第26話 勇者マルス参上

 ワイバーンの討伐を終えて二日ぶりにギルドに戻った俺たちは、そこで騒然とする冒険者たちを目にする。


「なんだか騒がしいな」

「どうしたんだろう~?」


 アンナとクラリスの二人が不思議がっているところを、サラが率先して受付嬢のリコッタさんに問いかけた。


「一体どうなってるっすか? なんかいつもと様子が違うっす」

「サラ様でいらっしゃいますね。実は先日特別依頼が発令されたのですが、その危険さから誰も受けようとしないんです……」

「ふむふむ、これっすか……」


 掲示板に貼り出された一際目立つ依頼書を見て、サラは眉を潜める。


 俺もクラリスのバッグから飛び出してその依頼書を見てみると、そこには相変わらず読めない文章と共に赤いドラゴンのような魔物が描かれていた。


 後に続いたアンナたちも依頼書を見て、顔を青ざめさせる。


「レッドドラゴンの討伐、だと……!?」

「クカ?」

「レッドドラゴンっていったら危険度A級の超強力な魔物だよね!?」


 怯えるクラリスたちの様子からして、レッドドラゴンとやらがとんでもなくヤバい魔物だということがうかがえた。


 レッドドラゴンっていったらファンタジーでも定番といっていい強力な奴だからな、まさかそんなのまでこの世界にいるなんて……!


 だけどクラリスがふと思い出したようにこんなことを言い出した。


「あ、でもこの前のダイナだってすっごく強かったよね! あの力があればレッドドラゴンだってやっつけられるよ!」

「クカァ!?」

「本当っすか!?」


 クラリスの持論に俺とサラは揃って目を見開いてしまう。


 それと同時のことだった、ギルドの扉がバァン!と開け放たれたのは。


「その話、聞かせてもらったぞ!」


 大層なオーラをまとってギルドに入ってきたのは、いかにもファンタジー世界の勇者といった風貌の少年を先頭にしたパーティー。


「マルス様! 遠征からお戻りになられたのですね!」


 マルスと呼ばれた少年に、リコッタさんが嬉しそうに駆け寄ってすがりつく。


「はははっ、レッドドラゴンなど我々が成敗してくれよう!」


 豪快に笑ってのけるマルスに続いて前に出たのは、岩石のようにゴツゴツとした鱗のある男としなやかな身体つきの猫耳少女。


「我輩にかかればレッドドラゴンの息吹きなど火に非ず」

「ミーたちがいればレッドドラゴンなんてちょちょいのちょいニャ!」


 なるほど、岩石男がロックで猫耳少女がチャオって名前ね。


 分析眼アナライズアイで名前までは読み取れたけど、ステータスのところは文字が乱れていてよく読めなかった。


 そんな彼ら三人組はサラの姿を見るなり軽いステップで歩み寄る。


「サラじゃないか、久しぶりだな」

「こちらこそっす」


 マルスの気さくな態度にサラも親しげに応じていた。


「ねえねえサラちゃん、もしかしてあの人と知り合いなの?」

「ま、まあ。昔同じパーティーを組んでいた腐れ縁みたいなものっすよ」


 昔を懐かしむようにふっと軽く息を吐くサラに、マルスはこう持ちかける。


「それでだサラ。今回のレッドドラゴン討伐依頼、昔みたいに君も僕たちと力を合わせないか? 僕たちは大歓迎さ!」

「お言葉っすけど、ボクはそっちに戻るつもりはないっす」

「武器屋を続けるためか?」


 そう口を開いたのは岩石男のロック。


「それもあるっすけど、今のボクには大事な仲間ができたんす。もうそっちとつるむつもりはないっすよ」

「え~、それは残念ニャー。サラっちがいてくれたらレッドドラゴン討伐も楽にニャるのに」


 猫耳のチャオは残念そうに耳をしょげている。


「いや、受けないとは言ってないっすよ? ただボクも一緒に組む仲間が決まってるっすから」


 そう伝えつつサラが親指でクラリスたちを差すと、マルスが彼女たち二人の方に言い寄った。


「おお、なんて美しいエルフの娘たちなんだ。僕はマルス、君は?」

「く、クラリスだけど……」

「アンナだが、それがどうした」

「クラリスにアンナか、いい名前だ」


 次の瞬間にはマルスの手からバラの花がクラリスとアンナに渡っていて。


「……始まったニャ」


 チャオが呆れた素振りを見せるそばで、クラリスとアンナの二人はポカーンと呆気にとられている。


「は、はあ」

「これは何の真似だ?」

「ああ、君たちは美しい。ぜひとも同じパーティーで苦楽を共にしたいよ」


 酔いしれながらマルスは、クラリスとアンナの手に口づけをした。


「ふえっ!?」

「なっ!?」


 その瞬間クラリスは目を丸くし、アンナは顔を真っ赤にする。


「クカァ!!」


 クラリスたちに何いきなりナンパなんてしやがるんだ!!


 気がつくと俺はマルスに吠えかかっていた。


「おや、もしかして君が彼女たちの騎士ナイトのつもりかい?」

「クルルルル……!」


 見下すようなマルスの目に、俺は虚勢を張って唸り声をあげる。


 こいつも名前までしか読み取れない、けどただならないその強さがオーラから伝わってくるぜ……!


 けん制し合う俺とマルスの間に割って入ったのはサラだった。


「ほらそこ、喧嘩はよすっすよ。ボクとしてはアンナさんたちにもレッドドラゴン討伐に協力してほしいっす」


「え!?」

「私たちにも、か!?」

「クケッ!?」


 サラの衝撃的な言葉に、俺たちは揃って口をあんぐりと開けることに。