第22話 台風が来た

 会社からの帰り。

 台風が接近している、というニュースの通り外は風が強かった。

 まだ雨は降り出していないけど、今夜から朝にかけて強い雨が降るらしく、朝の通勤ラッシュを直撃する可能性が高いそうだ。

 だから明日の午前中は電車の一部が運休することが決まっている。おかげで明日は在宅ワークになった。

 だからスーパーで引きこもりの準備をしてきたんだけど、同じことを考える人は多いようでスーパーは混んでいた。

 それに普段は夜中の十二時まであいているスーパーは、閉店時間を早めて九時には閉店するらしい。だから惣菜などが値引きされるのが早かった。

 おかげで安く惣菜を買うことができ、買い物を終えて私は嬉しさを感じつつドキドキしながら帰宅した。

 先週の月曜日は変な手紙が入っていた。でも今日はどうだろう……そう思うと落ち着かない。

 玄関のドア横にあるポストの前に立ち、私は大きく息を吸って、


「よし!」


 と、気合を入れて、おそるおそるポストの中を確認する。中を見て、私は胸をなでおろした。


「あー……よかった」


 思わずそんな声が漏れ出てしまう。

 ポストの中は空っぽだった。ダイレクトメールすらきていない。

 どっと疲れを感じ、私は玄関ドアの鍵を開けて中に入りすぐに鍵をかけた。

 引っ越したほうがいいかなぁ。毎週毎週こんな思いをするの、嫌だし。オートロックのマンションとかどうだろう。でも家賃高いか……

 そんなことを考えつつ、私は部屋の灯りをつけてテレビをつける。

 ニュースは台風情報を流していて、新宿駅の様子が映る。テレビを垂れ流しつつ、私は顔を洗ってメイクを落として部屋着に着替え、買ってきたお弁当の蓋を外してレンジに放り込んだ。

 そしてスマホを手にして、湊君にメッセージを送る。


『今日の話、急なお願いだったのにありがとう!』


 するとすぐに既読が付く。


『大丈夫だよー、灯里ちゃんのお願いだし。ちょっとスケジュールがタイトだけど』


 その言葉の後に笑顔のスタンプが送られてくる。

 鍵村さん、スケジュールが厳しいから他の人に断られたって言っていたっけ。

 その意味が私にはわからなかったけど、そんなにきつい内容だったのかな。


『詳しくは聞いていないんだけど、会社から何を頼まれたのか聞いて大丈夫?』


『守秘義務あるからあんまり言えないけど、二週間ちょっとで背景込の六枚はなかなかタイトだよー』


 背景込で六枚を二週間……私にはなにがどう大変なのかわからないけど、湊君が大変、って言うなら大変なんだろうな。

 ちょっと申し訳ない。


『なんだか無理なお仕事頼んじゃったかな、受けてくれてありがとう』


『大丈夫だよ。スケジュールかなり厳しいから、その分ちょっと料金高めにしたんだ。おかげで臨時収入貰えるし』


 そうなんだ。それなら大丈夫なのかな……?

 でもイラストって描くの大変だよね。すごい時間、かかるんじゃないかな。

 邪魔しちゃ悪いから、私はスタンプを返してメッセージのやりとりを終えることにした。

 ちょっと悩んで、送ったスタンプはパンダのキャラが旗を持って応援するスタンプだ。

 するとすぐに、手を上げて返事をするスタンプが返ってきた。

 そんなタイトなスケジュールで、花火の日は大丈夫なのかな。花火、今週の末だけど。

 時間とか決めていないのよね。うーん、明日、予定確認するか……

 そんなことを思いつつ、私は立ち上がって温めたお弁当を取りに行った。




 ガタガタと台風の風で窓が揺れる。

 その音で私は目が覚めた。大して家賃が高くないアパートだから雨の音とか風の音、けっこう聞こえるのよね。

 ベッドから這い出て、私はカーテンを開いて窓の外を見る。

 灰色の雲が空一面に広がっていて、横殴りの雨が降っているのがわかる。台風、直撃ではないらしいけどここまで風が吹いて雨が降るのは久しぶりじゃないだろうか。

 時間を確認すると六時半で、普段起きる時間よりちょっと早い。

 でも二度寝するには遅いからこのまま起きよう。

 私は大きな欠伸をしてダイニングキッチンに繋がる扉を開いて、顔を洗うために洗面所へと向かった。

 九時にパソコンをたちあげてログインして、仕事をこなす。

 風は一度弱くなったもののまた強くなっている。窓が一層激しく揺れて、雨の音も大きく響いている。もうしばらくすれば台風は通り過ぎていくだろう。天気予報では午後には晴れる、って言っていたし。

 午前中の仕事をこなしてお昼を食べつつ、私は湊君にメッセージを送った。


『忙しいところごめんね。今週の土曜日、花火の日なんだけど。三時位にそっちに行って大丈夫かな?』


 そう送ったけれど既読はつかない。

 今、時刻は一時前。寝ている、はないよねぇ……きっと忙しいんだろうな。そもそも彼がしている仕事がうちの会社で頼んだイラストだけとは限らないし。そう思いつつ私はスマホを置いてお昼のごみを片付けた。

 在宅仕事の欠点は気が散ることだろうか。さすがにテレビはつけていないけど、色んなことに気持ちが向いてしまう。

 ドラマ見たくて仕方ないし、ガラスペンの練習したいとかそんな欲求が生まれてきてしまう。

 湊君、いつも家で仕事してるのかなぁ。すごいなぁ、たまにならいいけど毎日は無理だな。

 仕事の手を止めて窓の外に視線を向けると、青空が広がっていた。風はかなり強いみたいで、雲がすごい勢いで流れていくのが見える。

 台風はきっと、海の方に抜けていったんだろうな。