024 -ふしだら注意報-



『二つ前。私隠れます』

 集まった注目が散った後、澪が私の後ろに身を縮めたのと同時、送られてきたそれにばっと前を向く。

 ついさっきまでは一切気に留めていなかった、それくらい自然に溶け込むその二人組をよくよく見れば。


「え!!!!」


 ……と、よく叫ばずに堪えたと思う。

『ちょっと!!!!!!!!!!』

 かかかか、と画面をタップする指もいつもの数倍の速度で動き、堪えている分エクスクラメーションマークを追加。

魚守うおもりくんたちじゃない!!!!!!!!!!!!』

 え!? 魚守うおもり響次きょうじ魚守うおもりしき!?

『あの二人で遊園地!? てかこのフォトスポット!?!? 嘘でしょ!!!!』

 あの魚守兄弟が!!

 実の兄弟でグループ所属、なんてそれだけでも目を引くけど。真面目だけど天才型の兄である響次は、グループ内でも飛び抜けて歌が上手く、けれどその他のパフォーマンスもかなりの実力。そんな彼に対抗心を隠さない弟の色は、その努力する姿勢も含めてファンを勝ち得て、今では単純なファンの数がグループ内でNo.2。ちなみに一位はリーダーの虎走こばせまことくんで、三位が私の最推し、飛鳥井あすかいれいくん。

 とにかく仲が良くないというか、兄弟だけど一緒の仕事も少なければ、舞台上でも離れることがほとんどで。

 こんな状況、二四だか四二推しだかの子たちが見たら卒倒するに違いない。いやよくよく見れば、やっぱり弟の色くんは顔をすごいしかめてるし、兄はすごく冷静な様子だけど。

 と。


「シロウ、カップルばかりだぞ」

「黙れ。イチが嫌だっつーんだからしゃーねーだろ」

「嫌とは言ってなかっただろうに」

「あーうざい。グッズのためだろーが、黙って付き合え」


 色々。また叫び出しそうになったのを、メッセージにぶつける。

『シロウって色くんのこと!? イチってもしかして一くん!?!?』

『そのままだとバレちゃうので……虎走もいそうですね』

『というか色くんほんとにマスコット好きなのね!?!?』

 古今東西、ゆるキャラから某企業の関連キャラクターまで。知識量からガチだとは思っていたけど! まさかグッズ欲しさにあの兄とジュンブラのツーショット撮るまでだとは。

 というか。というか!! こんな会話、一般ファンの私が聞いてはいけない!! プライベートを覗いてはいけない!!

『悪いけど耳塞ぐから!!!! メッセージで会話しましょう』

 イヤホンを着けて、慌ててサブスクのオディショニ推し曲リストを再生。ついでにぎりぎり列の動向が分かる角度で後ろを向けば、緊張して身を縮ませる澪と目が合って、頷き合って。

 そういうわけで、なるべく気配を消しながら、メッセージだけのやり取りで列が進むのをやり過ごして。途中でブライダルイメージの曲が流れてきて、飛ばさずにばっちり耳を傾けたり、伶くんのパートで澪の顔が見れなくて目を逸らしたら、フリーフォールに敗北してヘロヘロで通路を戻っていく小薬さんとけろりとしている秋流さんが見えたりはあったけど。


 列は順調に前へと流れて、魚守兄弟がツーショットへ移った頃に、ようやくイヤホンを外して息をつく。

「前へお進みくださーい! フォトスポット三種類からフレーム選べます~! 三回撮影があるので、撮影後は右に進んでグッズと写真をお受け取りくださーい」

 繰り返されるアナウンスの内容は、途中に立てられたいくつものパネルで把握していたから、フレームも決定済み。

「じゃ、じゃあ澪。撮るでいいのよね」

「いいですよ、……え、えっと」

 ぼそぼそと再確認の後、澪は覚悟を決めたようにぐっと息を吸って。

「エスコート、ですよね」

 ぱしりと、手が取られる。

 別にそこまでしなくていいと、言葉が反射で昇るより先に、ドキッと鼓動が高鳴ってそれを呑み込ませる。言葉遣いだってあくまで素山澪で、遊園地のグッズで飾り立てていて、変装気味な彼女はさっきの魚守兄弟と比べものにならないくらい、伶くんと印象を変えているのに。

「撫子さん。こちらへどうぞ」

 その所作で、瞳の色で。

 やっぱりとくりと、胸が鳴る。



「はーい三枚目も撮影ばっちりでーす! このまま右の方にお進みいただいて、グッズと写真を忘れずにお受け取りくださーい」

 ドキドキと、巡る血液が耳元で心拍数を教えている。アナウンスに従って、澪の顔を見れないまま、エスコートされるまま写真を受け取って。

「え、……えっと。こ、これで、よかったですか……?」

「…………」

 目を逸らしている私におずおずと尋ねる澪に、ふう、と息を吐き出した。その熱で、間違いなく頬もそれだけの熱を持ってるだろうと自覚できるし、撮った写真の表情も、あまり見返したくないくらい。

 本当に。

 最近ちょっとずつ実感し始めたけど。間違いなく、私の最推しアイドル飛鳥井伶は、この子なのだろう。

「……ばっちりよ。ばっちりすぎよ」

「す、すぎですか」

「すぎてます」

 はあ、ともう一度溜め息を吐いてから、顔を上げて、澪と目を合わせる。

 彼女も頬を染めていて、動揺したように目が逃げて。そんな所作にもとくりと鼓動が打ちかけて、さすがにそれは、伶くんと全然違うのだしと、自分に言い聞かせようと――



「――ふしだら注意報ーーーー!!!!」



「――っ!?」

「見つかった!?」


 TPO弁えなさいと言いたくなる叫び声と、続いて集まるスーツの人影。

「お、お嬢様、それに、素山澪ッ! ふ、ふ、ふ、ふしだらですーーーーッ!!!!」

 震える指をびしりと突き付けてくる、暴走番犬と化した来未はどうやら姉と一緒ではないようで、周囲を囲むスーツの人数も三分の一しかいない様子。咄嗟に澪と目を合わせると。


「こっちへ!」


 ぱっと手が引かれて最速で、包囲の薄い方角を抜けて。

「あっ待ちなさい!! じゅ、ジュンブラツーショ撮ったんですか!? 撮ったから真っ赤なんですか!? お嬢様、まだ早いですー!!」

 追いかける声を背に、いつもの立体迷路のアトラクションに向かおうとすると、通路の向こう側から。


「――これはお嬢様、みおっぴ。その袋はもしや、限定イベントのジューンブライドフォトスポットにご参加を?」

「あなた、さすがに遊園地堪能しすぎでしょう!!」

 いえ正しい姿だけど!!

 現れた桃住ももずみ好百すももと引き連れている黒スーツ、いや元・黒スーツの十数名は、残らず遊園地のグッズに身を包んで、ワンポイントのフェイスシールを貼り付けて、手に手に食べ歩ける軽食やデザートを持っている。

 いやどうしたら姉妹でここまで両極端に行動できるの、せめて足して二で割りなさい!

「おかげさまで、それはもう。さあ、お嬢様もみおっぴも、共に遊園地を堪能しましょう」


「っ挟まれたわ、澪、どうするの」

「撫子さん! さっきの限定グッズ、手放してもいいですか?」

「え、い、いいわ。いいけど?」

 どうして急にグッズなんか。思っている間に、澪は器用に片手でグッズを取り出して、桃住好百に突き付ける。

「……すももんさん、一緒に遊園地を楽しんだ証に、これをあげます」

「……これは、これは」

 にこりと微笑んだ好百は、遠慮ゼロで手を前に出す。

「先着で限定数しかありませんから、この人数で大挙しては迷惑になると遠慮していました。これでみおっぴと私は、二人でカラオケに行っても気まずくない仲です」

「か、……い、いえ! 代わりにここ通してください!」

「ええ、マ、ヴ、ダチの頼みとあらば」

「好百お姉ちゃん!! そいつ捕まえて!!」

 全然追いつかないからツッコミが!! とりあえずマブダチとかいう表現をそんなねちっこく言わないで!!

 澪が手渡したそれを受け取って、好百はにこりと微笑むと、黒スーツの集団にさっと道が生まれる。迷わずそこへ駆け出した瞬間、追いかけてきた来未くるみのスーツたちを、好百引き連れた集団が食い止めて。


「撫子さん、ここ並びますよ!」

「どこでもいいわ!」

 振り返れば結局、好百も来未も追ってきてるし。引っ張られるまま並んでみれば、すぐ後ろに桃住姉妹とスーツたちが大人しく並んでいく。

「お嬢様、このアトラクション終わったらお縄ですからね!! 素山澪、あなたもですッ!!」

「やはりマ、ヴ、ダチとお嬢様とは共に遊園地を堪能せねば。ここからのルートも全部計画は済んでいますよ」

「み、澪っ! どうするのここから!」

「大丈夫です、このアトラクションなら……」

 示されて目を向ければ、サイバー感漂う様相の、大きな建物。

「な、……謎解き?」

「はい、……ここなら、最速で解けば、撒けますよ」

 示された看板を見ると、十分ごとに十グループが入場していって、各々に管理用の端末が渡され、解けずにタイムアップで退場か最初からリトライ、解けたらどんどんステージを進んでいって、最後には脱出する形式らしく。

 難しいみたいですが、と付け加えられて、すこし、口角が上がる。


 上等じゃない。


「澪」

「はい」

 物々しく表示された、十三分十二秒の記録。

「撒くだけじゃ面白くないわ。……アトラクション自体の最速記録、出すわよ」

「……が、がんばりましょうか」

 あまり乗り気じゃなさそうだけど、あなたと私なら余裕でしょう、と。

 余計なことを追い出してベストコンディションを作ろうと、思考を集中させたところに、 聞き覚えのある声。



「――ひゃはっ! ねえ秋流ちゃん、なんか真っ黒な集団がいるんですけどぉ!?」

「む、これは。遊園地に現れる妖怪を討伐するという伝説の」

「ねぇこのアトラクション謎解きじゃない!? 秋流ちゃんとリリリ様なら、ひゃははっ、最速記録余裕かもっ」

「私とリリだけの真実を見つけにいくのですね。ええいいでしょう、このテーマパークに私たちの絆を刻んでみせましょう」



「……ねえ、澪」

「……はい」

「十分以内で解くわよ」

「………………はい」


 ――八分五十八秒。

 この日打ち立てられたその記録は、半年以上更新されることはなかったらしい。