一ノ章乃伍

 私立である涼観りょうかん高校は週六日制しゅうむいかせいの授業カリキュラムになっている。毎週土曜は四限まで。午前中のみの授業になっていた。その分夏休みが他校よりも少しばかり長いという特徴がある。

 一限目の授業を終え、二限目が始まるまでの休憩時間。次の準備をしている京也きょうやの前に、男子生徒が二人立った。ボサボサ頭で中肉中背の生徒と、背が低く小太りの生徒。

 クラスメイトの浜崎はまさき鉄也てつや田村たむらたけしだ。二人ともなぜか神妙な表情を浮かべていた。

周防すおう。これ」

 ボサボサ頭の生徒――浜崎はまさきが言った。手には紙袋を持っている。中に何か入っているらしく厚みがあって机に置いたらカチリと硬質な音がした。

「?」京也は不思議そうに浜崎を見る。「……何か借りる約束してたか?」

「この前の話、覚えてるか?」

 小太りの生徒――田村たむらが言う。京也は眉根を寄せてしばし考え込んだ。

 この二人とは高校に入ってからの付き合いだ。PCゲーム好きの浜崎にアイドル好きの田村。京也は家庭用のゲーム機で遊ぶこともあり、ゲーム好きの浜崎と話が合った。そこへもともと浜崎の友達だった田村が加わって、高校ではよく三人でつるんでいる。

 そんな三人がつい最近話題にしたことと言えば――

「浜崎の言ってたFPSの話か? PSⅤに移植されたってヤツ」

「ちげーよ、ゲームの話じゃねーよ」

 浜崎が言った。そう言えば、他にも最近三人で話した話題があったはずだ。京也は再び考え込む。

「あー。TKG48のセンター争いの話か?」

「それもちげー」

 今度は田村が言う。京也はゲームとアイドル話のどちらも否定され、白旗をあげた。

「すまん。本当に分からん」

「AI論争だよ」

 浜崎と田村が同時に言った。

 AIと言われ、京也は近年、進歩のめざましい人工知能のことを思い浮かべた。そして最初に上げたゲームにもAIが使われていたことを思い出す。

「なんだよ。やっぱゲームの話じゃんか」

「だからちげーって。至高のサイズはAカップかIカップかって話だよ」

「……………………あ~」

 田村の言葉に京也は記憶が呼び覚まされた。水曜のことだ。Aカップを推す田村とIカップを推す浜崎との間で、激しい論戦が繰り広げられたのは。学校での話し合いで決着がつかず、その晩にLINEのグループチャットでも二人は延々と論争をしていた。

 京也はそれを呆れた様子で眺めていたのを思い出した。

「そう言や、お前らなんか争ってたな」

「外野面はヤメロ。お前が結論を出さないから決着がつかないんだぞ」

「俺が? なんで?」

 浜崎の言葉に、京也は首を傾げた。

「どっち派か回答してないだろ?」

「いや、俺は別にどっち派でもねーし」

 そう言いつつも京也の頭の中には、二人の裸の女性が思い浮かんだ。大きな胸の女性と微かな膨らみをもった女性。並んで立つ二人はなぜか同じ顔をしており、それは雪葉によく似ていた。

 京也はそれに気づいて慌てて首を振る。

「いまお前、想像したな? どっちだ? Iか?」

「し、してねーし! だいたい争っていたのはお前たちだろ。俺を巻き込むなよ」

「この国は民主主義。そして多数決の原理。お前がAカップに一票を投じれば、我がAカップ党は三分の二の議席を有するのだ!」

「いや、議席ってお前。だから俺を巻き込むなって」

 田村は机に両手をついて、京也に迫る勢いで話す。京也は僅かに体を引いて呆れたように言った。

「そこでだッ!」

「聞けよ」

 話を続ける田村に京也は突っ込んだ。しかし田村がそれを聞いた様子もなければ、話を止める様子もない。

「我々は協議の結果、資料によるプレゼンを行いどちらかに投票してもらうことにしたッ!」

 ビシッという擬音が浮かびあがる錯覚を起こすほど鮮やかに、田村は机に置かれた紙袋を指さした。

「……なんだよ、これ」

 なんとなく中身の想像はつく。しかし京也は敢えて田村に問うた。

「映像資料だ。残念ながらそれは浜崎のだが」

 京也の問いに田村はなぜか悔しそうに答えた。

「先攻は我がIカップ党だ。一週間ほど貸してやる。じっくり堪能するが良い」

 浜崎がニヤリと笑う。その笑みを見て京也の想像は確信に変わる。

「まさか……これは」

 京也は紙袋に手を伸ばしかけ、ハッとなって止めた。

「お前はスマホでエロサイト見ないって言っていたからな。俺が厳選してきたエロDVDだ。Iカップ党に清き一票を」

 京也にはバストサイズのこだわりない。正直、田村と浜崎の争いも莫迦莫迦しいと思っている。だがそれは異性に対して興味がないと言うことではない。

 思春期の男子として年相応の好奇心を持ち合わせている。むしろ興味津々だ。

 結局、京也はその〝映像資料〟をおとなしく持って帰ることにしたのだった。