第21話 展望台へ

 カフェでお茶とケーキをいただき動物たちと触れ合った後、日が暮れ始めたので私たちは公園の外れにある見晴らし台のある塔へと向かった。

 公園で遊んでいた子供たちの姿はすでになく、私たちと同じような若い男女が、見晴らし台に向かっていくのが見えた。

 そして魔法使いが公園の外灯に明かりをつけて周っている。


「魔法の灯りって不思議ですよね。朝までちゃんと明るいですし」


 灯りの点いた外灯を見つめて言うと、アルフォンソ様が答えた。


「そうですね。灯りがあると犯罪も減るのですよね。なので外灯の設置の要望って多いのですよ」


 外灯にそんな効果があるんだ。

 言われてみれば、私が読む小説では暗闇とか夜に犯行が起こるっけ。夜なら目撃される可能性が低いし。


「そうなんですね。王都も外灯って魔法使いたちが点けて周ってますよね?」


「えぇ、魔法使い頼りなので対応できる範囲が限られていて、なかなか要望通りにはいかないんですよね」


 それはそうよね。魔力は無限ではないし魔法使いも数は限られているから。

 ちなみに私も灯りをともす魔法は使える。簡単な魔法なので、この魔法は使える人、多いんだよね。

 だから家の前とか室内の灯りは、家の誰かが点けて周ることが多い。火より安全だし。

 でも外灯となると数も多いし、魔力の強さで灯りの持続時間て変わるから、日暮れから夜明けまでずっと明るい灯火は、私には無理だな。


「外灯で犯罪が減るならその方がいいですけど、なかなか思うようにはいかないんですね」


「えぇ、そうですね。その内、技術が発展していつでも街が明るくなる日が来るとは思いますけど」


「そうですねぇ」


 汽車だって開発されたんだから、魔法がなくても明るく過ごす方法っていつか発見されそうだな。

 そんな話をしつつ、私たちは夕焼けの中に佇む塔に近づいた。

 真っ白な塔は多分、三階建ての建物よりも高そうだ。

 太陽が沈む方角につき出るように、展望台が設けられている。

 塔の中に入るとらせん階段があり、人々は皆、順番に階段を上っていく。

 魔法の灯火だろう。中はけっこう明るくて、見上げると階段を上る人たちの影が見えた。

 子供だろうか。


「競争だよ!」


 と言って、走って上る足音が響く。

 この階段を走って上ろうってよく思うなぁ……


「階段、けっこう上りますよね」


 上を見上げつつ言うと、アルフォンソ様が答える。


「そうですね。ゆっくり行きましょう。まだ太陽は沈み始めたばかりですから」


 そしてアルフォンソ様は、私をぐい、と引き寄せた。

 すると隣を若い男女が通り過ぎ、階段を上っていく。

 ふたりは腕を組んで、楽しそうに見えた。

 すごい近いなぁ……私もあんな風にアルフォンソ様と寄り添う日が来るんだろうか。

 そんな想像をしたら恥ずかしくなってきた。

 私は首を横に振り、妄想を打ち消して階段を上り始めた。

 平坦な道を歩くのと階段を上るのでは訳が違う。

 最近はけっこうな距離を歩いているから大丈夫かな、と思ったけれどそんなことはなかった。

 展望台に着いた頃には正直足が痛かった。


「あー……足が痛い」


 展望台に立つなり、私は大きく息を吐きながら言った。


「そうですね。普段あんなに階段を上ることなんてありませんからね」


 そうなんだ。上ったとして三階が限界だ。それ以上高い建物って滅多にないし。

 展望台に着くと、柵にもたれて人々が眺望を楽しんでいた。

 私たちもあいている場所に立つ。

 公園の向こうに夕焼けに染まる街並みが見えた。その向こうの山に太陽が半分ほど隠れている。

 見ていると、街の至る所でぽつ、ぽつと灯りが灯り出している。きっと魔法使いたちが街に灯りをつけているのだろう。もう少し暗くなると家々の前にも灯りが増えていくだろうな。


「うわぁ、街がよく見えますね」


「そうですね。城からも町を見渡すことはできますけど、ここからの風景はまた違っていて綺麗だと思います」


 あぁそうか。お城は少し高台にありますもんね。でもなんでそちらには誘わなかったんだろう?

 何か考えがあってのことなのかな。


「お城からの景色もきれいなんでしょうね」


 アルフォンソ様の方を向いて言うと、彼は微笑み頷いた。


「えぇ。機会がありましたらまた招待いたしますね」


 と言った。

 ……あれ、なんだろう、これはまた私、アルフォンソ様の策略にはまってないかな?

 次から次へと決まっていく約束。

 なんだかこれ、導かれているみたいだな。

 さすがに嫌です、とは言えず、私はそうですね、とだけ答えた。

 するとアルフォンソ様が手を離したかと思うと、その手を私の肩に回し、身体を引き寄せてきた。


「きゃっ……」


 短く声を上げると、あいた隙間に若い男女が入ってくる。


「うわぁ、綺麗!」


 と、女性の方が声を上げた。

 あぁ、この方たちのためにアルフォンソ様は私を引き寄せたのか。

 ……すごいアルフォンソ様が近くて落ち着かないんですけど?

 そう思って、私は彼をちらり、と振り返る。

 アルフォンソ様は街を指差しながら言った。


「向こうに岩の教会が見えますね。あちらが城です。よく見えますね」


 言われて私は視線を巡らせる。

 確かに岩の教会がよく見えた。それにお城は高台にあるからすぐにわかる。

 それに図書館や役所の建物、私が泊まっているホテルを探す。


「あぁ、あそこの高い建物が私が泊まっているホテルですね」


 言いながら私はホテルがある方角を指差した。

 話している間に太陽はその姿を山の中に隠していき、街の灯りが増えていく。

 まるで星みたいだ。

 ぼんやりとした灯りの中に白い壁の家々が浮かび上がっていく。


「灯りが点いていくのをこんな風に見るの、初めてです」


 ホテルから街を眺めたこともないなぁ、そういえば。

 今度帰ったら見ていようかな。また違うものが見えるかも。今しかきっと、街を眺めよう、なんてこと思わないだろうから。


「王都でもきっと、当たり前に見ている光景なんでしょうけど、こんな風に街を眺めることなかったから不思議な感じです」


「俺もこんな風に街を眺めたのは久しぶりです。祭りの日にはもっと違う姿が見えますよ」


 そういえば街の中央で舞台をつくっていたっけ。ここからもよく見える。


「祭りの日は混みそうですね、ここ」


「えぇ、ここでも色んな催しをやりますから。展望台は多分、入場規制があるかと思いますが、街をめぐる山車が全て見えるので人気の場所なんですよね」


 そう言われるとちょっと見たくなってくる。同じ街でも場所が変われば見える光景は変わるだろうな。

 楽しみなこと、増えてきた。


「なんだかアルフォンソ様と一緒にいると色んな新しいことを知る機会が多いように思います」


 それは旅先だから、なんだろうけれどきっとひとりじゃあ、こんなに出歩くことはなかったと思う。


「それならよかったです。俺としても貴方とたくさんの時間が過ごせて嬉しいですよ」


 そして、肩を抱く手に力がこもる。

 う、は、恥ずかしい。


「ち、近いんですけど……」


 ドキドキしつつ消え入る声で私が言うと、さらに身体を引き寄せられてしまった。

 なにこれどういうこと?


「こうしていないと他の方たちが見にくいでしょう」


 耳のそばでアルフォンソ様の声が響く。それがまた恥ずかしさを増すんですけど。

 人が多いし、辺りを見回せば皆密着しているからそれに倣ったほうがいいことは私もわかるんだけど。

 あ、あっちの人たち今、キスしなかった?

 日が暮れているとはいえまだお互いの顔は見えるのに、恥ずかしくないのかな?

 そう思ってそのふたりを見ると、彼らは見つめ合い頬を紅く染めているように見えた。

 きっとそれは夕焼けだけのせいじゃないだろう。なんだかお互いしかその目に映ってないみたいだ。

 恋するってそういうものなのかな。

 ……今の私はまだそこまでの想い、ないなぁ。


「パトリシア、どうかされましたか?」


 私が街とは違う方向を見ていることに気が付いたらしいアルフォンソ様に聞かれ、私はふたりから視線を外して答えた。


「え、あ、あの……その……キス、している方たちがいたので驚いてしまって」


「あぁ、そういうことですか。暗くなるとそういう事をするものなんですね」


 まだ暗い、というには早いと思うんですけど?


「なんだかお互いしか見えていないみたいで、見ているこちらが恥ずかしくなってしまうと言うかなんというか……」


「確かにそれは俺でも無理ですね。キスしたときの表情は自分だけが見たいですし」


 そういう問題ですか?

 驚きと恥ずかしさとよくわからない感情でぐちゃぐちゃになりつつ私はアルフォンソ様の顔を見上げた。

 彼はなんでもないような顔で笑って、私の方に視線を向けていた。


「どうかされましたか?」


「い、いいえ何でもないです」


 私はばっと、アルフォンソ様から視線を外して街を見つめた。

 何から何までアルフォンソ様のペースで私、彼に飲み込まれてしまいそうだ。