目の前に青白い画面が現れた。
『これよりキャラメイキングを開始致します。まずは真名を入力してください』
真名? それって本名でいいのか?
『菅野翔 15歳』
オレは言われるがまま画面の指示に従い本名を入力する。
『真名の入力を確認致しました。本人確認完了。
では、職業を選択してください。
1,戦士
2,騎士
3,弓士
4,回復術師
5,魔導士
6,盗賊』
戦士はアタッカー。騎士はタンカー。どちらも前衛職だ。率先して敵と戦うなんざ馬鹿のすることだ。どうしてオレが誰かの為に危険な目にあわないといけない。こんなもん誰が選ぶかっての。
回復術師はクソ。何でオレが誰かを救ってやらないといけないんだ。むしろオレを救ってもらいたいぜ。回復なんざ馬鹿でも出来る職業だ。オレみたいな優れた人間がなるようなクソ職業じゃない。
魔導士はパス。攻撃力は優秀だが、MPが尽きたらただの雑魚。優秀な捨て駒にしかなれないクソ職業だ。
盗賊はクソ中のクソ。戦闘力も皆無。魔法も使えない。罠の解除や索敵が主な役割。要は体のいい雑用係だ。いざとなったら敵の囮にされる奴隷の様な職業だ。そんなんオレ以外のクソ底辺野郎がなればいい。
これしかないだろう。オレは3の弓士をタップする。
弓士は中衛職でボーガンで敵を射殺す職業。魔導士より攻撃力は劣るものの矢さえ尽きなければいくらでも攻撃することが可能。それに小剣程度の武器を装備することも可能でいざとなれば接近戦もこなすことも出来る。通常戦闘では前衛職に守られ、バックアタックを食らっても後衛の回復術師や魔導士、盗賊が盾になってくれるので、いかなる状況でも生存率が高くなる。派手さは無いが目立つことが嫌いなオレにはピッタリの職業だった。
『では最後に幾つか質問にお答えください。記入は任意ですので、ご自由にご記入ください。
1,学園内における友人のお名前をご記入下さい。
※複数回答が可能です。
2,学園内における恋人のお名前をご記入下さい。
※複数回答が可能です。
3,片思いをしている相手のお名前をご記入下さい。
※複数回答が可能です。
4,殺してやりたいほど憎悪している相手のお名前をご記入下さい。
※複数回答が可能です。
5,あれば貴方の座右の銘をお聞かせください』
1の回答。んなもんいるわけねえだろ。誰が学校の猿共なんかと友達になるかっての。
2の回答。だから、人間様が雌猿なんかに発情するわけねえだろが。
3の回答。クソ、クソ、クソ、クソ、糞くらえ!!!!!
4の回答。学校にいる奴ら全員。
5の回答。この世はクソゲー!
『質問は以上になります。これよりシステムを再起動致します。システム再起動後はチュートリアルミッションに移行致します。スキルポイントの割り振りはチュートリアルミッション開始直後から行うことが可能です』
そして最後に青白い画面にはこう表示された。
『地獄へようこそ』
次の瞬間、闇の世界は眩い光に満たされた。
目を開くと、見慣れた風景が飛び込んで来た。いつもの学校の教室で、自分の席は窓側後方の一番隅の席だ。他の席にはクラスメイト全員がいるのが見えた。でも何故か教室内は電気がついているのに薄暗く、どんよりした空気が漂っていて周囲が少しざわついていた。状況を把握しようと思考を巡らせるも、何故か頭がボーっとしていて上手く考えがまとまらなかった。
眠気と気怠さを感じる。どうやらオレは先程まで眠りこけていたらしい。見ると机に伏して寝ているクラスメイトの姿もちらほらあった。
オレの頭が徐々にはっきりしてくると、先ほど見ていた夢の内容が鮮明に思い浮かんでくる。あれは何のゲームのキャラメイキングだったんだろうか? キャラメイキング自体はRPGでよく見かけるものだった。だが、その後の質問が妙に生々しく感じられた。馬鹿正直に本音で回答してしまったことに気恥ずかしさを覚える。まあ、しょせんは夢なので悶える程ではなかった。
すると、腹の虫が鳴り響いた。空腹を覚え、そう言えば給食がまだだったな、と思った瞬間だった。オレは酷い頭痛を感じると共に断片的な記憶が突然フラッシュバックし始めた。それはとてつもなく衝撃的な記憶で思わず驚きに身体が固まってしまう程だった。
それは、給食の配膳が終わった直後に起こった。突然、教室内に稲光が走り、遅れて轟音が響き渡った。しかもパニックに陥るオレ達に追い打ちをかけるかのように激しい横揺れが校舎に襲い掛かったのだ。
悲鳴と怒号が響き渡り、オレはあまりの激しい揺れに席から放り出されると、壁に頭を強く打ち付けてしまった。そこからの記憶は途絶えている。気づいたら普通に席に座っていた。しかし、あれほど激しい横揺れであったにも関わらず教室内は異様に整然としていた。地震による乱れは微塵も見受けられなかった。
これはただごとじゃないぞ?
状況を呑み込むことも出来ないままでいると、次の事件が発生した。
「何だ、あれは⁉」
突然、教室内に誰かの声が響き渡った。それと同時に、閃光の様な光が一瞬だけ走る。
また稲光が走ったのかと思ったが、轟音は響かなかった。どうやら何かが光っただけらしい。しかし、何故かクラスメイト達の視線が教壇に向けられていることに気付いた。
慌てて教壇の方に目を向けると、そこには、思わず目を奪われるような人物がいつの間にか現れ佇んでいたのだ。
金糸の様な美しく長い髪。背中には二枚の白い羽を生やしている。純白のドレスを身に纏い、全身からは神々しいオーラが溢れ出していた。一目で天使と見紛う様な美女の姿がそこにはあった。
「私の名は女神エレウス。よくぞ参られました、異世界からの転移者よ。これから皆様にはこの世界を救っていただきます」
女神を自称するエレウスは両手を組み祈るようなポーズを取ると、潤んだ瞳でそう呟いた。
彼女の一言でオレは色々なことを瞬時に理解する。これはラノベや漫画でよく見る異世界転移ものの展開であることに気付いた。この教室内でそのことに気付いた者はオレ以外に何人いただろうか?
しかし、通常、このような非日常的な状況に巻き込まれた場合、普通の人間ならばこう思うだろう。
『きっとドッキリか何かなんだろう?』と。
「ギャハハハハハハ! マジ受ける。これってドッキリの動画配信っすか、女神のお姉さん?」
ちゃらい声が女神に話しかける。声の主はクラスメイトの渡辺哲平だ。色黒で金髪。自他ともに認めるクラス一のチャラ男だった。
渡辺哲平は笑いながら教壇まで歩いて行くと、ニヤニヤしながらエレウスの顔を覗き込んだ。
「オレ思うんすけど、異世界転移のドッキリとか、ちょっと話を盛り込み過ぎじゃないっすかね? ここはデスゲーム系とかの方が視聴者も分かりやすいって思うんすけれども」
すると、エレウスは口元に薄く微笑を浮かべると、右手を渡辺哲平に差し出して来た。
「え? 何すか? お姉さんの手を握ればいいんすか? まさか電流ドッキリってやつ? 流石にそれはベタじゃないっすかね?」
渡辺哲平はゲラゲラ笑いながらエレウスの手を取った。
「うお、お姉さんの手、めっちゃスベスベっすね。触っていいすか? って、もう触っとるやないかーい!」
渡辺哲平は一人ノリツッコミをして馬鹿笑いをした後、両手でエレウスの右手をベタベタ触り始めた。
「これからチュートリアルを行います。皆さま、よくご覧になってくださいましね」
次の瞬間、エレウスの身体が激しく光り輝いた。そして、バチっと電気が弾けるような音が響き渡る。
グシャリ、という肉と骨が弾き飛ぶ音は後から響いた。
その光景を見た瞬間、誰も声を上げなかった。あまりにも衝撃的な光景を前にオレも含めて全員が絶句していた。
「あれ? オレの手、何処行った……??????」
見ると、渡辺哲平の両腕が無くなっていた。正確には電気が弾けるような音が聞こえた後、チャラ男の両腕が砕け散ったのだ。教壇の近くに座っていたクラスメイト達に血と肉片が飛び散っているのが見えた。
「きゃあああああああああああ⁉」
女子生徒の悲鳴が上がると、悲鳴は連鎖反応を起こした。たちまち教室内はパニック状態に陥り、悲鳴と怒号がせめぎ合った。
「大丈夫か、哲平⁉」
すると、両腕を無くし茫然と佇む渡辺哲平に一人の男子生徒が駆け寄った。
奴の名は北条一馬。クラスのムードメーカー的な存在。オレは心の中で密かに奴のことを『主人公』と呼んでいる。何故なら、存在自体が物語の主人公そのものだったからだ。正義感に熱く、困った者を見捨てることが出来ない典型的なヒーロー。成績優秀でスポーツ万能のイケメンだ。もちろんクラスの人気者。友人も多く、奴に告白する女子は後を絶たない程のモテっぷり。
この世で誰が一番憎いかと問われれば、オレは間違いなく北条一馬と答えるだろう。オレにとって奴は見ているだけで虫唾が走るほど憎たらしい存在だった。
「痛てぇよ、一馬! た、助けてくれ!」
渡辺哲平は怯えた表情で身体を震わせながら北条一馬にもたれかかった。
「早く止血しないと……⁉」
北条一馬は倒れそうになった渡辺哲平を抱きかかえると、そっと床に寝かしつける。瞬く間に床はチャラ男の両腕から噴き出す血で真っ赤に染まった。
「私に任せて! 傷口を縛って止血しましょう!」
そこに髪の長い女子生徒が二人に駆け寄って来る。
彼女の名前は大谷美羽。クラスではトップクラスの人気のある女子生徒だ。ちなみにオレの好みではない。忌々しいことに北条一馬の幼馴染みであり、二人は当然の如く小学生の頃から付き合っているらしい。
大谷美羽はハンカチを取り出すと、それを引き裂いて渡辺哲平の両腕の傷口を縛って止血しようと試みる。
「それにはおよびません。ヒール!」
エレウスの声が響き渡ると、彼女の手の平から神々しい柑子色のオーラが放たれ、渡辺哲平の全身を包み込む。
それは何の冗談か奇跡か。次の瞬間、周囲に飛散した肉片が集まると、渡辺哲平の失われた両腕が元に戻ったのだ。床に流れ落ちた血も全て渡辺哲平の身体の中に吸い込まれていくのをオレは見逃さなかった。
「お、オレの腕が元に戻った、戻ったよ、一馬!」
「良かったな、哲平!」
チャラ男と主人公の二人は安堵の笑みをこぼしながら互いに抱きしめ合った。
他のクラスメイト達は目の前でゲームや漫画みたいな奇跡を目の当たりにし、驚きと困惑がない交ぜになったような複雑な反応を見せていた。
「このように戦いで身体がいくら傷ついたとしても回復魔法で治癒が可能です。先程、皆様が行われたキャラメイキングの中にも回復術師を選ばれた方が複数おりますので、どうかお互い協力しながら冒険なさってください」
あのキャラメイキングは夢じゃなかったのか⁉ オレはたちまち戦慄する。
もしあの時、適当にキャラメイキングをしていたら、今頃どうなっていたことやら。間違っても盗賊なんか選んでいたら、オレみたいな陰キャは使い捨てにされていただろう。
だが、この時、オレが忌み嫌っている主人公君は、別のことに驚いている様子だった。
「戦い? 冒険? あの、女神エレウス様はオレ達に何をさせようとしているんですか?」
真剣な眼差しで北条一馬はエレウスに訊ねる。
そんなの決まっているだろう、とオレは思ったが口には出さなかった。こんな状況で青春ドラマなど始まるわけがないのだ。
「この学園は7人の魔王によって凶悪なモンスターが跋扈する迷宮と化してしまったのです……! 皆様が元の世界に帰還するには禍の元凶たる7人の魔王を倒すしか術はありません」
「ただの中学生に過ぎないオレ達が魔王と戦うなんて無理です!」
「大丈夫、貴方達は選ばれし希望の勇者なのです! 必ずや諸悪の根源たる魔王を打ち倒すことが出来ると私は信じています。しかし、それには幾つか注意点がございます」
すると、エレウスは渡辺哲平に右手をかざすと「没収」と一言呟いた。
エレウスがそう呟くと、彼女の右手が淡い光を放つ。光が収まった後、その手の中に一台のスマホが握られているのが見えた。
「これはそちらの渡辺哲平様のスマホです。皆様の携帯端末の中に、魔王を倒す力を授けておきました。ですがご注意を。死にさえしなければ先程のように回復魔法で傷を癒すことが可能ですが……」
エレウスはそう言いながら、スマホを握り締める。スマホはバキバキと音を立てながら、あっけなくエレウスの手によって握り潰された。
次の瞬間、戦慄の光景が飛び込んでくる。
エレウスがスマホを握り潰すのと同時に、渡辺哲平の全身が圧縮機にでもかけられたかのように一瞬でグシャグシャに潰れてしまったのだ。
肉塊とかした渡辺哲平は悲鳴を上げる間もなく床に倒れ込んだ。
近くにいた北条一馬も生死の確認を諦める程の惨状だった。
「スマホを破壊されれば所有者の命も同様に破壊されます。うっかり落として壊れてしまっても命は失われますので、皆様にはスマホの管理はしっかりとなさいますようにお願い申し上げます。あと、魔王を倒さなければ外の世界に連絡することも不可能ですので」
きっとその時、オレだけではなくその場にいた者は全員、同じことを考えていたに違いない。
この柔和な笑みを浮かべる美女は女神などではなく残虐な悪魔ではないか、と。
「さて、それではチュートリアルミッションを行います。最初に皆様の中から6人の勇者をお選びください。自薦他薦は問いません。選ばれた方はパーティーを組みこれから迷宮と化した学園内を探索していただきます。なお、激しい戦闘が予想されますので回復術師は必ずメンバーに加えることを推奨致します」
その時、オレは、地獄はまだ始まってすらいないことに気付き愕然となるのであった。