、黄色いものをよく観察した。
黄色い小鳥。ただし、どこかにぶつかった衝撃で、内部の配線がスパークしている。そのまま触れると感電しそうだ。
機械仕掛けの構造を見てとって、電源を落とすと、ハンカチで包んで拾った。
「泣かないで。ショップに修理に行こう。お詫びにぼくが費用出すから」
「ほんとう?」
「うん」
自転車の前籠に小鳥を乗せる。
サドルにまたがって、女の子をふりかえり、「後ろに乗って」と言った。
女の子はもう泣き止んでいたが、目を丸くして自転車を見ていた。
しんぼう強くユウが待つと、女の子は後ろの荷台に横座りで乗った。
ユウはゆっくり注意深く自転車をこぎ出した。
女の子はメイと名乗った。13歳で、街の外れの図書館で司書見習いをしていると言った。
「図書館?紙の本の?」
ユウは感心して聞いた。
話がはずんで二人はきゃっきゃ言いながら仲良くなった。
メイは落ちないようにユウのお腹に両手を回してしっかり掴まっていた。
地下を縦横無尽に通っているメイン・ロード。ユウは自分の記憶で道を選んで、街の下まで進んだ。
そこで自転車をとめて、メイと一緒に小鳥を持って地上へ続く階段をのぼった。
カランカラン。
扉を開くと頭上で鐘が鳴った。
にゃあん。
猫が一匹、足元にすり寄って来る。
店内をセラミックのウロコの魚が優雅に泳いでいる。
「メイ」
「なに?」
「小鳥のブースに行って、もう一匹選んでおいで」
「えっ!」
メイが歓喜の声をあげる。
「黄色い小鳥の修理が終わるまで寂しいといけないから、もう一匹プレゼントするよ」
「ありがとう!」
走って小鳥のブースに行くメイを見送って、ユウはカウンターで黄色い小鳥の修理を依頼した。
「そうだ。講義に遅れるって連絡入れとかないと、除名されちまう」
携帯をかけながら恐縮した気持ちだったが、なぜか中央管理局の講堂に繋がらなかった。
電話をあきらめてユウが小鳥のブースに向かうと、えらいことになっていた。
「メイ!」
「ユウ!どの鳥がいいかな?」
びっしりメイに鳥が数えきれないくらい留まったりして取り囲んでいる。
ばっ!
一斉に飛び立つ鳥たち。
空色のワンピース姿が出現する。
「そうだな、幸せの青い鳥なんてどうかな?」
ユウはそう呟いた。