第5話 汽車に乗って海に行こう

 カンカンカンカン、と踏切が鳴る。ガタゴト、シュシュシュと汽車が近づき、ポーッ、汽笛がのどかな声をあげる。

 いろんな音があふれ、春らしいパステルカラーのドレスやワンピースを着た女の子たちが行き来する、ルーンブルク鉄道駅のなか ――

 俺はきょろきょろ、周囲を見回していた。


「あれ? 昼メシは?」


「ふんっ、食事の心配ばかりとは、やはり平民ね、いじましいこと! おーほほほほほ!」


 気持ち良さそうな、高笑い。

 エリザは金髪縦ロールをふぁさりとかきあげて宣言した。


「せっかく海まで行くんですもの。ランチは汽車の中よ!」


 なんと…… 汽車で昼メシとは!

 もしかして、これは 『旅』 というやつでは?


「さすがですっ! 大将!」


「ほっ、ほほ、ほめてもせいぜい、お弁当をご馳走してあげる程度よ!?」


「それ、気持ちは嬉しいけど、いいよ。俺、自分で弁当、買ってみたい!」


「こっ、このあたくしのオゴりを断るだなんて…… いいわ、覚悟なさいっ!」


 覚悟って、なんだろう?

 その内容は、1番線のホームで弁当と飲み物ポーション買って、汽車に乗り込んだあとに明らかになった。


「出発しまーす!」


 車掌の合図で、ガタンと車体が動き出した。

 窓から入る、なんかいい匂いの風が気持ちいい。

 ゆるゆると流れていく街の景色を眺めながら、俺たちは弁当を開けた。


 俺のはオニギリ弁当、350マル。

 お手頃価格だし、つやつやしたごはんの、大きい三角オニギリがめちゃ美味そうだ。竹の皮に包んであるのも、いかにも 『旅』 って感じでいい。


 包みをあけて、さっそくオニギリをひとくち。


「……! まーう゛ぇらす……っ!」


 口のなかで、ほろりとほどけるごはんの、幸せなかおりと、ほのかな甘味と、『ちょうどいい』 としか言いようのない、塩加減。

 ぱりぱりの海苔のうまみと、こうばしいかおりが、ベストマッチ……!

 米、最高! 海苔、最高!

 現実世界の疑似食品 (プランクトン原料) より、はるかに美味い。

 なんだ? このゲームの味覚開発担当さん、神か?


「ふふふふ…… このゲームの本質は、こっちよね…… おーっほほほほ!」 


 俺の向かいに座るエリザも、ナイフとフォークを両手にかまえて、満足そうに笑ってる。


「なんだ? オシャレで高級そうだな、エリザの弁当」


「ふっ…… これは、旧世界の誇る食遺産! 高級フレンチ懐石弁当でしてよ!」


「おおっ、なんか知らんがすごい!」


「ふふっ…… 悪役令嬢たるもの、と・う・ぜ・ん、ですわっ!

 こちらから、季節の野菜のエチュベ、エスカルゴのブルゴーニュ風、舌平目のムニエル。そして、鴨のロティ・オレンジソース添え。デザートは、ガトーショコラ・アイスクリーム添え…… ほーほほほほほ! 羨ましいでしょ!?」


「美味そうだなー!」


「平民には手の届かないランチ、せいぜい吠え面かいて悔しがるがいいわ!」


「うーん…… そこまで悔しくは…… こっちのオニギリも、めちゃくちゃイケてるし」


「ふっ…… これだから貧乏人は。お裾分けするから、せいぜい悔しがりなさい! 羨ましがりなさい!」


 エリザが俺の竹の皮のうえに、豪華なおかずを半分コで並べていく。


「エスカルゴ、鴨のロティ! デザートもしっかりお食べ! この所持金5000マル以下の初心者が――!」


「大将が、いい人すぎる……!」


「なななな、なぜ、そうなるのかしらぁ!? あたくしは、立派な悪役令嬢たるべく、他人を踏みつけ嘲笑って我が道を直進するのよっ!?」


 そのこだわり、よくわからん。


「じゃ、ま、あざます! いただきます!」


 まずは、エスカルゴ。


「こ、これは……」


「ふふふふ…… 庶民が口にしたことのない味でしょう?」


 もちろん食べたことないし、エリザのドヤ顔も 『ごもっとも!』 としか思えない。

 ―― アツアツの貝にとろりと濃いバターが絡まり、そこに、食欲をそそるパセリとニンニクのほのかな匂いが絶妙にミックス……


「貝とバターのミラクルハーモニィィィっ!」


「ほーほほほほ! わかったわね、格の違いが!」


「いやいやいや、もーめっちゃわかりましたよ、大将!」


「だからそこは姫君とお呼びっ!」


 さて、次は 『鴨のロティ』 だな……

 エスカルゴが美味かっただけに、期待が増しちゃうのがこわい!

 期待より美味しくなかったら、どうしよう……!?


 おそるおそる口に運んで、俺は昇天した。

 ―― 肉の味をひきしめ、引き立てる、まろやかでスパイシーな粗びき胡椒。ぎゅっと旨味が込められているのに下品にならないのは、甘酸っぱくて良い香りのオレンジソースのおかげか…… 

 めちゃくちゃ良いもの食べてる感しか、しない ――


「ちょっと!? どうしたのよ、急に!?」


「…… 俺はこれから、一切の期待を捨てることにする」


「えええ? うそでしょ!? そんなに、口に合わなかったの!?」


「いや、逆…… 俺の貧困な想像力で、このゲームの料理に期待するとかなんとか、おこがましいにも程があると、さとった……」


「まあ…… っ、そっ、そうね! やっと貧乏人と認めたわね! この平民が! おーほほほほほ!」


「うんうん、俺、めっちゃ庶民!」


「そこは羨ましがりなさいよ!」


 いや、そこは…… なんだかんだ言って、シャケのオニギリも最高なんで。


 ひたすら 『美味い!』 『ザ・美味いすと・オブ・美味い!』 と繰り返しながら、お裾分けしてもらったおかずとデザートを食べているうち。

 畑や牧場が広がるのどかな景色を過ぎ、またもうひとつ、街を経た。


「海だ! 街の向こうに、海があるー!」


「まったく、その程度で、はしゃぐだなんて……」


「えー! ここは、はしゃぐべきでしょ!? ここで楽しまないなんて、人生、半分損してるくない!?」


「……っ! まったく。これだから、初心者の庶民の貧乏人は……!」


 つん、とそっぽを向くエリザの金髪縦ロールを、あけはなった窓から入った不思議なにおいのする風が、揺らした。


「海~、次は海~」


 車掌のアナウンスがあってしばらく。

 ガタンガタン、と車体が大きく揺れて、汽車が止まった。


 どうやら、到着のようだ。


 カバンとチロルを抱えて、駅に降りる。

 線路の向こうすぐに、砂浜が広がっていて、その向こうに、青い水平線があった。

 やたらと耳に響くような、包みこむような、波の音。

 ざぁぁぁっと白い泡をたてながら寄せて、また、ざぁぁぁっと黒い跡を残して退いていくのが、駅からでも見える…… すごい。

 はやく、あれにさわってみたいな!?


「よっしゃ、いこう!」


「ちょっと、待ちなさいよ!?」


「どっちが先につくか、競争!」


「そんなの、ドレスより制服が有利じゃない! 待ちなさい!」


 俺は、振り返らずに走った。

 エリザだったら、絶対に追いかけてきてくれるよね…… たぶん。