第3話 転落

 ヒーロは今、想像を遥かに超える速度で暗黒草原という地を走って移動していた。


 これは完全にチートだ。


 その一歩一歩が飛ぶように軽やかで、走っている自分もただ驚く一方である。


 出来れば空を飛びたいがそれはやり方がわからなかった。


 コツがあるようなのは、何となく感覚でわかったが、今はそれを試行錯誤してみつけるより、早く夜のうちに確実に移動できるだけ移動しておくべきだと判断したのだ。


 魔王の言う通りなら、夜が明けた瞬間から自分は知らない土地で無力な存在になってしまう。


 ましてや、ここは暗黒草原といういわくあり気な地名だから、こんなところでチート状態が解けたらどうなるかは容易に想像がつく。


 チートでいられている間に、一刻も早く安全な場所に移動したいのが今のヒーロの本音であった。



 ずっと走っているが、中々夜は明けなかった。


 というかこれは夜なのか?


 それとも、そういう世界なのか?


 いや、魔王が太陽が出ている時は、と口にしていたのだから明けるはずだ。


 とにかく走り続けよう。


 だが、夜は明ける事なく、数十時間? いや、数日なのか? ヒーロは走り続け、地図を確認するとようやく船の位置が表示されている場所がもうすぐのところまで辿り着いていた。


 ヒーロは速度を落として接近するとそこには小さい船着き場があり、そこに似つかわしくない大きな船と兵士の一団が待機していた。


「人だ……! ここまで走ってる間、人じゃない恐ろしげな何かしか見かけなかったから良かった……! ちゃんと人はいるんだ……」


 ヒーロは、異世界に召喚されて初めて遭遇した第一異世界人が、すぐに亡くなった勇者だったから、それ以外の生きている人を初めて目撃して泣きたくなった。


「おーい! こんばんはー!」


 何と声をかけていいかわからなかったヒーロは、とりあえず挨拶をしてみた。


「な、何者だ!? 人か? 人なのか!?」


「みんな、武器を構えろ! 前回のように人に化けた魔物の可能性があるぞ!」


「勇者様が戻るまでは、絶対船を守り抜くんだ!」


 兵士達は一斉に、安堵して近づいて来るヒーロに対して殺気だった。


「あ、すみません……。勇者様は魔王との戦いでお亡くなりになりました」


 ヒーロは、殺気だった兵士達と話す為のきっかけが欲しくて、今一番話題性があると思える勇者の死を切り出した。


「何!? そんな馬鹿な事があるか!」


「そうだ! 勇者様が魔王に負けるわけがない! 我々と約束したのぞ!」


「貴様ー! 勇者様を愚弄するか!」


 しまったー、もっと殺気立ってきた!


 ヒーロはこれはまずいと思い、思わず、


「勇者様と魔王は相討ちでしたので負けていません!」


 と、兵士達にせめてもの希望を与えようと、自分の手柄を勇者に譲る事にした。


「相討ち!?」


「他のみなさんは!?」


「賢者様や聖女様、聖騎士様達は!?」


「団長は!? 騎士団長は無事なのか!?」


 魔王が倒されたという吉報で兵士達の殺気は収まったが、他の一行の生死について一縷の希望を抱いた。


「みなんさん、全滅です……」


 ヒーロは申し訳ない気持ちになった。


「そんな……」


 兵士達は見るからに落胆する。


 きっと、ここまでの旅の間に、勇者一行と兵士達には熱い繋がりが出来ていた事は彼らの反応から容易に想像がつく。


 ヒーロはせめてもと、魔法収納から勇者一行の遺体を兵士達の前に出した。


「……そうか。ホントに勇者様達が全滅とは……。だが、魔王は勇者様が倒したのだな?」


 兵士の一人がヒーロに再度確認した。


「はい。最後の一撃で見事魔王を倒されました」


「……遺体を運んでくれてありがとう。……ところで君は一体何者なんだ?」


 兵士の疑問はもっともだった。


 ヒーロはどう説明したものかと思ったが一部事実と、嘘を言う事にした。


「自分は、勇者様が亡くなる寸前に特殊召喚で呼び出された異世界人です。勇者様にみんなの遺体を運んで欲しいと遺言されました」


「異世界人!? そうか、勇者様は自分の後継者として君を呼び出したのだな……。疑ってすまなかった。勇者様の後継者として我が国に君を迎えよう」



 こうして、無事にヒーロは船に乗り込む事を許され、暗黒大陸を後にしたのだった。


 暗黒大陸を離れると空は晴れていった。

 兵士から聞くに、どうやら暗黒大陸の空は一年中、暗いらしいとの事だった。


 そして、今、太陽の下にいる。


 やはりお日様の下が落ち着く。


 だが、それと同時に自分のチートが無くなっている事にもすぐに気が付いた。


 軽かった身体が重いのだ。


 いや、普通になっただけなのだが、チート時に比べれたらその感覚は雲泥の差だった。


 だが、今、兵士達には勇者の後継者として歓迎されている。


 どうやら、身の安全は確保できたようだ。


 異世界に来て早々、絶望展開に死ぬかと思ったが、兵士達の言う通りなら、国賓として今から行く国に迎え入れられそうだし、とりあえず、生活も困らなさそうだ。


 魔王もめでたく倒せたのだし、平和であれば、チートが無い昼間に死ぬような事もそうそうないだろうと安心するヒーロだった。




 ──と思っていた時期が自分にもありました……。


 暗黒大陸から海を渡り、大陸を縦断した先のルワン王国という国に勇者の後継者としてヒーロは国賓待遇で出迎えられたのだが、一応、確認をという事で、人物鑑定を散々させられた。


 そこでの結果は、残念ながら、自分は役立たずと判定される事になる。


 昼間は呪いで人並み、いや、モブ並みの能力しかない為、鑑定してもそういう結果しか出なかったのだ。


 そうなると後継者の話も嘘ではないかと王宮で取り沙汰されるようになり、三か月後には、勇者一行の所有していた荷物を言葉巧みに魔法収納から提出させられると、もう用無しとばかりに、理由を付けて辺境の街に移り住む手続きがなされた。


 そう、よくある追放である。


「どうしてこうなった……」


 ヒーロは落胆の中、馬車に揺られて安全な王都から、全く知らぬ土地へと一人移り住む事になるのであった。