第9話

 律は階段のすぐ下で待っていてくれたので、あっさり見つけられた。花音の姿を認めると、背中を向けて口を開いた。


「……ごめん。嫌な思いさせたでしょ」

「えっ?」


 思いがけない言葉に、花音は驚く。ゆっくりと歩き出す律の後を、ためらいがちに追う。


「僕と一緒にいると、外野がうるさいかも。本当は、案内するのも、僕じゃない方がいいんだけど……」


 どうやら、花音に迷惑をかけるのではないかと気に病んでいるようだった。


「そんな! むしろ、律じゃなかったら案内してくれるどころか、今頃は外につまみ出されて終わりだよ! 嫌な思いなんか全然してないし!」


 花音は慌てて律の懸念を否定する。

 漏れ聞こえてきた律の事情。ほぼ初対面の花音が踏み込んではいけない領域に思えた。花音が感じたものを言葉にするならば、それは嫌な思いではなく、そこにかすかでも触れてしまったことに対する気まずさだ。


「それより、ここまでつきあってくれる方が驚きだよ。授業をサボってでもやりたいこと、あったんだよね? あたし、邪魔してるんじゃないかな」

「……そんなことない。僕が言い出したことだから」


 だが、そう言って律は足を止めた。花音を振り向く。


「……でも、少しだけ、時間もらっていいかな」