リウトは合点がいったと言うように頬を歪ませると、それまで剣にこめていた力をふっと抜いた。
『!』
突如失われた力に咄嵯に対応ができず、レンジュがたたらを踏む。視界の隅に飛来する影を感じた刹那、脇腹に燃えた焼きゴテを押しあてられたかの痛みが沸き起こった。
『なら、遊びはこの辺でやめておこう』
激痛に片膝ついたレンジュの後頭部目がけ、音もなく剣が振り下ろされる。
剣先すら見えなかったそれを勘のみで横へ転がり、ぎりぎり躾わしたレンジュの胸に、まるで先の剣はフェイントであると言わんばかりのタイミングで蹴りが入った。
鎧をまとっていようと、鎧が衝撃すべてを受けとめてくれるわけではない。
鎧が受けとめてなお強力な力に襲われたレンジュの胸部でぱきりと軽い音がする。
そのまま床を転がったレンジュに、二度三度と続け様に蹴りが入った。
『おまえの剣はおもしろくて、もっと続けたいと思っていたが、そうもいかないようだ。こんなやり方では惜しい気もするが、おまえを他の奴に殺させるのはもったいない』
『……があっつ!!』
裂けた脇腹を踏み敷かれ、獣のようにレンジュは吠えた。
「やめてーーっ!」
リウトが傷口に踵をめりこませ、そのまま押し広げようとしているのを見たマテアが、させまいとその足にすがりつく。
血を、月光聖女は厭う。そこに含まれる怨嵯や慟哭、苦痛を肌で感じとり、本能的に忌避しようとする。
血まみれの自分たちに触れるのは、それだけで堪えがたいだろうに、蒼白し、震えながらも自分の足にしがみついて、これ以上させまいとしている彼女を見下ろして、リウトはつまらなそうに足を引いた。
『あきらめろ、イルク……逃げ場は、ない』
剣を支えに身を起こすレンジュを一瞥し、リウトは天井へ視線を移す。
『どうかな』
造作もないと言いたげに片頬で笑って、リウトは突然マテアを横抱きに抱えた。
「! なにを――」
「そろそろだと、おれも考えてはいたんだ。覆面してようと十年近く容姿が変わらなけりゃ、あいつらも不審に思うからな。
ちょうどいい、引き時だ」
それと自分に何の関係があるというのか。
問う間もなく、マテアの足は地を離れた。
天井の穴めがけてリウトが飛んでいるのだ。
なんとか抜け出そうともがいたが、がっちりと胴を押さえこまれ、びくともしない。
『ルキシュ!!』
眼前で連れ去られようとするマテアにレンジュは痛みをおして立ち上がる。
「レンジュ!」
マテアもまた、懸命に手を伸ばしたが、二人の手はむなしく空をかき、指先すらも触れあうことはできなかった。
『待ってろ!! きっと助けてやる!!』
レンジュの言葉に、マテアは大きく頷いたかに見えた。