第22話 祭りの日

 秋の空ってなんだか澄み渡っている感じがする。まるで羊の群れのような雲が空をお散歩しているし、吹く風はとても心地いい。

 朝起きて、カーテンを開けて外を覗くとたくさんの人たちが通りを歩いているし、ホテル近くのちょっとした広場では音楽を演奏している人たちがいる。

 それに道の向こうから山車が来るのが見えた。

 大きな山車で、教会でみかけた天使によく似た像が中央に立っていて、その前にひざまずく戦士の像が見える。

 あれは、アルフォンソ様から聞いた話がモチーフなんだろうな。

 それに小さい像が周りに並んでいるし、色合いも鮮やかだ。

 こんな山車が全部で四つ、あるんだっけ。

 山車の上にも鮮やかな衣装を着た男女たちが楽器を手に演奏をしている。

 春のお祭りはもっと華やからしいけれどいったいどんな感じなんだろうなぁ。来年の春、見に来ようかな。

 通りを歩く町の人たちは、ドレスにスーツを着て踊ってる。よく見ると皆同じ形のドレスやスーツを着ているけれど色が違う。あれ、何か意味あるのかなぁ。

 小さい子供はまるでぬいぐるみみたいな服を着てる。

 熊に猫に、犬だろうか。温かそうだし、可愛いなぁ。子供たちも手を取り合って踊っている。

 いいな、あういう踊りは楽しそうだな。実際踊ってる人たちは皆笑顔だし、心の底から楽しんでいるように見える。私が王都で参加してきたパーティーで見た人たちとは明らかに違うなぁ。皆足元をすくわれないよう、注意を払いながら会話をするしあんなふうに楽しんでる、ってないもの。


「私、もうパーティーに参加はしなくていいかなぁ」


 なんてことを思わず呟いてしまう。

 婚約者を探す必要はないだろうしな……アルフォンソ様とお付き合いをしているわけだから。

 それに私、いつまでも遊んでいるわけにはいかないのよね。

 実は、両親から一週間に一度、手紙が届いている。

 私に結婚する気があるのか探るような手紙が。そして、最近きた手紙には働く気があるのなら国の施設で人を募集してるけれどどうか、っていう内容が書かれていた。

 具体的にどこの施設かは書いていなかったけど、私はその話を受ける、と返事を書いた。

 だから私、王都に帰ったら面接を受けに行かないとなのよね。

 ずっと家にいて遊び歩くのは私には合わないし、また花嫁修業とかする気も起きない。

 帰ったら日常が待っている。そうしたらアルフォンソ様との関係、どうなるんだろう?

 このままお付き合い、っていうのを続けていくのかな。嫌じゃないけど……なんだろうな、私のアルフォンソ様への感情、まだよくわからない。

 とりあえず、日曜日に一緒に祭りを見に行くのよね。うーん、皆同じ形のドレスを着ているし、一着、このお祭りの服を用意しようかな。

 そう思って私は、窓から離れて出かける準備をしようと服を用意した。




 日曜日。

 私は先日買ってきた服をベッドの上にひろげた。

 藍色のジャンパースカートに刺繍が植物の刺繍が施されている。町によってジャンパースカートやスーツの色が違うらしい。だけどそこまで厳格ではないらしく、好きな色を選ぶものだと聞いた。

 なので私は藍色を選んだ。私の目の色に近い色だ。他に朱色や深緑、茶色があったっけ。

 私は白いブラウスに藍色のジャンパースカートを着て、鏡の前で服装を確認する。

 ブラウスの色も好きにしていいらしく、白や黒、青なども売られていたっけ。私はブラウスは購入せず持っているもので済ませた。

 今日の午後、アルフォンソ様と会う。ここで会うのはこれで最後だろうな。きっと、次に会うのは王都よね。

 どこに誘おうかずっと考えてるけど何にも思いつかない。

 お仕事が決まってからお声をかけたらいいかな……

 お手紙をどちらに送ったらいいか聞いておかないと。

 化粧をして準備を済ませた私は、朝食をとりに部屋を出た。

 午前中は近所を回って祭りを楽しんだ。

 収穫のお祭り、ということもあり食べ物の屋台がたくさんだ。

 無料でスープを配ってたりしてそれをいただきつつ歩いて回った。

 さすがに踊りに参加する勇気はなかったけど。

 そして約束の時間になり、私はホテルの前の玄関で彼を待つ。


「パトリシア」


 人の波の中から現れた彼はとても目立つ。

 よくも悪くも。

 これだけたくさんの人たちが通りを歩いているのに、褐色の肌の人なんて他にいないんだもの。

 そしてその服装が目をひいた。

 普段お会いするときは私服だったりスーツだったりしたけど、今日は全然違う。

 いや、スーツではあるんだけど、黒のジャケットは丈が長く、金色で刺繍が施されている。そして腰には剣をぶら下げている。装飾が派手だからたぶん、実用性のある物ではないだろうな。たぶん儀礼用というものだろう。

 彼はこちらにやってくると一礼して言った。


「お待たせしました。そのドレス、お似合いですよ」


「ありがとうございます」


 礼を言い、私は頭を下げる。


「アルフォンソ様も素敵な装いですね」


「ありがとうございます。式典での礼装みたいなものです。とりあえずやることはやりましたので、祭りを見て回りましょうか」


 と言い、彼は私に手を差し出してきた。

 そして私はその手に私の手を重ねる。するとぎゅっと握られて、彼は微笑み言った。

「祭り、見て回りましたか?」


「はい。一日目にこの服を買いに行ったあと、公園の展望台に行きました。アルフォンソ様のおっしゃる通り公園でも色んな催しがやっていて楽しかったですね。それに今日の午前中もこの辺りをお散歩いたしました。無料で配られているスープをいただきましたし、ただ歩いているだけでダンスにも誘われました。皆さんとても気さくですね」


「そうですね。祭りですから楽しまないと」


 確かにそうだ。

 町の至る所から音楽が聞こえてくるし、人々の笑い声が響いてる。


「皆さん楽しそうですね」


「日が暮れると広間で皆が集まり夜中まで踊るんですよ。そして明日の昼には何事もなかったかのように全てが綺麗に片付けられます。そして冬を迎える準備を始めるんです」


 冬を迎える準備かぁ。

 ここは山岳地帯なので冬は雪に閉ざされる。

 夏は涼しくていいけれど、冬は寒くて溶けない雪に覆われるから大変だろうな。

 それでもここで生活している人たちがいるのは少し不思議だった。 


「冬の準備って何をするんですか?」


「そうですね、枝が折れたら危険なので木の剪定をしたり、屋根に異常がないか確認したり。食料を備蓄しますし雪かきの用意をします」


「あー、そういえばホテルの方が言ってました。雪が降ると食料を冷やして保管できると」


 なんだっけ、雪室ゆきむろとか言っていたような。

 そんな設備は王都にはない。地下に作られていて、夏でも涼しいらしい。 


「そうです。城にもありますよ、雪室。雪は厄介ではありますが、集めて食料の保管ができますから、悪いことばかりではないですね。雪だるまをつくったりかまくらをつくったりして楽しいですよ」


「雪だるまは憧れますね。でも雪の季節までいるわけにはいきませんから」


「そうですよね。あちらに戻られたらどうされるんですか?」


「お父様から仕事を紹介されていて、戻ったら面接に行く予定です。いつまでも遊んでいるのは私のしょうには合いませんから」


 パーティー行ったり買い物したりっていう生活はもうおしまいだ。いただいた慰謝料ももうすぐ終わるし。


「面接、ですか」


「はい、とりあえず条件面について話をしないとですからね」


「俺も王都に戻りますしお互いに日常へ戻らないとですね」


「そうですね。戻りましたらまたお会いする時間、取れますでしょうか?」


 自分からこんなことを言うのは初めてだったからちょっと緊張する。

 すると彼はちょっと驚いた顔をした後、微笑んで頷く。


「えぇ、もちろん。城の寮におりますから、そこに遣いを寄越していただければいいですし、もしくは手紙を出していただければ大丈夫ですから」


「わかりました」


 あー、なんだか緊張した。

 ほっとしたらちょっとお腹すいてきたかも。

 辺りにはたくさんの出店があって呼び込みをしている。

 お肉を焼く匂いやパンの匂い、お芋を焼く甘い匂いもする。


「アルフォンソ様、何か食べませんか?」


 お店に視線を巡らせながら、私は言った。


「そうですね。パトリシアは何を食べたいですか?」


「どうしましょう? どれもおいしそうに見えます」


 自然と声が弾み、顔も緩んでしまう。

 あぁ、何を食べよう。どれもおいしそうだなぁ。

 結局パンに野菜を挟んだロールパンを買い、それを食べつつ通りを歩いた。食べながら歩くのは正直お行儀悪いとは思うけれど、この辺りに座って食べる所なんてない。

 歩きながら食べている人は多いから私たちが特段目立つこともなかった。

 こんなこと、王都でやったら叱られるだろうなぁ。

 そんな背徳感を覚えつつ、食べ歩きを楽しむ。

 町の中央にある広場に着くと、植物や像で飾られた塔が目に入った。

 その塔では音楽が演奏されて、周りをたくさんの人たちが囲んで踊っている。

 人々は皆笑顔で楽しそうだ。私が知るパーティーとは全然違うなぁ。


「すごい人数ですし、これだけの人たちが躍っていると壮観ですね」


 踊る人たちを見回しながら私は言った。

 子供もいるし若い人も、ご老人の姿もある。

 すごいなぁ。こんな風に楽しく踊ったことなんて子供の頃だけよね。

 着ぐるみみたいな服着た子供たち、可愛いなぁ。

 猫に犬に、熊に……


「……あれ?」


 人の波の中におかしなものを見た気がした。

 身長は余り大きくない、子供の大きさだった。けれどその姿が余りにもおかしかった。あれは……熊、よね?

 熊が歩いていた。正確には熊のぬいぐるみが。

 いやおかしいでしょう? なんで熊のぬいぐるみが歩くの?