第23話 ドアを叩くもの

 その後も休み休み仕事を続け、夕方になり私は腕を上に思いきり伸ばした。明日は普通に出勤してお仕事だ。会社に行くってなると怠いけど、家で仕事するより会社で仕事をする方がずっといい。メリハリがつかないっていうか、しゃきって仕事ができない。

 私はカフェオレを飲みつつスマホを開く。すると湊君からメッセージが届いていた。


『気が付くのが遅くなってごめんね。土曜日はそれで大丈夫だよー。夕飯どうしようか?』


 見ると、返信が来たのは五時前だった。湊君、忙しいんだなぁ。


『大丈夫だよー。忙しいよね』


『あはは、集中すると周りが見えなくなっちゃうから』


『外、雨も風もすごかったね』


『それはさすがに気が付いたけど、あんまり気にしてなかったな』


 あのマンションならあの程度の風、そんなに聞こえないか。うちみたいな安いアパートじゃないし。


『それで土曜日の夕飯だけど、灯里ちゃん、どうしたい?』


 夕飯かぁ。外に食べ行くのはない。外混むから嫌だし。駅ビルかデパートで惣菜を買っていこうかな。祭りの日ってなぜかお惣菜、充実するのよね。


『そうね、惣菜買いに行こう。その方が楽だし』


 そう返すと、了解、のスタンプが返ってくる。


『ねえ灯里ちゃん、お酒は飲む?』


 お酒かぁ。どうしよう。でもこれ、聞いてくるって事は飲みたい、って事かな。

 そんなに飲まないなら大丈夫か。最近飲んでないしなぁ……


『そうねぇ。せっかくだから飲もうか。そっちについたら一緒に買い物していく?』


『わかった。じゃああとで何時の電車になるか教えてね』


『うん、わかった。仕事忙しいよね、大丈夫?』


『大丈夫だよー。期日までには絶対にしあげるし』


 大丈夫なの、かな。そう言うなら信じるしかないか。私にはイラストのこと、全然わからないしな。

 今度行った時にちょっと聞いてみよう。


『わかった。じゃあ、土曜日に』


 そこでメッセージのやり取りが終わる。

 土曜日かぁ。花火、楽しみだなぁ。

 そう思い私は笑顔でスマホをテーブルに置いた。



 金曜日、仕事から家に帰りポストを開けると、手紙が入っていた。

 差出人の名前も宛名もない白い封筒を見て、血の気が引く音が聞こえる。

 ばっと辺りを見回すけれど、人影はない。

 蝉の鳴き声と烏のなく声が響く夕暮れ時だ。変わった様子は何もない。

 私は震える手で玄関の鍵を開け、急いで中に入って大きく息を吐く。

 この封筒……この間の人よね。

 靴を脱ぎ、廊下の灯りをつけて私は封筒を見つめる。なんだかこの間より分厚いような気がするけど……いったい何が入ってるんだろう。

 怖いなぁ……どうしよう。しばらく封筒を見つめていると、チャイムが鳴り響いた。


 ピンポーン……ピンポーン……


 まるでホラー映画の一場面のように、静けさを破るその音に私は思わず短い悲鳴を漏らす。

 こ、こんな時間に誰よ?

 この部屋のインターホンはカメラなんてついていない。だから誰が来たのか確認するには、ドアについているドアスコープから姿を確認するしかない。

 どうしよう……郵便、かな? いや、この手紙を出してきた人だったらどうしよう。

 そう思うと足が動かない。身体が重く感じて、ただドアの方を見つめるだけしかできなかった。

 どうしようかと悩んでいると、今度はドアを叩く音がした。


 ドンドン! ドンドン!


 ド、ドア叩くって何? もう何なのねえ、怖すぎるんだけど?

 私は思わずその場にへたり込む。

 こわいこわいこわい、無理無理無理。これ、郵便とかじゃないよね? 違うよね? 確認するのも怖いんだけど?

 動けずにいると、諦めたのか足音が遠ざかっていくのがわかる。

 何これどうしよう……

 警察呼ぶ? でももうきっと帰った後だしな……

 郵便の可能性は残り続けるけど、心当たりはない。ネットで買い物もしていないし。そうなるともう、この手紙を出してきた人よね……

 あーもうどうしよう。怖い、これ、怖すぎる。

 震える手でスマホを握りしめて、私は湊君とのトークルームを開いた。

 警察に連絡できないなら、彼か千代しか頼れる人が思いつかない。

 どうしよう……心配させちゃうかな。でもここに今ひとりでいる方がずっと嫌だ。悩んでいる暇なんてない。そう思って私は湊君に電話をかけた。

 何度かのコールの後、ぶつ、という音がして湊君の声が聞こえてくる。


『灯里ちゃん?』


「み、湊君?」


『……声が震えてるみたいだけど何かあったの?』


 心配そうな声に私は何度も頷き答えた。


「う、うん……ふ、不審者がきてその……」


『不審者? 大丈夫? 警察は?』


「う……そ、それが姿見てなくて、うち、カメラ付いてないから……でも家にいるの嫌でそれで……」


 震えた声でそう訴えると、被せ気味に湊君が言った。


『迎えに行くからアパートの住所教えて。車出すよ』


 そう返ってきて私は黙って頷き、震える手で住所を入力してメッセージを送る。


『三十分くらいかかるかなぁ。時間が時間だからもう少しかかるかも。とりあえず着替えとか準備して待ってて』


「うん……」


 消え入る声で返事をすると、湊君の優しい声がスマホから響く。


『大丈夫だよ、すぐ行くから』


「……わかった、待ってる」


 喋ったことで少し落ち着いてきたかもしれない。

 電話を切った後、私は大きく息を吸って吐き、


「よしっ」


 と気合をいれて立ち上がった。