操縦室で十数人の操縦士たちが忙しく働く中、部屋の一角でアインは巨大モニターに映る、1つの惑星の姿を見ていた。
先刻、この惑星との連絡が途絶え、地上で何かの異変が起きたと思われた。
原因を調査中だが、操縦士たちは全員とても嫌な予感がしていた。
「アイン。還元コーヒーどうだい?」
「……ああ。もらおうか」
隣の整備室内から出てきたルナンが、ステンレスのマグカップを差し出したので、彼は受け取った。まだ湯気がたちのぼる飲み物をチビチビやりながら、再び不安気な視線をモニターへ向ける。
「……あっ!」
部屋越しにルナンの慌てた声が聞こえた。
以前も『コーヒーを計器類にまでご馳走してしまった』と言って、そそっかしいことをやらかしたことがあるので、アインはまたか、と肩をすくめた。
ガタガタ。バタン。
「……?」
今度は様子が違う。何か走り回っている感じだ。
とっさにアインは席を立って、操縦室から整備室内へ入った。
「その子を捕まえてくれ‼」
ルナンがアインに言った。
アインが見ると、どういうわけかこんなところに幼い子どもが一人、迷い混んでいた。
「そっちに行ったぞ!」
大人の男二人がかりで追いかけるが、とてもすばしっこくて捕まらない。
「なんでここまで入り込んだんだ?」
「知るかよ!」
民間人は立ち入り禁止区域だった。ましてやこんな年端もいかない子どもが一人で入り込むなんて、まず常識的にあり得ないことだった。
ブーン。
整備用アンドロイドが、外側通路から整備室内へ入ってきた。そのタイミングで子どもは二人の手をすり抜けて外側通路へ逃げ出してしまった。
「他のやつにも応援頼むか?」
「いや、あっちはそれこそ今、それどころじゃないはずだ」
「アイン、西側通路から先回りしてくれ!俺はこっちから追っかける」
「わかった」
二手に別れた。
薄暗い通路は、巨大なトンネルのように続いていた。
子どもが駆けていくと、センサーが反応して、オレンジ色の灯りが次々に点灯していった。
子どものすぐうしろをルナンが追う。
突然、横路からアインがタイミングよく飛び出して、やっと、その子を捕まえることができた。
「捕まえたのは良いが、その子どうする?」
「参ったなぁ」
困っている二人を、子どもは黒目がちの興味津々な眼差しで見た。
「女の子?」
「うそいえ」
「でも、男の子にしちゃなんかこう……?」
「幼児趣味か?おまえ」
「冗談じゃない」
ルナンが気後れしたように顔をしかめた。
「何歳だい?」
右手を開いて突きだして見せる。たぶん、五歳ってことだろう。
「船長に伺おう。とりあえず、戻るぞ」
「わかった」
子どもがもう逃げられないように両側から手を繋ぐと、男たちは出来るだけ急ぎ足で戻った。
騒然としていた。
何か起きた。
三人は、操縦室内に入り、巨大モニターを見た。
そこに映る惑星の表面でいくつもの爆発が起きていた。
皆、背筋が凍るような情景だった。
その子どもは黙ったまま、破壊されていく惑星の姿をその目に焼き付けていた。
これが、これから起こる出来事のプロローグだった。