第2話 転生なんて面倒くせー

 そこは真っ白な空間だった。

 なんていうか、何もなくて地平線のずーっと先も真っ白な空間。


 こんなところに2時間もいれば簡単に気を狂うことができるだろう。


 というか、なんだここは?

 俺はいつのまにここにきたんだっけ?


 必死に頭を働かせる。

 すると、すぐに救急車の場面を思い出すことに成功した。


「なんだ、やっぱり死んだのか」


 そう考えるのが自然だろう。

 あの状態から奇跡の復活を果たしたとしたなら、目覚める場所は病院のベッドのはずだ。


「はい。そうです。あなたは死にました」


 突然、目の前に白いワンピースのような布の服を着た女が現れた。

 髪は金髪ストレートで、腰まですらっと伸びている。


 体型はなんていうか、モロハリウッド女優って感じか。

 ボンキュッボンってやつだな。


 けど、こういう展開なら……。


「私は女神です」

「あー、やっぱりか」

「驚かないのですね」

「面倒くさいし、こういう展開は死ぬほど読んだからわかってる」


 俺がそういうと女神とやらは「話が早くて助かります」と言って笑う。


「では、さっそくあなたには転生していただく……」

「パスだ」

「え?」


 女神がキョトンとした声を上げた。


「パス……ですか?」

「ああ。転生は断固拒否だ」

「どうしてですか? 人生をやり直せるんですよ?」

「いや、めんどい」

「……めんどい?」

「だって、転生するってことは生き返るってことだろ? 正直、俺は生きるのに疲れたんだよ」

「で、でも、俺強ぇで生き返れるんですよ?」

「興味ないな。強いから何? って感じだ」

「女の子にモテモテですよ?」

「3次元に興味ない」


 女神が口を開けたままフリーズする。


 なんだ? バグったか?


「わかりました。では、どんな世界に転生したいですか?」

「全然、わかってないじゃねーか!」

「剣と魔法の世界ですか? それとも科学が発展したロボットの体を持つ世界ですか?」

「どっちも嫌だよ!」

「悪魔がいる阿鼻叫喚の世界ならどうですか?」

「なんでさっきよりハードモードの世界なんだよ!?」

「では、どんな世界がいいんですか?」

「だーかーら! 転生はしたくねーっての!」

「……」


 女神がニッコリとほほ笑む。

 そして、思い切り俺の腹に重い一撃をくわえてくる。


「がはっ!」


 俺は息が詰まり、その場に膝から崩れ落ちる。

 そんな俺の髪を掴み、笑みを浮かべたままの女神が顔を近づけてくる。


「人が優しくしてれば、調子に乗りやがって、このカス」


 おおっと……。

 女神の皮を被った悪魔だったか。


 物凄い殺気を俺にぶつけてくる。


 いや、俺、もう死んでるから別にいいんだが。


「私が転生させるって言ってんだから、さっさとすればいいんだよ」

「げほっ! げほっ! ちょ、ちょっと待ってくれ。こっちは転生したくないって言ってるんだ。別にいいだろ。本人がそう希望してるんだからさ」

「知らねえよ。こっちにはノルマがあるんだよ、ノルマが」


 ……なんだよ、ノルマって。

 それこそ、こっちは知らねえよ。


「サボって寝てたら、いつの間にか査定の時期になってたんだよ。それくらい言われなくても察しろ」


 ……わかるわけねーじゃん。

 てか、完璧、そっちの都合じゃねーか。

 俺、完璧、お前のミスに巻き込まれただけじゃん。


「というわけですので、転生、お願いしますね」


 笑顔をそのままに口調が最初に戻る女神。

 だが、俺は屈しない。


「やだね」


 ブッと女神の顔に唾を吹きつける。


「……」


 女神は笑顔のまま、こめかみに青筋が浮かび上がる。

 そして、右腕を上げた。


 ――打ちおろしの右ストレートチョッピングライト


「ばぼっ!」


 顎は見事に砕け散り、俺は白い地面に突っ伏すことになったのだった。




 2時間後。

 俺は女神の可愛がりという名の拷問を受け続けていた。


 朦朧とする意識の中、ふと思う。


 なんでこんなことになってんだ?


 俺は死んでいるせいか、いくら肉体が破壊されても気を失うことがなかった。

 もちろん、痛みはある。

 地獄のような激痛だ。

 死ぬより辛いとはまさにこういうことだろう。


 ……地獄に行ったことはないけどな。


「……転生……します」


 腫れあがった唇を動かし、なんとかその一言を絞り出す。


「ありがとうございます! そう言ってくれると思ってました!」

「……」

「どんな世界がいいですか?」

「……2次元がある世界でお願いします」

「他には希望はありますか?」

「……できればイージーモードで過ごしたい。チート能力とある程度の金銭的な余裕がほしいな」

「はい、わかりました。私に任せてください」


 女神はそう言うと、俺に向けて広げた右手を向ける。


 その瞬間、俺の体が光に包まれた。


 光が治まると、女神から可愛がってもらった傷が全て回復している。


 そして、腹の周りには幅が3cmくらいの黄色の輪っかが付いていた。


「……これ、なに?」

「ブレスレットです」

「……腹についてるんだけど?」

「……間違えました。ベルトです」

「間違えたのは着けた箇所だろ?」


 さっきからこっちと目を合わせようとしない。

 完璧につける場所を間違えたみたいだ。


「とにかく、これで変身が出来ます」

「……変身?」

「言ったじゃないですか。チート能力が欲しいと」

「……いや、言ったけどさ」


 変身か。

 随分とニッチな方向のチート能力だな。

 普通はスキルとかそんなんじゃないのか?


「では、その変身スーツで困っている人を助け、悪を倒してください」

「え? ちょっと待って! 転生したら、そんなことしないとならないの?」

「当たり前ですよ。なんのために転生させると思ってるんですか?」

「聞いてないぞ!」

「言ってませんから」


 ……この女。

 いつか搾り上げてやる。


「ではいってらっしゃいませ」

「ちょっと待って、やっぱり転生しな……」


 そこで俺の意識と体は闇に包まれた。


 こうして俺は2度目の人生を強引に歩まされることになったのだった。