第3話 残ったのは…

彼女はごちゃごちゃした街の、

奥まったところに住んでいた。

俗に言う、下町の路地に近い。


そこは学校の寮で、

彼女はそこの二階の端っこに住んでいた。


窓を見れば、

下の通りをにぎやかに人が行きかいしているのが見える。

そして彼女の部屋には、

にぎやかな寮の友人が集っていた。


にぎやかに過ぎる毎日。

学校までは歩いて数分。

退屈な講義。

なんだかんだでサボらない毎日。


彼女のごちゃごちゃした生活に、

一つだけ、はっきりしているものがあった。


彼…としておこう。


彼女は彼に好意を持っていた。

恋心にもならないものだった。

お菓子を半分にしたり、

なんとなく近くに座ったり、

その程度のものだった。


彼女と彼は、進路が違う。

だからきっと、いつか、離れてしまう。

彼女の友人の中で、

彼だけ、消防士を希望していることを、

彼女は覚えている。

他の友人は、やっぱり別々の道を行くのに、

彼だけ、消防士になる。それだけははっきりしていた。


ごちゃごちゃしている中で、

唯一はっきりしていたもの。


彼に何かを伝えようとしても、

うまく伝わらなかったのに、

ただ彼が消防士になることを覚えている。

言いたいことは山ほどあっただろうに、

伝えられなかったことだけを覚えている。


やがて彼は、いなくなった。


残ったのは、恋だったんだな、という自覚。

そして、多分、失恋だった。