どうしてもメトレス様に何かしてあげたい。
私はそんな想いに囚われています。
そんな気持ちを抑えて、私はメトレス様の作業しているお姿を見続けます。
メトレス様は今、私がお持ちした外殻に紐を巻きつけ、その紐の長さを図ることで外殻の外周部の長さを図っています。
そして、頭を抱えています。
どうも想像よりも外殻の方が大きかったらしいですね。
より細く美しい女性的なラインの人形をお客様はご希望されているようです。
「プーペ、すまない、このサンプルをしまって来てくれるか…… 代わりに、これよりも細い腕の外殻をいくつか持ってきてくれないか?」
メトレス様はこちらを見ていません。
ですが私は深くうなずきます。
お仕事です、使命です! 生きがいです!!
私はまず五十三番の外殻を受け取り、元の場所に戻します。
その後、私から見てメトレス様のご要望に沿えそうな型番の腕を探します。
二十六番なんてどうでしょうか? 少し古いですが女性型の原型ともいえる型番です。
そして、その正当な進化系の三十二番。
この二つは外せないと思います。
私に使われている四十八番も持っていきましょう。
今ある女性型の代表的な型番はこの辺りでしょうか。
サンプルの外殻を三つ持ち、メトレス様の場所に戻りましょう。
「ありがとう、プーペ。うん、中々良いチョイスだ。この四十八番はキミと同じ物だよ? わかってて持ってきたのかい?」
私はゆっくりと頷きます。
そうするとメトレス様は驚いたような表情を見せてくれます。
「そうか、そう言えば前に一度説明した気もするな」
はい、そうですよ。メトレス様。
三日前に私の型番だと教えてくださいました。
私は忘れませよ。子供のような笑顔で楽しそうに話してくださったことを。
「確かに良い型だ。ラインが滑らかで綺麗だ。耐久性重視している五十三番は少し武骨だからな」
そう言って四十八番の外殻に紐を当て、寸法を測り始めました。
これ以上は邪魔をしてしまいます。
少し離れておきましょう。
でも、他にお手伝いできることはないでしょうか?
私はあなたに何かをしてあげたいのです。
ああっ、そうです!
昨日、メトレス様がディオプ工房から帰って来た時、焼き菓子を貰って来ていましたね。 それをお出ししましょう。
設計図を書く作業は頭を使いますからね。なら、きっと甘い物が欲しくなるはずです。
一緒にお茶も…… と思いましたが、私は火の扱いの許可が出ていません。
お茶は入れられないですね。
とりあえず、焼き菓子をご用意いたしましょう。
喜んで下さると良いですけど。
善は急げです。
私は台所にむかい、戸棚に仕舞い込んだ焼き菓子の紙でできた箱を開けます。
綺麗な絵が描かれた紙の箱です。
たしか人形をオーダーメイドされたお客様からの差し入れという話でした。
シモ親方は甘いお菓子が苦手だとかで、メトレス様が全部貰ってきた物だそうですので、お出ししても大丈夫でしょう。
本当なら、一緒にハーブティでも淹れられたら良いのですけれども。
紙の箱を壊さないように力を調節して、丁寧に、慎重に蓋を開けます。
中に入っていたのは、これはバタークッキーでしょうか?
そういったものが数枚重ねられて入っています。
これは、それなりにお値段がする物じゃないでしょうか。
人形をオーダーメイドでする様なお客様ですからね。納得です。
さて、問題は私がこのクッキーを割らずにお皿の上へ運べるかです。
卵の時以上に緊張します。
ですが、私の体内のネールガラスも進化しています。
これくらいの事やってくれるはずです。
そうっと、クッキーを摘まみ上げお皿の上に置きます。
それをもう一度繰り返します。
二枚のクッキーをお皿の上におき、私はホッとします。
私が息をしていたら、安堵の息を吐き出していたことでしょう。
紙の箱に蓋をして元の戸棚に戻しておきます。
お皿も割らないように慎重に手の上に乗せて、さあ、メトレス様の元へ参りましょう。
私はクッキーを持ってメトレス様が作業している製図台の横に立ちます。
メトレス様がすぐに私に気づいて顔をあげて、驚いた顔を見せます。
「これは…… キミが、プーペが用意してくれたのかい? ボクが命じてもいないのに?」
私はゆっくりと頷いた後、反省します。
ダメだったのでしょうか?
やはり勝手な判断だったのでしょうか?
私は人形ですからね。勝手な判断で動くのはいけませんよね。
私はそう考え下を向きます
「いや、怒っているわけじゃないよ。驚いているんだ。ありがとう、確かに甘い物が丁度食べたかったよ」
そう言ってメトレス様は私に笑顔を向けてくれます。
私はそれだけで満足です。
満足なのです。
その笑顔が見れるだけで私は満足なのです。
今の私はそれを見るためだけに、今ここに存在しているのです。