一瞬浮かんだ可能性を振り払おうとはしたが、どうしても俺の勘が絶対そうだと主張している。
運転席から飛び降りた瞬間、谷さんからヒューッとからかわれるように叫ばれたが全部無視して全力で問いかけた。
「藤は何しに行ったんスか?!」
「俺が言う前にゴミ見つけて走ってったぞ。さすが藤だな。橘とは違う」
「心の綺麗な奴には見えねェって言ってんでしょ!!あ゛ーもうどいつもこいつも!!」
谷さんに叫びながら、藤の後を追いかけて全力で駆け出す。
後ろから楽しそうに、行け橘!惚れた女を奪い返せ!と叫ばれて、この時だけは心底カツラを剥ぎ取ってやりたくなった。
今すぐやるべきはそれじゃないと自分に言い聞かせて、藤の背中を追う。
行き着く場所、次に起こる出来事が全て予測出来るだけあって、かなり距離は空いていても寸でのところで回避することが出来た。
先回りして、藤へ向かってゴミを投げようとしていた女の手首を掴む。
上に掲げていたゴミ袋を片手で引っ掴み、女が拾えない茂みへと勢いよく投げ捨てた。
「この方法で人探しすんのやめろ!!」
「ッ…邪魔するのやめてください!」
「テメーの心配してやってんだろーがッ!」
「だって!こうするしか方法ないんですよ!!普通に尋ねたんじゃ、本心を見分けられないじゃないですか!!」
「殺される可能性ある方法に賭けてまでやることじゃねェって言ってんだよ!」
「私のこと振った橘さんには心配されたくないです!!」
「ああ゛?!」
女の両手首を掴んで、無理にでもやめさせようと説得する。
振り払おうとしても外れない俺の手へ、猫の如く噛み付こうとした女の両頬を片手で鷲掴み、不細工な顔へと変形させてやった。
更に怒った女がうーッ!と変な声を出して暴れだす。
この方法をやめると言わない限り、絶対離してやんねェ!と俺もムキになっていた時だった。
「あ、この人が橘の彼女?」
聞こえてきた声に顏を向ければ、ペットボトルのゴミとさっき俺が投げ捨てたゴミ袋を両方持っている藤が立っていた。
何食わぬ顔で首を傾げているところから察するに、俺と女の会話を最初から最後まで黙って聞いていたんだろう。
ちゃっかり俺の投げたゴミまで回収して近くまで寄ってきていたのが何よりの証拠だ。
チッと盛大に舌打ちをして女の手首と両頬から手を離す。
その代わりに藤の首根っこを掴み、収集車の方へと歩みを進めた。
「橘、舌打ち」
「うるせ」
「…いいの?なんか大事な話してたみたいだけど」
「大事じゃねェ」
「ふうん…」
最近変だった原因ってこれかぁ。
俺に引き摺られるような体制でそう呟いた藤へ、数秒前にした悪い癖が再び出そうになる。
姿が見えなくなるくらい離れたにも関わらず、未だにマンションの方へ視線を向けている藤に、いい加減自分で歩けと前の方へ放り出した。
「でもいいの?今日谷さん花街行くって言ってたけど。梅さんのとこ橘も行くんでしょ?さっきの彼女心配するんじゃない?」
「彼女じゃねェ」
「まあさっきの会話だと別れたっぽいし、橘が良いなら良いけど…今日南も行くの楽しみにしてたし」
「別れてもねェし、そもそも付き合ってもねェ」
「ふうん…それならますます謎だなー」
彼女でもなく元カノでもないけど、心配してあげるくらいには情が湧いてる人ってことだよね。
フッと勝ち誇ったように言い放ちながら痛いところを突いてくる。
細目で視線を向けてくる藤の顔面に思い切り強く手を当てて、お前もう黙れと低く呟いた。
「あの人と何かあったんだろ?」
「何でもねェ」
「何が謎って、何があったのかをひたすら隠そうとしてる橘が一番謎なんだよね」
「…何でもねェって言ってんだろ」
「今朝から1人だけ良い匂いしてたこと、谷さんに言っちゃおっかなー」
「…!」
俺の手の隙間から話し続ける藤が、見たこともないような悪い顔で微笑む。
勘の鋭い藤へ顔面を引き攣らせていたら、プッと吹き出したように笑い始めた。
「言わないよ!ごめん!でも話せるようになったら話してよ、ちょっと寂しいじゃん」
いっつも助けてもらってばっかだし、こういう時くらい相談乗らせてよ!親友だろ?
顔面を覆っている俺の手を引き剥がし、勢いよく肩を組まれながら呟かれる。
恥ずかしい表現をわざわざ選んで口にしているところから、たぶん俺が舌打ちをしないか眉間に皺を寄せないかを試しているんだろう。
そうとはわかっていながらも、心の奥深くから込み上げてくる別の想いの所為で、眉間に皺を寄せてしまった。
「だーめだって言ってんのに」
「……。」
親友で、兄弟で、大事だからこそ…藤に言えないこともある。
あの女から聞かされた話が、先に藤の耳へ入っていた可能性があると思うとゾッとする。
世間知らずで夢見がちなこいつなら、迷わずあの女と手を組んでいただろう。
その裏に潜むリスクには一切目もくれずに、南のためだと突っ走っていたんだろう。
危険を回避する能力がない藤は、これ以上あの女と関わらせるべきじゃない。
肩に組まれた腕の先。ぶら下がる藤の手の平が、収集車に掴まって出来た血豆で赤くなっている。
普段の仕事ですらこんな怪我をするのだから、得体の知れない女に関わらせるなんて以ての外だ。
「あの女の人……橘にとって危険な人かどうかだけでも教えてよ」
「……。」
「えー、僕ってそんなに頼りない?」
「縛られなきゃ収集車に掴まってられねェような奴、頼りになるか?」
「チッ」
散々直せと人へ言っていたくせに、盛大に舌打ちをかまして俺から離れていく。
お前…と眉間に皺を寄せて突っ込みを入れようとした頃には、谷さんへ満面の笑みでゴミを渡していた。
「じゃあ約束通り!縄なしで掴まってられるようになったら、あの女の人のこと教えてね!」
「は…?」
「何?!藤まであのバンビちゃんを?!えらいこっちゃ!」
「んな約束してねェだろ。絶対言わねェ」
「そうだ!いけ橘!」
「じゃあ自分であの人のところに会いに行く」
「ええ?!ふ、藤、大胆だな…」
「絶対行かせねェ」
「そうだ!いけ橘!男を見せろ!!」
俺と藤の言い合いに変な合いの手を入れてくる谷さんへ、ゆっくりと近づく。
ここを離れる前からやってやりたかった谷さんへの報復を、思い残すことなくやり遂げてやった。
剥ぎ取った例のブツを運転席に投げ入れて、次の現場へと向かう。
思い通りにいかない俺のイライラをぶつけられた例のブツは、半日以上持ち主から遠ざけられて役目を果たせていなかった。