悪魔の脅威から皆を救った埃だらけのサーベルを、クライヴはちゃっかり我が物としていた。
もとより温室で放置されていたものなので、借りパク上等である。
ロイドに取り憑いていた悪魔の
さすがはお貴族様のお屋敷というべきか、武具の手入れ道具ですら一通りあるらしい。
なんとなく、ヘザーも隣の一人掛けソファに膝を抱えて座り、それをぼんやり眺める。昨日から続いた大立ち回りの反動で、なかなか疲れていた。
しかし一方で精神は高ぶっているため、自室に戻ってのんびりする気にもなれないのだ。
そんな事情を抱えたとぼけ顔の彼女を、クライヴは少し不安そうにちらちらと伺う。
「なあ、ヘザー……部屋で休んでいた方がいいんじゃないか?」
「んあ? なんで?」
「いや、悪魔にその、一瞬とはいえ、取り憑かれていたのだから……」
自分が憑かれたわけでもないのに言い淀む辺り、なんともクライヴらしい。つい、ヘザーも笑みを浮かべる。
「心配すんなよ。中に入って来やがった途端、ふん捕まえてフルボッコにしてやったから、平気だって」
「……君の精神世界はどうなってるんだ? 武装集団でもいるのか?」
「やだなぁ。善良でクソ可愛い、一般人のオレしかいねぇよ?」
「善良な一般人の解決手段は暴力なのか? 初耳だ」
「あー。オレがいたトコは、割とそうだったかも」
「そんな修道院があってたまるか!」
ギョッと目をむいたクライヴの驚き具合が面白く、訂正するでもなくヘザーもニヤリと返した。
しかしその悪い笑顔で、おちょくられたと感じたらしい。
ムッとした後に陰気顔へと戻った彼はまた、黙々とサーベルの手入れを再開した。
クライヴの骨ばった大きな手は、存外器用に動いていた。シャツをまくって
(薪割りん時は全然平気なのに……)
完全にクライヴ沼にはまっているな、と思い知って余計に気恥ずかしくなった。
そこで照れ隠しのため、つい彼を茶化す。
「わざわざ自分でやって、アンタもマメだなぁ」
「今後もこれを使う機会はあるかもしれない。自身で手入れをしておいて、損はないだろう」
「ふぅん」
埃だらけの鞘や、何由来か分からない油汚れで曇った刃をせっせと拭きつつ、そうだとクライヴがつぶやいた。
「せっかくだから、名前も付けるべきか」
「なんでだよ」
ぬいぐるみや人形じゃないんだから、とヘザーがつい一笑に付すも、クライヴは生真面目顔で一つうなずく。
「物には愛着を持って大事に扱え、と母上も言っていた。愛着を持つならば、名前を付けて差別化を図るのが良いだろう」
「その母上って、生んでくれた方? 引き取ってくれた方?」
「両方だ」
「おぉ、そっか。じゃあ付けた方がいいな」
ヘザーもとい高田は実母ともギクシャクした関係だったが、父や兄と比べればまだマシな間柄だった。また育ての親でもある、母方の祖母は大好きだった。
なのでなんとなくではあるが、母を想う気持ちなら分かる。
無邪気に大賛成のヘザーに、クライヴもどこか安堵したように小さく笑った。
「君のことだから、親離れが出来ていないと笑うかと思った」
「しねぇって。ほら、家族と仲がいいに、越したことはねぇからさ。で、なににすんだ?」
「そうだな……思いついたのは、ジョージかポールか、もしくはジョンか……」
(コイツ……ワザとなのか?)
あいまいな半笑いの顔で、ヘザーは自身のこめかみをかいた。
何故かビートルズのメンバーの名前ばかり列挙しているが、彼らが登場するにはおそらく五・六十年ほど早い。今はまだ、生まれてすらいないだろう。
これはただの偶然なのか、なにか運命的な未知なる力が働いているのか。
はたまたメタ的なサムシングなのか。
どうしても気になり、ソファから身を乗り出してヘザーも口をはさむ。
「なぁクライヴ。リンゴはどうだ?」
少し視線を持ち上げて思案したのち、クライヴはゆっくり首を振った。
「リンゴは……少し違うかな。なにかしっくり来ない」
「んだよ。リンゴ全否定かよ」
おそらく日本人にとっては「覚えやすさNo.1」であろう外国人名だが、クライヴ的には違ったようだ。
お坊ちゃんのこだわりは理解しがたい。
ややあって、クライヴがなにかをひらめいたらしい。
わずかに目を輝かせて、汚れを丁寧に拭い取ったサーベルを掲げる。
「よし。こいつの名前はリチャードにしよう」
「あー……そっか。まあ、いいんじゃない?」
抱えた膝にあごを乗せたまま、どこか気だるげな声で、ヘザーもそう賛同した。
ちなみにリンゴ・スターの本名は、リチャード・スターキーである。
やはりワザとなのだろうか。
(オレ的には、フレディとかブライアンの方がよかったけどなぁ)
そんなことを考えつつ、天井のシャンデリアへぼけーっと視線を注ぐ、QUEENファンのヘザーであった。