第27話 イベント場所③

 その声色が怒気を含んでいるように思えて視線を向けると、てっきりルルに抱き着かれたまま見つめ合っているのかと思っていたら意外な事にグラヴィスはルルの肩に手を添えて体を離しているようにも見えたのだ。ハーレムルートだと仮定して、やはりこれが出会いイベントでグラヴィスの攻略はこれからなのだろうか。ジェスティード殿下とデートをしていたルルがどうやって図書館に現れたのかは謎だが、今はそれよりもこの騒ぎにエメリーやアオが巻き込まれる前に退散しよう────。そう思った時に聞こえてきた言葉に耳を疑った。



「それで、君も騒いでいたと言うのかい?ルル・ハンダーソン嬢。確かにフィレンツェア・ブリュード嬢が君に苦言を強いてキツく当たっているのは知っているし加護無しが横暴な振る舞いをするのは許容出来ないが、しかしそれは君が彼女の婚約者である第二王子殿下と親しくし過ぎているせいもあるとこの間も言っただろう?あれほど距離を取ると約束したのに君が第二王子殿下と密会を続けているのは知っているんだぞ。君の振る舞い方は例え誤解であろうと令嬢としてアバズレ呼ばわりされても仕方が無いと何度言えばわかるんだ。


 それでなくても加護無しの公爵令嬢の指導に手を焼いていると言うのに、優秀な守護精霊のいるはずの君まで手を焼かせないでくれないか。それともハンダーソン男爵家では教師との約束は反故していいとでも教えているのかい?」



「……えっ?!そ、それは……っ!」



 なんと、私に向けるとまではいかないが眉間にシワを寄せ怒りを含んだ言葉をルルに向けていたのだ。



「ち、違うんです!ちゃんとジェスティード様には言いましたけど、ジェスティード様が誤解なんだからそんな事する必要ないって……あたしは男爵令嬢だし相手は王族だから、あたし逆らえなくって……!」



「つまり第二王子殿下に脅されて無理矢理密会させられていると?それが本当なら由々しき問題だ……。君が学園の職員会議で証人として今の話をしてくれたら、国王陛下に証拠と一緒に訴えても……」


 そしてグラヴィスの眼鏡の奥が鋭く光るのを感じ取ると、ルルは慌ててグラヴィスから離れるようにして踵を返した。



「あ、えーと、か、勘違いです!さっき言ったのは全部勘違いで、フィレンツェアさんに今日は酷い事なんてされてません!お、王子様もそこまでは言ってなったかもー!ほ、本当に偶然会っただけなんで……あのっ、あたし帰ります!ごめんなさーい!」



 そして逃げるように走り去ろうとしたが、その足元に薄い氷の膜が張ったように見えたと思った瞬間、ルルはその場で盛大にすっ転んだ。その時アオの鼻息が聞こえたので犯人の察しはついたが。



 そして、服の隙間から何かを落としたように見えたがそれに気付くことなく「いたぁい!なんで濡れてるの?!」と叫びながらあっという間にいなくなってしまったのである。



「全く……嵐のような娘だな。もうこれで4回目だぞ、いくらなんでも騒ぎ過ぎだ。君もやっていないのならちゃんと反論するように。自分の弁護すらもやる気が無いなんて、これだから加護無しは……」



 グラヴィスはそう呟くと頭が痛いのか眉間のシワを指で押さえてもう何度目かわからない大きなため息をついた。



 その言葉に思わず私は首を傾げそうになってしまった。まるで私が突き飛ばしたりしていないってわかっていたような口振りに聞こえたからだ。これまで散々聞いてきた「これだから加護無しは」の言葉が初めて少しだけ違う意味に聞こえた気がした。そのせいなのか、小さなフィレンツェアが私の中でソワソワとしている。



「……私の事、信じてくれるんですか?」



 小さなフィレンツェアのソワソワが移ったのか、私はつい気になった事を口にしてしまった。これまでなら確実に疑われてたと思ったからだ。



「俺は自分の目で見てそう判断しただけだ。それにあの子の言い分は矛盾点だらけだったからな。なにか反論でも?」



「……いえ。えっと、すみません。あの、先生はハンダーソンさんと何かあったんですか?」



 睨まれ気味に言われ、つい怯んでしまった。そしてつい、さらに余計な事を聞いてしまったのだ。しかしグラヴィスの反応がゲームとは違い過ぎてどうしても気になってしまったのである。



「あぁ……。実はルル・ハンダーソン嬢と図書館で会うのは今日で4回目なんだ。しかも毎回本を山のように積み上げて持っては誰かにぶつかったり転んだり……最初はそれだけ勉強に夢中だったのだろうと好感を持っていたが、何度注意しても本を乱雑に扱うし図書館にいる割には本を読んでいる気配もない。会うたびに俺の顔を見て「反応が違う」とかなんとかブツブツ言っているし……さらには殿下との仲を誤解されてイジメられていると相談してくるのに改善しようともしない。なんとも不可解な行動だ。俺は、努力しない人間は嫌いなんだ」



「4回も同じ事を……さすがにそれは多いですね」



「君もこれ以上騒ぎを起こさないように。それでなくても君は加護無しの問題児なんだからな。では失礼する」



「あ、先生。そこは濡れて……」



 立ち去ろうとしたグラヴィスの足元に私の視線が釘付けになった。そこにはさっきルルの足を滑らせた水溜りがあったのだが、グラヴィスかそこに一歩を踏み出すと、まるで弾け飛ぶようにパチンと音を立ててその水溜りが消えたのである。



「せ、先生!」



 私はそれを見て「もしかして」と思い、思わずグラヴィスを引き止めようと声を出したのだった。