「謎のスキルなら、何か悪い事があるのか?」
「あぁ、いえ。ですが昨日の事例もあるので、しばらくは共に居て見させて欲しいと申しますか。正直昨日デレク様より報告を受けた際、ルートヴィヒ様は大変興味を持たれたようで。それもあって早い魔力測定をとなったのです」
「ルートヴィヒ?」
「王太子殿下だ」
デレクの沈んだ声に、俺は思いだした。魔物の怪我で苦しんでいる第一王子なんだ。
俺の力が、その人の希望になるかもしれないんだ。
「あの、怪我をなさっているんですよね?」
「あぁ、まぁ。ですが聖女様が毎日浄化と回復を掛けてくれるおかげで、少しは良くなってきているのです」
「そうなんですか」
そっか、星那頑張ってるんだな。そう思うとちょっとほっこりとするんだけれど……ユリシーズの表情はあまり晴れやかではなかった。
「どちらかと言えば、ロイ殿の方が」
「ロイ?」
「王太子殿下の側近で、護衛騎士です。先の討伐で最も深い傷を受けて、今も生死を彷徨っています。ルートヴィヒ様はロイ殿をそれは大切に思っておりますので、今は毎日お辛い思いをしております」
深刻そうなユリシーズ。デレクもクナルも凄く悲しそうな顔をしている。二人にとってもきっと、大事な仲間みたいな人なんじゃないかな。
そんな人が今、生死を彷徨っている。それを聞くと何だか俺も苦しく思える。
「トモマサ殿、どうか暫く側にいさせてください。貴方の高い浄化能力と魔力には何か理由があるはずなのです。女神は無駄な事などしないはず。貴方のこれらの力は意味があるのです。それが何か、見極める時間をください」
真剣な眼差しで見られて、俺は一瞬たじろいだ。でも……この人もきっと、真剣だから。
「っ! はい、俺でよければ」
「! ありがとうございます!」
頭を下げたユリシーズの目には、僅かに光るものがあった。
とはいえ俺の仕事は家政夫。家事が仕事なんだよな。
今はクナルと一緒にユリシーズもついてくる。ちなみに彼は蛇族で、白蛇らしい。神々しいよな、神様の使い。
「本当に宿舎の家政夫をなさっているのですか」
困惑気味なユリシーズは現在、ランドリーで洗濯物を畳んでそれぞれの籠に入れている。ちゃんと毎日掃き掃除と拭き掃除をして風も通しているからランドリーは綺麗なままだ。
まぁ、他のヤバイ場所情報もリンレイから聞いてしまったので、落ち着いたら着手するつもりだけれど。
「つい先日まで瘴気が満ちる場所だったんだがな」
「凄かったね。主に臭いが」
げんなりなクナルと苦笑いの俺。そんな両名を見てユリシーズは更に困惑している。
「とてもそのようには。ここはまるで神殿の奥のような清浄な気で満ちております。そのような悍ましい場所だったとは」
「いや、それはここに居る全員が思ってるんだ。前後でここだけ建て替えたのかってくらいでな」
「言い過ぎだよ。俺はちゃんと上の方から埃を落として拭いて、床掃除しただけだから。それに洗濯物を洗ったのはクナル達だろ?」
「そうなんだけどな」
確かに綺麗になったとは思うけれど、俺的には掃除がちゃんと出来ている程度。皆が言う程の事には思えない。
が、ユリシーズは改めて室内を見回して考え込んだ。
「無意識の浄化魔法が発動しているのかもしれません」
「え?」
「デレク様からお話を聞いた感じ、昨日の事も詠唱はなかったとのこと。通常魔法であればどれだけ短くても発動の呪文はあるはず。それすらも無いということは魔法ではないと推察されるので」
そうなんだ。
なんて俺はぼんやり思うけれど、そうなるとあのスキルなんだろうな。
「祈りという言葉の通り、トモマサ殿の強い思いが何かしらの効果を出しているのならばこの場の事もクナルの一件も説明がつく気がします。貴方は無意識に願っただけ。この場を綺麗に快適に。クナルを助けたい。そのような感情が作用したのかもしれません」
「あの、でも俺本当に分からなくて」
「ですよね。それに、この推察が確かとなればとんでもない事です。最悪、危険と判断しなければならないかと」
「え!」
危険ってなんだよ!
思うけれど、危険だってのも納得できてしまう。もし俺が誰かに悪意を持って願ったら叶ってしまう。なんて事になったら怖いだろ。
不安になってクナルを見たら、彼はちゃんと頷いてくれた。
「こいつはそんな危険な事を願う奴じゃない」
「それはまだ判断できないかと。それに状況によっては」
「こっちで勝手に呼んでおいて、危険だから軟禁なんてのは許されないぜ」
「それも承知しております。故に見極めが大事なのです」
とても冷静なユリシーズ。絶対に守るという気持ちで居てくれるクナル。二人の話を聞いて、俺はこれからどうなるのか不安ばかりだった。
洗濯物が片付いたら今度は食堂に。
見ればグエンは既にパンを焼きにかかり、スープも作り始めているようだった。
「マサ、遅かったな。団長の用事だったんだって?」
「あぁ、うん」
「ん?」
気さくに話しかけてくれたグエンが首を傾げて俺の後ろを見る。気づいたユリシーズは会釈をした。
「魔術科のユリシーズです。トモマサ殿にしばし同行させてもらう事になりました」
「あぁ、魔力測定か? なんかあったか?」
「浄化はあったみたいなんだけど、分かんない事もあるみたいで。だから観察? したいんだって」
「おっ、まずまずなんだな。そういや、昼飯の後で皆言ってたんだが……体が軽いって」
「え?」
思わぬ事にクナルを見ると、彼も首を傾げる。どうやらクナルには実感がないらしい。
だがグエンはちょっと分かるみたいだ。
「昨日怪我した奴等中心にな。どんなに聖水で洗っても数日は瘴気の影響ってのはあって怠いんだけどよ。それが無いって言うんだ」
「俺、特に変わった事してないよ」
「それも分かってるって。俺も一緒に作ってるからな。だけど俺もちびっと分かるんだ。古傷が痛まなくなったなって」
「それは!」
グッと乗り出したユリシーズは興奮気味だ。多分、傷ついている第一王子とその側近が気がかりなんだろう。何か可能性があるのかもしれない。
「トモマサ殿の作るものに、浄化の効果があるとか」
「ん? よくは分からないけどな。俺のこれも少し調子いいみたいだってくらいで、元のように動かせるかって聞かれたら自信ねぇよ」
可能性は、あると思う。誰かの回復を願ったんじゃなくて、食べてくれる人が笑顔になってくれたらいいなと思って作っている。それがスキルを通して浄化とかになったなら、あるいは。
「あの、ユリシーズさん。その……大丈夫だったらなんですけれど、王子様と側近の人に俺の作った料理、食べさせてみたら……なんて……」
って、王子様が食べるような料理なんて作った事ないけどな!
自分で言っておきながら墓穴掘った! そんな大層な料理じゃないよ。家庭料理の延長みたいなものだよ! そもそも家の料理屋は何処かほっとする母の味で人がきてたんだから!
でも、見過ごせないじゃないか。今苦しんでいる人がいて、多少の可能性があって、それが俺だっていうなら。
ソロッとユリシーズを見てみると、彼は迷っているようだった。