第2話 沢田くんと初つぶやき


 沢田くんの心の声が面白いことに私が気がついたのは、クラス分けが決まって彼が私の隣の席になった当日。今から一週間前のことだった。


 正直、沢田くんの隣の席になるなんて、最初は嫌だった。


 沢田くんはいつも綺麗な黒髪で、整った品のある顔立ちで、スタイルも良くて、とてもおとなしい。っていうか、ものすごい無口で誰にも笑顔は見せない。一人を好んでいるようで、話しかけんなオーラを出しているからちょっぴり怖い。何を考えているか分からなくて。


 私の経験上、イケメンと呼ばれる人ほど性格に難がある。ものすごくプライドが高くて周りを見下しているとか、ものすごくナルシストだとか、女の子を顔でランク付けして態度を変えるとか、そんな人たちばかり。


 森島くんなんて典型的にそういう人で、ある意味分かりやすくて非常に助かる。この教室に入ってくるなり、彼が初めてつぶやいた言葉は、


【俺が一番カッコイイな】だった。


 自分に自信があることを悪いとは言わないけれど、私はちょっと苦手で敬遠したいと思ってしまった。 

 私の予感した通り、彼はその日のうちにクラスの女子の半分とメッセージアプリのアドレスを交換して、モテ男ぶりを遺憾無く発揮していた。


 ちなみに私はいまだに彼とアドレスを交換してはいない。

 聞かれていないからじゃない! と強く否定しておこう。

 まあ、実際聞かれていないんだけど。



 そんな『イケメン恐怖症』とも言えるこの私が、沢田くんのような完璧な美男子を前に臆さないわけがない。

 あの美しい顔面の腹の中がどんなにグチャグチャしているかなんて知りたくないし、できれば近づきたくない。



 とはいえ、私は常識人。


 初めましての挨拶くらいは、どんなに苦手な人でもするべきだと思っている。その後は一切話しかけなくなったとしても、「これからよろしくね」くらいの社交辞令は当然口にするべきだと思っている。



 沢田くんの隣の席におそるおそる座ると、私はこっちを見ようともしない沢田くんに向かって、無理やり笑顔を作って言った。



「沢田くん。私、佐藤景子。一年間よろしくね」



 私の声に気がついた沢田くんが、ゆっくりこちらを向く。切れ長の美しい瞳が私を捉える。

 その瞬間、彼の声が聞こえてきた。




【えっ! なに今この人、俺になんて言った? ……そう言った? うわ、そんなこと言われたの初めてで泣きそうなんだけどーーー!!!】




 ……えっ? と私は耳を疑った。

 だって、彼の表情は完全な「無」で、どちらかといえば冷たい印象なのだ。

 それなのに。



【よろしくって言えよ、俺! ほら、早く! 言えってば言えよもう! あーもう5秒経った。もう無理。はい無理。チャンス逃したー! だからお前は友達いないんだよチキン野郎! もう佐藤さん、二度とお前なんかに話しかけてくれないからね! 一生ぼっちだから、お前なんか。いやお前って誰だよ。俺だよ俺! 二重人格のフリしてるけど一人だから! 中の人なんていないから! はーいもう10秒経ちましたー。残念ながら終了です。チーン_(┐「ε:)_】



 ……なにこの反応。絵文字まで見えるレベルで凹んでるよ。

 めちゃくちゃ可愛いな!!!




 笑いを堪えて震えていると、背中がトントンと叩かれた。

 振り向けば、後ろの席の佐藤麻由香ちゃんが「大丈夫?」と心配そうに小声で聞いてくる。


「大丈夫って、何が?」

「今、沢田くんに睨まれてなかった? 【沢田くんってイケメンだけどちょっと怖いなー】」


【ドキッ】


 沢田くんの心の声がする。私たちのヒソヒソ声がどうやら聞こえているらしい。



【ヤバい。俺、佐藤さんを睨んだと思われてる。もう嫌われた? 10秒黙って見つめてただけでもう嫌われた? どんだけ嫌われ者? 生きる価値なし】



「ううん、そんなことないよ!」

 私は思わず声を大にして言ってしまった。


「沢田くん、きっと戸惑っていただけで、睨んだわけじゃないと思うし! 私は全然大丈夫!」

「そう? 意外と勇気あるね、景子ちゃん【地味なくせに】」

 麻由香ちゃんの心の声の方が傷つくなあ、なんて思った時だった。



【なに……佐藤さんて、天使なの? 光属性強すぎて目が潰れるよ! 誰か俺にグラサンをくれ! 尊みがすぎる! なんてイイ人なんだあああ! オロローン。゚(゚´ω`゚)゚。】



 沢田くんのピュアすぎる心の声に胸がくすぐられる。

 やっぱり可愛いなあ、沢田くん。

 沢田くんの方が天使だよ。


 チラッと沢田くんの方に目をやると、沢田くんも私のことを一瞬だけ見てすぐに目を逸らした。



【やっべえーー佐藤さんと目が合っちゃったよ! どうしよう、ドキドキしてきた! これ以上佐藤さんに嫌われないようにするにはどうしたら……! あ、そうだ。挨拶だ。挨拶をしよう! 睨んでないってことをアピールしなくちゃ! 勇気だ。勇気を出すんだ、沢田 空!】 



 沢田くんが勇気を出して私に声をかけようとしている……。

 なんだか、こっちがドキドキしてしまう。

 頑張って……!

 私の心の声は沢田くんには届かないのが分かっているけど、つい大声援を送ってしまう。


 そして、とうとう沢田くんの口が開いた!



「………………………あ」



 キーン、コーン、カーン、コーン。 



【チャイムに消された_(┐「ε:)_ズコー】


 ズコーじゃないよもう。