第3話

 客を選んではいけないと思いつつも、たまに例外もいる。


 美貌も能力も桁外れとの噂を聞きつけ、いかにも興味本位、好奇心でやってきました、さあわたしが今考えていることを当ててくれませんかと最初から占いそのものを鼻で笑う者や、せっかくここまで出向いてやったというのにマリアはおらず、こんな、なんの役にも立たぬ小娘が一人か、これではなんのためにわざわざこんなド田舎まで足を運んできたかわからないではないか、詐欺よりタチが悪いとグチグチ陰にこもってケチをつけ続ける者。

 なのに彼らはわたしが先に用いた言葉で背を向けるやいなや、あせって一様に同じことを口にする。


『待ってください。先の無礼は謝罪いたします。ただ、あのようなことを口走ったのには事情があるのです』


 先にも言ったがわたしは客を選べるほどの占者ではない。だから強固に突っぱねるようなことはせず、その内容如何によって、謝罪を受け入れて中へ入れるか、それとも再度門前払いをするかを決めてきた。

 だがこの青年に限っては聞くだけ無駄だった。彼を門前払いにしようとする理由は、そんなところにないのだから。


「そうです」


 そんなことも知らない青年は、わたしが聞く耳を持ったことにほっとしたような表情を浮かべて頷いた。


「わたしと父はレイデザークからきました」


 青年は、ここから遠く離れた街の名をあげた。首都を挟み、ほぼ正反対といってもあながち間違いではない位置にある街である。鉄道と乗合馬車を乗り継いで、五日はかかる距離だ。


「町についたのは昨日の夜遅くです。途中、父の体の具合がひどくなり、コーブルクの町で一泊したせいで予定より一日遅れてついたため、予約を入れていた宿には泊まれなくなっていました。


 時期が悪かったということでしょう、明後日はイブですからね。しかたありません。


 宿の主人も気の毒がってくださり、予約なしで宿泊を求める客でごった返している中でいろいろと手を回してくれたのですが、やはりどこの宿も帰省客やら旅行客やらで満配で……ご存知の通り、外は豪雨でしたからはたしてどうしたものか案じていたとき、その宿で下働きをしていた男が倍の値段を出すなら二日間自分の部屋を貸してもいいと提案してきました。

 地下にある使用人用の部屋でしたが、あの嵐の中に放り出されるよりはましだろうと思案し、男に金を払って彼の部屋を借りたんです。二日待てば客室があくと主人も言いましたし。

 しかしそれがとんでもない部屋で……いえ、まさか何から何まで不自由のない部屋を想像していたわけでなく、ある程度は予想をたててそれでもしかたないと諦めていたのですが、上を走り回る子供の振動で埃は舞うし、けたたましい笑い声や話し声、道路に面した小窓からは耳をふさぎたくなるような雨音でしょう? はては壁から雨水までしみ出してきて。あれではまだロビーの一角の方がよかったかもしれません。風が吹き抜ける場は父の体によくないと、あるだけの毛布を敷きつめたのですが、やはり今朝になってもまだ気分がすぐれないようで、朝食をとろうともしないのです。


 普段であるなら宿に泊まる部屋がなく、使用人の部屋を借りようとしたなど知っただけで靴の先から頭の先まで体中の毛を立て真っ赤になってぶるぶる震えながら怒鳴り散らす人なのにそれもせず、また道中もめったに口を開きませんでしたから、よほど苦しいのだと思います。

 もちろん、今の父に影響を与えているのが体の不調ばかりであるとは思っておりませんが……」


 青年は意味ありげにそこで一度言葉を切り、わたしに何がしかの反応が現れるのを望むように間をあけた。そしてわたしも本心ではそのことが気になっていたが、我慢して口を引き結んでいた。

 反応の薄さに青年は少し残念そうに見えたが、わたしが、少なくとも最後まで聞く気になっているようだと推量して、続きを話しじめた。


「ともかく、今朝、医者を頼もうと宿の主人に紹介を求めました。

 主人はまだ寝足りなさそうな薮睨みの目で、連絡はつくけれど往診は午後からだと教えてくださいました。父は動くのはいやだと言い張り、往診に来ていただくことにしたわけですが、そのためわたしは昼には宿に戻っていなくてはならなくなったのです。

 午前中の間はなんとか宿の下女についてもらえるようになったのですけれど、なんでも午後には宿とは別にもう一つ経営している店を開けるための準備があるとかで。

もちろん具合の悪い父をあのような場に残して遠出をするのは避けたかったのですが、占いをしていただけるようにこちらと話をつけねばと思いまして。こればかりはひとづてに頼むというわけにもいかないでしょう。

 電話を、置いてらっしゃらないんですね、フォルストさん」


 やはりこの青年は、見かけとは大分かけ離れた中身をしているようだ。声にも表情にも責める様子を一切出さず、笑顔であっさりと口にする分タチが悪い。