第7話 現場へ急げ

 ピンクの全身タイツのようなバトルスーツに、ヘルメット。


 変身した俺と栞奈かんなが向かい合っている。


「……えーっと、そういうプレイなのかな? 触手出した方が良い?」

「お願い。何も言わないで……」


 俺はヘルメットの上から手で顔を覆った。


 いや、おっさんの凌辱触手プレイって誰得だよ。

 ……っていうか、触手出せるの?


 なんてことを言ってる場合ではない。

 強制的に変身させられたということは、近くに困っている人間がいるというわけだ。


 本当は助けになんか行きたくはないが、一生このままの姿になると脅されれば、行かざるを得ない。


「栞奈。お前はここにいろ」

「うん。わかった」


 すぐに部屋を出て、階段を降り、靴を履く。

 そして、勢いよく外に出る。


「どこだ?」


 辺りを見渡すが、それらしい人はいない。

 っていうか、通行人からの視線が痛い。

 心がくじけそうだ。


 とりあえず、ダッシュする。

 あの場に長くいる方が拷問だ。

 極力、物陰に隠れながら、走る。


 だが、すぐに息が上がり、立ち止まってしまう。

 両ひざに手を置いて、ゼハゼハと肩で息をする。


 てかさ。

 チート能力なら、体力も上げてくれよ。

 困った人を見つける前に、体力切れになるっつーの。


「そっか。羞恥プレイだったんだね」

「ちげーよ!」


 声がした、真横に突っ込みを入れる。

 ムニュっとした感触がした。

 本日、二回目。

 栞奈の胸に接触してしまった。


「え? ここでするの? ……それはさすがに恥ずかしいよ」

「おい、栞奈! お前、なんでここにいる!?」

「最初から横にいたよ?」

「なんでだよ! 家にいろって言って、わかったって言っただろ」

「わかったって言っただけで、家にいるとは言ってないよ」


 ……なんだよ、変に頭のいいガキが言うような屁理屈は。

 面倒くさい奴だな。


「いいから、邪魔だ。帰れ」

「私が帰る場所は、おじさんがいるところだよ」

「うるせーよ!」


 ちょっと感動的な台詞を言ってんじゃねえ。

 目から汗が出ちまったじゃねーか。


「何か探してるんでしょ? 手伝うよ?」

「ふん。どうせ、見返りを要求するんだろ?」

「ううん。おじさんの力になりたい。それだけだよ」

「……」


 栞奈が真っすぐ俺の目を見てくる。

 本気の目だ。


「わかった。手伝ってくれるか?」

「もちろん!」

「すまん、助かる」

「お礼に結婚してね」

「見返りいらねーって言ったばっかじゃねーかよ!」


 なんなんだよ、こいつは。


「で、何を探してるの?」

「ん? あー、近くに困った人がいるはずなんだ」

「いるはず?」


 ……あー、なんて説明しようかな?

 えーと、えーと。

……なんか噓つくの面倒くせーな。

 まあ、いいや。信じてもらえなくても。


「腹のリングは、困ったやつがいると反応して強引に変身させるんだ」

「困ってる人を見つけたらどうするの?」

「あん? んなの助けるに決まってるじゃねーか」


 止め刺したり、加害者に加わるほど、俺は暇じゃねーし鬼畜じゃない。


「……だから、来てくれたんだ」

「ん? なんか言ったか?」

「ううん。それよりさ、反応して変身させるなら、その困ってる人を見つけるような機能とかはついてないの?」

「あっ! 確かに」


 考えてみれば、いきなり強引に変身させて、「さあ助けろ」なんてあまりにも理不尽だ。

 ってことで、聞いてみることにした。


「おい、そういう機能あるのか?」

「はい。ありますよ」

「なんで言わねーんだよ!」

「聞かれなかったので」

「絞り上げるぞ!」


 ホント、ふざけたやつだ。

 次に会ったら、このスーツを着た状態で全力でぶっ飛ばしてやる。


「ヘルメットの右側に、スイッチがあるのでそれを押してください」

「……これか?」


 確かにボタンがあるので、押してみた。

 すると、ピピー、ピピーと、小さな音がする。


「困っている人に近づけば音が大きくなっていきます」

「あー、そういうタイプか。面倒だな」


 どうせなら、レーダーみたいな感じで、視覚的に方向を教えてほしかった。

 けど、やみくもに走り回るよりは、マシだ。


「よし、行くぞ」


 栞奈の方を見ると、可哀そうな人を見るような目で見ている。

 ちょっと引いてるようだ。


「……あー、通信機ついてるんだよ。通信機」

「そうなんだ。よかった。頭の中に妖精さん、飼ってるのかと思った」

「……お前は俺をどういう目で見てんだよ」


 とにかく、音が大きくなる方向を探して、俺たちは走り出した。



「はあ、はあ、はあ……。ダメだ、もう無理」

「5メートルも走ってないよ!?」

「栞奈。おぶってくれ」

「私、乗る方が好きなんだよね」


 何にとは聞かないぞ。

 絶対に聞かないからな。


「おじさん、自転車とか持ってないの?」

「あー、自転車か。いいな、それ。あとで買おう」


 今後も、こうやって走り回ることになるなら、必需品になりそうだ。

 にしても、ピンクのバトルスーツを着たおっさんが自転車に乗ってる姿か……。

 想像すると吐きそうになるな。


 とはいえ、今は買いに行ってる暇はない。

 さて、どうするか?

 正直、もう、膝がガクガクだ。

 歩くのもつらい。

 どうせなら、スーツに飛べる機能を付けてほしかった。


 ……ん? ちょっと待てよ。

 そうだ!


 俺は道路の方を見る。

 すると向こうから車が走ってきた。


「栞奈っ! 俺を思い切り押してくれ」

「え?」

「早く!」

「わ、わかった! えい!」


 ドンと栞奈に押される。

 俺は勢いよく、道路に飛び出す。


 そして――。


 バンッ!


「ぎゃああああああ!」


 物凄い勢いで車に轢かれ、吹っ飛ぶ俺。


「えええええええーーー!」


 栞奈が悲鳴のような声を上げた。

 だが、俺はスッと何事もなく立ち上がる。


 うむ。やっぱり痛くない。

 さすが、チートのスーツだ。


「栞奈、早く来い!」


 こうして、俺は車に轢かれながら移動するという技を身に着けたのだった。