023 -世間、狭い-


 *



「ひどい目に遭ったわ……」

「自由落下は、ハードでしたね……」

 最初のに比べればまだ穏やかなジェットコースターに乗り直し。この程度なら余裕だと、絶叫系案外楽しいじゃないという気になって。あらためて余裕が出てきたお腹は、どこか一つのレストランじゃなくて、見かけた出店で満たしていって。

 違うフレーバーのアイスを味見し合ったり、クリームたっぷりのクレープを、どっちが口を汚さず綺麗に食べられるか何となくの勝負が始まったり、一つだけ買ったパフェを互いにあーんで食べさせ合う雰囲気になって、結局やらずに終わったり。



『澪、あれ乗ったことある?』

 そうして園内を巡るうちに見かけた、垂直落下が売りらしいアトラクション。

『ないですけど、結構怖いらしいですよ』

『ふうん? でも、ただ落ちるだけよね?』

 巨大な柱に座席が輪っか状に巻きついてて、それが一番上まで昇って落下するだけの単純動作。

『え、乗りますか……?』

『あら、怖いの?』

『いえ……』

『ふふ。なら、勝負しましょうか』

 どちらが声を出さずにいられるか、なんて。


 いや。

 あんなの、声出ないわけないじゃない! 一回フェイントかけてきたし! 落ち切ったと思ったらバウンドしたし!

 まあ、他では聞けてなかった澪の悲鳴も楽しめたから、その点は満足してるけど。満足したし楽しめたから、別に勝負の結果なんてどうでもいいわね、ええそうでしょう。そうよね?

「さすがにちょっと、絶叫系が連続してるので……次はもうちょっと穏やかにしましょうか。元々予定に入れてたアトラクションだと、コーヒーフロートとか、あと謎解きで脱出みたいなのも結構人気ですね」

「コーヒーフロート?」

 耳馴染みのないアトラクションに、思わず鸚鵡返し。

「いわゆるコーヒーカップですね。座席にペダルがついてて、漕げば漕ぐほどカップが持ち上がるみたいです」

「ああ、それでフロート」

 定番のアトラクションに一捻りを加えた、ということか。

「そもそも普通のコーヒーカップも乗ったことないけど、あれは楽しいの?」

「ええと……意外と勢いあったような。無理しすぎなければ、結構楽しいですよ」

 思い出すような表情の彼女に、ふうんと。見た目上はやっぱり、ジェットコースターほどの刺激はなさそうだけど。つまりそこまでダメージはないということだろう。いえ別に、ジェットコースターも全然平気ではあるのだけどね?

「なら、それに乗りましょう」

 返せば澪はそうしましょうと頷いて、ふと。こちらを振り返って、澄ました顔で微笑んでみせる。

「では、どうぞ、撫子お嬢様」

「……律儀ね」

 ちょっとだけおどけた口ぶりで、それでもするりと差し出される手のひら。もちろん、伶くんの時にしてくれるだろうエスコートとは、態度も調子も全然違うけど。重ねたらきゅっと、握り込まれる感触は親しみの籠もった柔らかいもので、わざわざ手を繋ぐだなんて、友人同士というよりもすこしだけ、距離が近い気もするけれど。きっとそれも込みでエスコートなのだ。

 それに、実際素振りだけでなく、ルートも十分に選定してもらっているし。彼女はおどけた顔を少し真面目に緩めると、片手で器用にパンフレットを開いて目を落とした。

「エリア的にはこのまま真っ直ぐでいいんですけど……大きい通りなので見つかるリスクが――」



「――リリリ様がぁー!? そんなのあるわけないって!」



「!?」

「っ」

 至近距離の素っ頓狂な声。繋ぐ手がさっと引かれて、人陰の中に紛れ込む。



「……ですけど、以前来た時は身長制限で乗れなかったんでしょう?」

「ひゃははっ、秋流ちゃんは心配性だねぇ。ハジメテ、だから楽しみなんでしょー? リリリ様がたかがフリーフォール如きに敗北するはずないしー、まぁ凡百とかならわかんないけどさぁ」

「他のを試さず最初でいいとリリが言うなら、構いませんよ」

「ヘーキヘーキ! 凡百にもワイロのお土産買ってやんないとだしっ、ほら、早く早くっ」



「……」

「……」


 ごくりと呑む唾と、逸る鼓動。

 それと悟られないように、自然な動作で目に付いた列の最後尾に並んで。すぐに埋まる後方の人々を壁にしつつ、小薬さんたちが去って行くのを見守る。

「……どこ行くなんて、あの子たちに言ってないわよね?」

「そのはずですけど……」

 どんな偶然。いや。有名な遊園地だし、テスト後の休日なのだし。学園の誰かが遊んでいてもおかしくはない、のね。

「スーツ姿の人たち以外も、気にした方が良さそうですね……」

「ええ、……」

 え。まさか、手を繋いでるとことか見られてないわよね?

 デートとか変に吹聴したから、見られたら確実に勘違いされる。いや別に、デートなことには変わりないのだし、エスコートされてはいるけどそれはそれだ。

「……しばらく、離しましょうか」

「あ、あ! はい。そうですね」

 するりと解けた手と、離れる熱。

 いえ。別に、全然ちっとも、名残惜しいとかはないけれど。す、と手元に下がった視線が、持ち上げた時に澪とぶつかって、慌てて列前方に目を向けた。

「と、……というか、これは何の列?」

「あっ、えと、……ええと、……アトラクションではなさそう? ……ですかね」

 巨大な生け垣に沿うように並んで、その湾曲していく向こう側まで伸びる列だから、先は確認できない。でもアトラクションならもっと並べるスペースを確保してるはずだしと、澪が手にしたパンフレットを覗き込む。

「フリーフォールがここだから、生け垣はこれでしょう? それなら……っえ!?」

「見つかりました?」

「……ふぉ、フォトスポット、みたいだけど」

 アトラクションではないコーナーにしては、吹き出しがしっかり伸びていて。見るにどうやらイベント期間で、イメージ画像の顔出しパネルも、遊園地のマスコットキャラクターに絡めたものではあるけど。

「あ、……あー、なるほど」

 パネルの柄は明らかに、ウェディング仕様。ジューンブライドにかけて、五月末日の今日からちょうど、イベントが始まっているようで。

 と、スタッフの人が横を通り過ぎたと思うと、通行人と列とを区切るためのバンドが通される。

「……どうします?」

 仕切りはそこまで強制力のあるものではなく、列を抜けようと思えば抜けられるけど。

「……つ、ツーショットというのも、悪くないかもしれないわね。折角来たのだし」

「そ、そうですよね! イベントはともかく、写真は撮ってなかったですし」

 そうよ、そう。ジューンブライド関係なしに、思い出を形に残すというのは別に悪いことじゃないのだし。

「一応、ほ、ほら他の人たちだって別に、そういう関係ばかりじゃないでしょう?」

「えっと、…………ぱっと見は、って――っ!?」

 前後を見渡した澪が突然びくりとして、思わず一緒に首をすくめる。

「っ!? ちょ、ちょっと何――」

「!!」

 尋ねようとした私を遮り、ぶんぶんと必死に手も首も振って、視線は前方を凝視して。

 一体何、と口をつぐんで目線を追っても、並ぶ一般客しか目に入らないし、学園の子も、桃住のどちらかやスーツの護衛も見当たらない。と、ぶぶ、とスマホの振動。



『Audit10nEEのメンバーがいます』



「はあ゛ーっ!?」

「!!」

 ぶんぶんぶんぶん、とさっきの倍速の首振りに慌てて口を押さえて、集まった視線をやり過ごした。

 え!? 嘘でしょう!?