「あの」
「んじゃ、とりあえずあんたが食べて判断したらどうだ?」
何の気もなくグエンが提案して、ゴソゴソと厨房からクリーム煮とパンを持ってくる。多分昼の残りだ。
「マサが作ったやつだ。味は保証するぜ」
ニッカと笑うグエンに戸惑いながらもユリシーズは席に着く。そして温められたスープを一口飲んでパッと表情を明るくした。
「美味しい!」
「だろ?」
「肉が凄く。いや、でも優しい甘みも。ミルクの甘みの他にもなにか。それに少しトロッとして」
「甘みは玉ねぎですね。とろみはジャガイモが煮崩れてきたからだと」
シチューにジャガイモはとろみの助けになるから入れた方がいいよな。あと単純に、芋がゴロゴロ入ったシチューとかカレーって、美味しいんだよな。
次にパンを手に取って……固まった。
「なん、で柔らか? え? 高級パン?」
「マサに教えてもらったんだ」
「魔法……ではないですよね? え?」
もの凄く困惑してらっしゃる。獣人のパン、確かに硬かったからな。
首を傾げながらも手で千切り、少し押し潰しても押し返してくるふかふか感を確かめて、食べてパッと目を輝かせている。目の前でこんなに分かりやすく反応されると嬉しいけど恥ずかしいな。
「あの、美味しくて。なんで? 特別な材料とか」
「はー、ないですね」
「……教えて」
「そりゃ企業秘密だ。製法買うかは城で検討しろな」
「個人的に欲しいですよ! 分かりました、今度レシピの交渉しましょう」
「やったなマサ。臨時収入だぜ」
「あはは」
ここにも商売上手がいらっしゃる。満面の笑みのグエンと手が止まらないユリシーズ。双方を見て俺は苦笑いだった。
料理はみるみる減っていってものの10分程度で空になった。満足したらしいユリシーズは少しの間呆けて……俺の手を思い切り握った。少し冷たい手だった。
「お願いします、トモマサ殿。殿下とロイ殿の為、食事を作ってください」
真剣な面持ちで言う人のお願いを、俺に出来る事ならしたい。だからちゃんと頷いた。
「頑張ります」
こうして、俺の夕飯作りが始まった。
なんて大層な事を言うけれど、実際はいつもとあまり変わらない。ただ、意識がほぼ無いという側近のロイの分は気をつけないと。
「具材は無しで……少しとろみがある方がいいかな」
少しずつ飲ませる形になるだろうから明らかな固形物は止めたほうがいい。そう考えると……。
「コンソメとかかな?」
そう言って、俺は保冷庫にある寸胴を覗いた。
これは毎朝グエンが骨から丁寧に取っているスープで、しっかり灰汁も取られている。全てのスープのベースに使われている。
これをお玉二杯分くらい貰って別の鍋に移したら、そこに野菜屑も含めていれていく。玉ねぎと人参が今回は良さそうだ。
これを強火にかけてふつふつ沸いてくるのを待てばいい。灰汁は丁寧に取っていくと雑味のない澄んだスープになる。
「これが、スープになるんですか?」
「なりますよ」
綺麗に灰汁を取ったら今度は弱火に。これで普通は2~3時間くらい煮込みたいんだけど……流石にそんな時間は取れないのでできるだけで。
その間に王太子殿下と宿舎の夕飯の準備だ。昨日は唐揚げだったから、今日はもう一つの欠かせない鶏肉料理。
「鶏もも肉ください」
そう声を掛けただけで
「何する?」
「食べやすい大きさに切るんですけれど、昨日よりは大きめで。出来れば厚さを均等にしてください」
言いながら自分でも切り分ける。肉厚だから薄めにしないと。
とりあえず王太子殿下に食べてもらう分を切り取ったらひっくり返して、この皮の部分にフォークを……ブッ刺す!
ドゴッ!
という音にクナルが驚いて此方を見て、少し固まった。
「……マサ?」
ドゴドゴドゴドゴドゴ!
「マサ!」
一心不乱に突き刺すべし。何故なら皮目は染みないから。火の通りもこの方が良くなる。皮は半端に火を通すと食感がクニュとして何か嫌だ。目指すはパリッとした皮だ。その為にこれは必要な工程なのだ。
ただ、周囲には何かに取り付かれたが如く肉にフォークを突き刺す様が異様に映ったらしい。クナルが慌てて俺を止めて、真剣な顔で「嫌な事があったのか!」と聞いてきた。
いや、まぁ……確かにこれ、ストレス発散に無心でやることあるけれど。別に鶏肉が憎いわけでも、誰かを傷つけたいわけでもないから。
「こうすると皮目がパリパリになってタレも入っていくんで」
「……大丈夫か?」
「何が?」
なんだか、もの凄く心配された。
とりあえず誤解も解いて今度はフライパンに。適度に油を敷いたそこに皮目を下にして強火で焼く。この時大事なのが皮をしっかり伸ばして入れる事。皺が寄ったままだとパリパリにならない。
ジワジワ焼いている間にタレ作り。醤油と酒と砂糖。あと、ここにはないのでみりんの代わりに少し蜂蜜を。コクだしになるのと、照りが出る。
これらを混ぜている間に皮目には少し強めの焼き色がつく。ひっくり返してタレを回しかけると途端に香ばしくも甘辛な匂いが立ち上がる。
これを嗅いだ瞬間の彼等の動きは速かった。
「くそ、腹が減る」
「これ、今日の夕飯だよなマサ」
「はい、その予定で……ひぃ!」
振り向いたらもの凄く近かった。方や180センチのガタイのいい雪豹獣人、もう一人など2メートルくらいの熊獣人だ。そんな見た目に圧のある二人が目を血走らせて迫ったら……怖い!
「作るぞクナル。これは絶対に美味しいやつだ」
「てか、表で訓練してる奴等で鼻の良いのは既に気づいてそうだな」
「あの、作り方は教えるから」
食べ物って、大事だよなって思うよ本当に。
火は弱めて少し蒸し焼きっぽく。あまり火が強すぎると硬くなるから。時々焦げないように揺すって、タレを掬って掛けてやると良い感じに肉汁と混ざりつつタレがもったりとしてくる。一度様子を見て……大丈夫そうだ。
火を止めて少し肉を休ませて……切ってみるとジワッと透明な肉汁が溢れてきた。
「これは、美味しそうです。なんて料理ですか?」
「照り焼きチキンソテーです」
チキン……コカトリスだけどね。まぁそこは良しとしよう!
鍋のスープは徐々に薄い紅茶のような色合いになってくる。野菜の旨味も上手く出たみたいだ。
一旦これをこし布で漉して、味を見て塩コショウで整えた。
一緒に、早く良くなるように祈りを込めた。痛みとか苦しいとか、楽になるように。
「よし」
スープは持ち運びできる小鍋に入れて蓋は厳重に。照り焼きはある程度切り分けて弁当箱に入れ、パンも幾つか添えた。これをバスケットに入れて、ユリシーズに渡した。
最後にダメ押しで二人が元気になりますようにと祈っておいた。
「持っていってください」
「はい。トモマサ殿、感謝します」
背を向けて足早に立ち去ったユリシーズの背中を見て、俺はまだ見ぬ人達の無事の回復を祈らずにいられなかった。