「ゴラァクソ石ぃ!」
凄まじい平手打ちが頬に飛んでくる。
「な、なんすか」
「なんすかじゃねぇだろうが! 営業から資料渡されてんだろ!」
「パワハラっすよ、普通に」
「うっせぇよ」
もう一度頬をぶたれる。
「全部だよてめぇ! 全部おめぇで止まってんだよ、本社から催促来てんだよ!」
「へいへい、やればいいんしょ」
わたしは生意気な口をたたく。わたしのこの態度を部長は買ったのだ。だからありのままのわたしで――。
「っざけんな! なんだその態度てめぇよお!」
「ひぃあァッ!」
もう一発ビンタ食らう。耳に近いところに当たってマジでうざい。
さすがに苛立ったから、頭ん中で部長を殺してみる。
六法全書を思いっきり振りかざして、角のところ使って部長の脳天にぶち込む。
倒れてうずくまった部長を見下ろしながら決め台詞。
『法律ってご存じですか』
そんで部長の死体の穴と言う穴に生け花よろしくマックのポテトを突っ込む。
テーレレッ、テーレレッ。
プレバトで『才能アリ』をもらうわたし。
IPPONグランプリで金色の枠がわたしの顔に集まって『イッポォン!』
拍手喝采。感無量のわたしはMCに向かって感想を述べる。
「いやぁ、ポテトも実は芸術たりうるんですよねぇ。使い方次第で人を笑わせることもできちゃうんです。そうポテトならね」――。
「は?」
部長が聞いてた。ってかわたし、また口に出してた。
「はい?」
「ポテト?」
「ポテト」
こういう時はオウム返しに限る。これは心理戦。
相手を動揺させてトンズラかますのが一番。
ダテに課長になったわたしじゃねぇ。
「っざけんなっ!」
そう、そしたら部長喚き散らして叫ぶんで、わたしは次の策へと移行。
「あっ、ひぃぃぃ! やめてぇえぇぇえ!」とヒステリー気味になって、顔の前で両手を掲げる。
こうやって被害者ぶって見せて、相手を加害者にする。
「なにがじゃオラ! お前、マジでお前……」
部長は呆れたようにかぶりを振りながら、腰に手を当てて続けた。
「そういや芸能人にいたなぁ。お前と同姓同名の、なんとか坂のやつ」
「はい?」
「まるで月とすっぽんだよなぁ。あっちはめちゃくちゃ美人で愛想もいいのに」
あぁこいつ挑発しとるわ。
「名前が同じだからって、同じものを期待しないでください」
「あぁすまん、ひとりごとひとりごと、気にしないで」
あぁクソだわこいつ。空想を現実にしてやろう。
と思った矢先、わたしの頭に一つのアイデアが降りてきた。
神の恩寵のごとく降り注いだそれは、わたしを数十年もの間、家に籠らせた。
八十歳の誕生日、アイデアは現実となった。
部長を合法的に殺すたった一つの冴えたやり方。
全てはタイムリープしてアイドルになり、情熱大陸あたりのドキュメンタリー番組に呼ばれたところで、全国放送で社内事情をぶちまけるため。
福岡部長のハラスメントの数々。イカれた経営戦略を暴露するため。
ノーベル物理学賞も、内閣総理大臣から届いた賞賛の手紙も、ペットのキメラドラゴンもその過程に過ぎない。
タイムリープマシンに足を踏み入れ、作動する。
停電する都内。放電するマシン。そして時空を超える際には必ずあらわれる尿意。
細胞レベルの排尿感に襲われた瞬間、まばたき一つ差しはさむ間もなく、わたしは女子高生になっていた。