その後は洗濯をしにランドリーへと向かうと、既に二人の小柄な獣人がつけ置き台の中を覗き込んでやんのやんのとしていた。
「すげぇ、落ちてるよなこれ」
「にぃ……」
多分、二人とも猫だ。一人は茶トラで明るい色合いの髪で、尻尾がピンとしている。もう一人は黒髪で、尻尾と耳の先端が白かった。
「早いなシュニ、ニィ」
「あっ、おはようさんですクナル先輩!」
「おはようございます、クナル先輩」
パッと振り向いて明るい挨拶を返したのが茶トラの方。一方黒髪の方はおっとりした感じで、ちょっとぽっちゃりな感じがした。
「マサ、紹介する。シュニとニィ。どちらも猫獣人でまだ見習いだ」
「はい! 俺がシュニで、こっちがニィ。俺達兄弟なんです。宜しくな、マサ!」
「あの、ご飯美味しくなりました。ありがとうございます」
「俺こそ宜しくお願いします」
素直そうな二人はお互いに笑っている。それにしても兄弟か……なんか、いいな。
何にしてもまずは洗濯! 昨日のお願いを皆聞いてくれていて、一日汗を吸った服を漬けた水はかなり汚れて見えた。
「これが自分の服もだと思うと、直視が……」
「クナルは綺麗好きだよな」
「臭いが残るのが嫌なんだ」
つけ置き台の中を見たクナルがげんなりした顔をする。何でも彼やデレク、リデルなどは自分のものを風呂の時に洗濯して個別にやっていたらしい。面倒でもここに出す気にはならなかったと。
「桶、持って来たよ!」
「ありがとう、シュニ君」
クナル達から比べると大分小柄な彼等に桶は大きく感じる。申し訳無くそこに軽く絞った服を入れるが、意外と沢山危なげなく持って行けるものだ。
「じゃっ、俺は昨日の洗い方をあいつらにも教えてくるわ」
「あぁ、うん。よろしく」
側を離れたクナルが洗い場にいるニィに洗い方を教えている。それを開け放った戸の向こうに見て……ちょっと、モヤッとした。
「俺も魔法、使えるかな」
彼等と俺との間には明確に溝がある。それが少し、寂しく思えたのだ。
昨日のキマリ達の事があるから苦戦するのかと思いきや、シュニとニィは実に器用に洗濯を終えた。新しく水球の中に渦を作るのも少しで覚えてしまって、側で見ていた俺は思わず拍手してしまった。
「すごい!」
「いやいや、マサのやり方が凄いんだよ!」
「最初から汚れ、少なかった。少しで落ちたからまだ魔力に余裕あるよ」
確かに一晩つけ置きで汚れは少し落ちやすくなっていただろうと思う。それでもだけれど。
すすぎまで終わった洗濯物は洗い場の中にある。現在クナルが水分を魔法で飛ばして運んでくれている。
「じゃあ、次はタオルだね」
タオルは脱衣所の籠に入れてもらった。流石に昨日の今日だからそれほど汚れは酷くない。
同じように洗濯をしてもらってすすぎまでして貰った俺は濡れた状態で洗い場にあるそれらを手に持った。
「これって、干した方がふわふわになるよな」
とはいえここに干し場はない。大抵が魔法で乾かしてしまうから物干しなんていらないんだろう。
とはいえ、惜しい気もする。お日様の温かさで乾いた洗濯物はふかふかでいい匂いがする。
「どうした?」
「あぁ、うん……日干しって、しないんだなって」
「日干し?」
「太陽の熱で干す方法なんだけれど」
「洗濯物をか? 本とかを太陽に晒すのは見た事があるけどな」
「それは虫干しだね」
ってことは、やっぱり一般的ではないんだな。
考え込む俺に、クナルは首を傾げるのだった。
今日はやる事がいっぱい! 後の事を頼まれてくれたシュニとニィを残して、俺はクナルと買い物に出た。
初めて自分の足で歩く街の中は活気があって人で一杯で、色んな声が聞こえてきて思わずあちこち見回してしまう。そんな俺の隣に立って、クナルはおかしそうに笑った。
「んなに珍しいかよ」
「だって!」
まず周囲の人はみんな獣人だ。小柄で丸い大きな耳はネズミだろうか。大きな体に特徴的な耳の獣人は間違いなく象だ! ほかにもサイとか、リスとか、猿とかも!
それに売っている物も面白い。今は大きな通りを歩いていて、ちゃんとした店舗が並んでいる。妹のやってたゲームで見たような装備を売る店や剣なんかを置いている店。怪しげな店もあってドキドキする。
「ファンタジーだ」
「俺からしたら日常風景なんだけどな」
こんな年になってドキドキわくわくできるなんて。もの凄く貴重な体験をしてるんだな、俺。
そんな事で歩いてるだけで時間がかかる俺を引っ張ってクナルが連れてきてくれたのは、比較的入りやすい店だった。外からも服が並んでいるのが見えて、商店街の個人洋品店っぽいなと思った。
入ると服が吊されていてそれなりに狭い。正面の奥には会計をする台と、背中に綺麗な色の羽をつけた獣人が一人座っていた。
「いらっしゃ~い。好きに見て行ってね」
此方に気づいて僅かに顔を上げたものの、あまり興味はないのかゆるっとした対応。まぁ、俺としては助かる。時々店員がついてあれこれ話しかけられる事があるんだけれど、あれ苦手なんだよな。
「上は獣人用でいいけど、下は鳥類系だな」
店内のどこにそれらがあるか分かっているのか、クナルは迷いなく動いていく。それについていくと普通の服が沢山吊されている場所についた。
「ズボンはここからだ。幾つか見繕うぞ」
「そんなにいらないよ?」
「汚したら替えがいるだろ?」
「うーん」
そう言われても、自分の服なんて適当に選んできたからな……まぁ、適当でいいのか。
ぱっと見で派手じゃない色のズボンを適当に手に取った俺を見てクナルが何故か止める。見ると彼はもの凄く驚いた顔をしていて、俺は首を傾げた。
「あんた、ちゃんと見て選べって!」
「え? もしかしてもの凄く高いの混じってた!」
もしそうなら高い物なんていらない。慌てて値札を探したけれど見当たらない。周囲を見て、この棚の物は一律同額であるのが分かった。
「あれ?」
「そうじゃなくて、似合う形とかあるだろ。体型考えたり色どうするかとか。選び方が適当すぎるんだよ」
呆れ顔のクナルが俺の手から選んだ服を取り上げる。そうして一つを俺の体にあてがった。
「やっぱりな。この服は裾まで土管みたいに広がりっぱなしであんたの体型じゃ凄く野暮ったい。上が細いのに下がこれじゃ見た目のバランス悪すぎるぞ」
「そうかな? リサイズとかで」
「あれはあくまでサイズの調整で、服の形やらは変わらない。ウエストや丈は合ってもこの太股から下までズドンはまんまなんだよ」
そう言って戻して、違うものを手に取った。黒く適度に細身のズボンだった。
「このくらいでいいんじゃないのか? サイズは魔法で合わせるから、形と色で選ぶ方がいい」
「そうなのか。じゃあ、これはどうかな」
考えた事もなかった。感心して手に取ってみたのは足首の辺りとかがかなり細かった。
「細すぎるだろ。かなり足の形にぴったりな服だ。貧相に見えるぞ」
「うーん」
なんだか難しいんだな。