第26話 イベント場所②

 そういえば、このルートのみほとんどが図書館でのイベントだったはずだ。なにせ学園の教師と生徒という禁断の恋、密会場所には最適だったのだろう。いや、図書館を神聖な場所だというくせに生徒と密会しないで欲しい。神様が何を参考にしてこの設定を作ったのかは未だに謎である。


 話を戻すが、ゲームでは悪役令嬢に嫌がらせという名の命令をされたヒロインは図書館にやってくる。もちろん嫌がらせなので読む気も無いような分厚い本を大量に借りにいかせるのだが、ヒロインは悪役令嬢の「本当は勉強がしたいけれど、今さら本を借りに行くのは恥ずかしいから」と言う言葉を鵜呑みにして大量の本を借りようとするのだ。なにせヒロインは純真無垢で人を疑わない素直な性格……らしいから。そして、その本ごとひっくり返りそうになった時に「こんなにたくさんの本を読んで勉強しているなんて、君はなんて努力家なんだ」とグラヴィスが助ける事によってふたりの距離が一気に縮まるのである。


 グラヴィスにとって常にカンニング疑惑のある加護無しの悪役令嬢と違って、守護精霊がいて真面目に勉強を頑張っている(ように見える)ヒロインは好みのドンピシャだ。本の山を抱えている事をグラヴィスに誤解されたヒロインが「そ、そんなことないです!わたしなんかまだまだで……!」と慌てて肯定とも取れる返事をすると、グラヴィスはそのひたむきさに心をときめかせ、ヒロインも「咄嗟に助けてくれるなんて……先生は怖い人だと思っていたけれど、実は優しい人だったのね。素敵」と胸をキュンとさせる。ゲームではここでセイレーンのご登場だ。実はその前にヒロインは〈どれだけ本を積み上げられるか〉と言うパズル系のミニゲームをしていて、高得点が取れればセイレーンの魅了魔法は確実に成功するのである。その後、図書館での出来事が実は悪役令嬢の嫌がらせだったとわかってからは「俺が守ってあげないと……」と、ストーリーが進んでいく。私はその記憶を頼りにとっさに抱えていた本を数えると、そのミニゲームで成功ポイントを取れる本の数が……私の持っていた本の数と同じだった。まさかヒロインはそこまで見越してぶつかってきたのだろうか。


 というか、他の攻略対象者達は自分のルート以外ではあまり絡んでこないはずではなかったのか。“ヒロインに好意は持っているがあくまでも見守って応援するスタイル”だとか言う初期設定はどこへいったのかと神さまに問いたい。


 てっきりジェスティードルートだと思っていたのにグラヴィスルートにもなっているなんて予想外だ。やはりノーランドの事もカウントすべきだったのか。と、悩んでも悩みきれなかった。



 まさか、ここがあの同時攻略のハーレムルートだとか言われたら正直嫌すぎる。あのルートはヒロイン側も大忙しなのだが、もちろん悪役令嬢の方もヒロイン以上に大忙しなのだ。



 神様曰く、所謂“逆ハーレム”というもので全ての攻略対象者を同時に攻略しながらストーリーを進めていく難易度の高いルートだ。基本の攻略方法は一緒だとはいえ、違うルートの相手を同時進行で攻略するのは至難の業である。いかに好感度をバランス良く保つか……その為には悪役令嬢の存在が必要不可欠なはすだ。


 ヒロインの為に働く気はないが、今回のイベントのように無理矢理巻き込まれるのだとしたら絶望しかない。


 私がそんな事を考えている間にもグラヴィスとルルの話は進んでいた。




「シュヴァリエ先生!助けて下さぁい……!」




 ルルの目には涙がいっぱいに溜まっていた。そして、その大きな瞳から一気に涙を溢れさせるとグラヴィスの胸に飛び込むようにして抱きつき、震える声で訴え出したのである。


「フィレンツェアさんが酷いんですぅ……!自分は公爵令嬢で重い本なんか持てないから、男爵令嬢のあたしに取ってこいって……!あ、あたしの事をジェスティード様を惑わすアバズレだって言って、そんなアバズレには労働がお似合いだなんて暴言まで……!ジェスティード様とはただのお友達だって言っても信じてもらえなくて、逆らうなら男爵家を潰してやってもいいんだぞって脅されて……!命令通りに動いたら許してくれるって言うから頑張ったのに……今度は持ってきた本が気に入らないって突き飛ばされて……っ!」


 ルルの言葉を聞いて遠巻きにこの騒ぎを見ていた人間達がどよめいた。フィレンツェアが加護無しである事は有名だ。例え私の顔を知らなくてもこんなに大声で名前を連呼されては正体などすぐにバレてしまうだろう。その証拠に冷たい視線が次々と突き刺さってきた。そのせいで小さなフィレンツェアがざわめき出してしまう。


 そんな時、アオが心配そうに頬を擦り寄せてくれた。頬に感じるひんやりした感触が少し焦っていた心を落ち着かせてくれたのだ。やはりアオは心の栄養剤かもしれない。


 私は小声で「ありがとう」と呟き、これが強制力を持つイベントならばここでルルの発言を否定しても誰も信じてくれないだろうなと、小さくため息をついた。私にぶつかったのも多分わざとだろうけれどそんな証拠はない。どうせこの後はルルの言葉を信じたグラヴィスが周りの人間と一緒に私を「加護無しのくせに」と責め立て、図書館から追い出そうとする流れか。そうなったらいくらブリュード公爵家の名前があっても二度とここへは入れないだろう。1番読みたかった本が見つからなかったのは残念だけど、せめてこの本達を借りていけるようにお願いするしかない。そう思って、黙ったまま散らばった本を拾い上げて傷がついていないかを確認する事にした。ルルはまだ騒いでいるようだが言っても無駄なら早く終わらせた方がいい。本当は図書館の雰囲気も味わいたかったのだが、悪役令嬢には無理な話だったようだ。



「それで────」



 グラヴィスが眼鏡を指で押し上げ、ルルに向かって口を開いた。