第3話

ダンジョンの奥深くに進むにつれて、空気が重く感じられた。洞窟の壁はひんやりと冷たく、静寂が周囲を包み込んでいる。時折、水滴が落ちる音が響くたびに、心臓の鼓動が大きくなる。


「もうすぐ最奥ね、準備はいい?」


ノアが前を向いたまま静かに問いかけてきた。私は息を整え、剣をしっかりと握りしめた。


「うん、大丈夫。ここまで来たんだから、最後までやり切るよ」


自分に言い聞かせるように頷いた。ここで引き下がるわけにはいかない。最初のダンジョンだというのに、この緊張感は尋常ではなかった。


「よし、行こう」


ノアは微笑み、軽く手を振った。彼女の背中は頼りがいがあり、私にはとても追いつけない存在に見える。けれど、その背中にいつか並べるように、私はもっと強くならなければならない。


最奥にたどり着くと、目の前には巨大な扉が立ちはだかっていた。重々しい金属の扉には不気味な紋様が刻まれ、そこから魔力が漏れ出しているのが感じられた。


「この扉の向こうにボスがいるわ」


ノアが淡々と説明する。


「最初のボスだから、そう強くはないはず。でも油断は禁物よ。特にエリス、君はまだ戦い方に慣れていないから、冷静に動いて」


「分かった。気をつけるよ」


私は剣を再度握りしめ、深呼吸をした。体が軽く震えているのが分かる。でも、ここで怖がっていては前に進めない。


ノアが扉に手をかけると、重厚な音を立てて扉が開かれた。その向こうに広がっていたのは、薄暗い石造りの広間。天井からは光が差し込み、床には巨大な魔法陣が刻まれている。そして、その中央に立っていたのは…。


「うわっ…!」


私は思わず声を上げた。そこにいたのは、巨大な二足歩行の獣のようなモンスターだった。体は分厚い筋肉で覆われ、鋭い爪を持った手がこちらを睨んでいる。


《デス・ビースト》と表示された名前が頭上に浮かんでいる。


「これが最初のボスだなんて…」


「エリス、ここは協力が重要よ。私がサポートするから、君はしっかり攻撃を当てて」


ノアは冷静だった。


私は剣を構え直し、視線をボスに向けた。


「分かった。任せて!」


戦闘が始まると、デス・ビーストは怒り狂ったように突進してきた。


「速い!」


私は瞬時に横に跳んでかわしたが、その迫力に圧倒された。


「エリス、動きに注意して!今、攻撃の隙ができたわ」


ノアが後ろから声をかけてくれる。彼女の指示通り、私はデス・ビーストの背後に回り込み、一撃を入れた。


「やった!」


しかし、すぐに反撃が来た。デス・ビーストは後ろ足で地面を踏み鳴らし、私に爪を振り下ろしてきた。


「危ない!」


私はとっさに剣で防御したが、強力な一撃に押されて後退した。


「大丈夫?」

「まだいける!」


私は必死に答えた。体が震えているけど、負けたくない気持ちが強かった。ここで倒れるわけにはいかないんだ。


「支援魔法を使うわ!」


ノアが後方から魔法を唱えると、私の体が一瞬光に包まれ、力がみなぎるのを感じた。《ブーストアップ》というスキルだ。これで一時的に攻撃力が上がるらしい。


「ありがとう、ノア!」


私は一気に気力が湧いてきた。デス・ビーストの次の攻撃をかわしながら、今度は自分のスキルを試すチャンスだ。


「二段斬り!」


頭の中でスキルの発動をイメージし、剣を振り下ろす。二連続の斬撃が的確にデス・ビーストに命中した。


「よし、効いてる!」


一瞬ボスがよろめいた。けど、まだ倒せるわけじゃない。私はさらに追撃を加えようと構えたが、デス・ビーストが怒り狂って咆哮を上げた。


「今度は奴が本気になるよ!気をつけて!」


ノアが警告する。


デス・ビーストの体が赤く光り、次の攻撃が強化されているのが分かる。私は回避しようと構えたが、そのスピードに追いつけず、爪の一撃が体に直撃した。「ぐっ…!」体が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。


「エリス!」ノアが駆け寄ってきた。「大丈夫?」


「まだ…いける…」私は何とか立ち上がろうとしたが、体が動かない。ピンチだ。このままでは…。


その時、ノアの声が響いた。


「ヒール!」


すると、私の体が急に軽くなり、自分でも驚くほどすんなりと立ち上がることができた。これが回復魔法か。私がぼんやりしていると、


「ぼけっとしないで時間稼ぎして!魔法をチャージするわ!」


私は必死に立ち上がり、デス・ビーストの注意を引きつけた。ノアが強力な魔法を放つために集中している間、私はボスを引きつける役割を果たさなければならない。


「こっちだよ!」


私は剣を振り回してデス・ビーストに突進し、できるだけその攻撃を回避しながら時間を稼いだ。


「…準備できた!」


ノアが叫んだ瞬間、彼女の手から眩い光が放たれた。


《ライトニングストーム》。巨大な雷がデス・ビーストに直撃し、その全身がしびれ、動けなくなった。


「今だ、エリス!」


ノアの声に応え、私は最後の力を振り絞ってデス・ビーストに突進した。


「これで終わりだ!」


剣を振り下ろすと、まるで電撃が剣に宿ったかのような一撃がボスの心臓を貫いた。合体技だ。


デス・ビーストはうめき声を上げ、そのまま倒れ込んだ。


「…やった…倒した!」


私は剣を収め、息を切らしながら地面に崩れ落ちた。


「お疲れ様、エリス。すごかったわ」


ノアが微笑みながら私に近づいてきた。


「ありがとう。でも、ノアがいなかったら無理だったよ…」


私は正直にそう言った。ノアのサポートがなければ、この勝利はなかった。


「それが冒険の醍醐味よ。協力し合って勝利を掴むのが、ね」


ノアの言葉に、私は少しだけ笑みを浮かべた。


その時、突然ダンジョンの奥で何かが光り始めた。


「あれは…?」


「ソウルゲートよ」


ノアが驚きの声を上げた。


「このダンジョンにあったなんて…」


「ソウルゲート?」


私は興味津々でその光に近づいた。ゲートは巨大で、不思議な力が満ちているのが分かる。


「ソウルゲートを通過すれば、新たな力が得られると言われているの」


ノアが説明する。


「新たな力…」


私はその言葉に胸が高鳴った。もっと強くなれるなら、このゲートをくぐりたい。


「でも、その先に待っているのはさらなる試練よ。準備はいい?」


ノアが真剣な目で問いかけてきた。


「もちろん…私、もっと強くなりたいんだ」


私は自信を持って答えた。