第7話 困ったときには手刀でしょ

 先述した通り日も沈んできたので、黒卯とはそれからすぐに解散した。

 なんだかその日の夜はそわそわとした感覚が抜けず、中々寝付けなかった。

 勝負をした。後輩女子のつくった人生ゲームで。らしくもなく熱くなり、結果としてはイカサマで勝ってしまったが、ある種の友情みたいなものは育めたと思う。それに、明日からはちゃんと部室で作業をしてくれるかもしれない。順調だ、多分。

 そして、僕にファンができた。それも、かなり強火の。こちらももちろん部活の後輩。

 いや、改めて考えるとすごい密度だな、僕の学校生活。

 となると、あと親交を深めてないのは間宮くらいか……? なんだか恋愛ゲーム的思考になってるのは三門の影響だろうか。まあそこまで深く悩むほどのことでもないか。相手はあの金髪ズバズバギャルで、いざとなったら黒卯のサポートも望めるだろうし。

 こんなに翌日のことを考えながら眠りにつくのは小説が行き詰ったときくらいだ。それと比べれば遥かに健全な悩みな気もするが。とにかく、


「……寝れない」


「……戸景、今にも衰弱死しそうだね」


 翌日の教室、四限終わりのチャイムが鳴ると同時に、味方が僕の机まできてそう言った。

 とんでもイベントの連続発生による高揚感から昨夜ほとんど眠れなかった僕は、もはや虚勢を張る気力すらなく苦笑いを返す。


「……はは。慣れないことってやっぱ、反動でかいんだな」

「部活でなんかあったの? 今ならいちごミルクひとつでなんでも相談に乗ってあげるけど」


 今なら、というかいつもだろ。

 味方はいつでも、いちごミルクひとつでなんでも僕の困りごとに手を貸してくれる。部活を立ち上げたときだって、要求されたのは学食のすぐ側の自販機に売っている、少しだけ高級そうな瓶に入ったいちごミルクだけだった。


「いや、大丈夫だ。別に揉めごとがあったわけじゃないし。部活も、どっちかって言えば順調だよ」

「その割にげっそりしてるじゃん」

「頻発するイベントに僕の人間的強度が追いつかなくて」

「戸景ってすごく悲しいことを息を吐くみたいに言うよね」

「まあ、僕の人生これがデフォルトだからね」

「ほらまた、可哀想」

「僕以上に僕の人生を悲しまないでくれ」


 眉間に皺を寄せて僕の人生の希薄さを憂いている味方の背後の扉が、ガラッと勢いよく開いた。


「……うす」


 扉の向こうから現れたのは、見知った金髪の美少女、あるいは不躾の塊、間宮千歳だった。

 彼女は金髪の毛先を指でくるくると弄びながら、らしくもなく迷いの込められた視線をこちらに向ける。突然の後輩、それも美少女(見てくれは)の来訪に、にわかに教室がざわつき、視線が集まる。


「……何しに来た」

「さすがに他の言葉選びをしようよ戸景。刺客じゃあるまいし」


 いや、部活動の後輩って存在は、十分に刺客たりえるんだよ味方。


「顔……いや、ツラ貸せ、くださいコラ」

「断固拒否する。あと、訂正できてるようで全然悪化してるからな」


 僕はきっぱりと答えた。嫌な予感しかしないし、こういうのは躊躇った方の負けだ。


「戸景、行ってあげなよ」

「味方はまだこいつらの抱えてる混沌を知らないんだよ」

「混沌?」

「とにかく来てくださいってば!」


 僕と味方が話している間に割り込んできた間宮は、そのまま僕の手をガシッと掴んで教室から連れ出した。


「誘拐だ!」

「なんであんな可愛い子が戸景を!?」

「羨ましい!」


 何も知らない男子どもの声が遠ざかっていく教室から聞こえた。お前たちはマジでなんにもわかってないからな!


「ちょ、ちょっと間宮?」


 いや、力強っ! 全然離してくれないし、足も止めないし。

 え、階段? 階段ですけど!?


「間宮さん!?」


 構わず間宮は階段を一段飛ばしで駆け下りていく。当然、手を掴まれたままの僕はそれに食らいついていくしかない。


「転ぶっ! これ転ぶって!」


 僕が仮にこの階段の踊り場で座り込んで抵抗したところで、こいつはなんの躊躇いもなく僕を引きずっていくんだろう。

 それが簡単に想像ついてしまう自分が情けない。


「階段は降りるもんじゃなくて落ちるもんっすよ、先輩」

「いいや、断固降りるものだ!」

「男こn……ええっ!?」

「おい待て待て待て! 今何と勘違いした!?」


 男こn……。ともかく、後輩女子の口から出ていい語彙じゃないだろ。


「はあ!? そんなことあたしに言わせんな、カス!」


 まだ今しがた起きた出来事を消化しきれないでいる僕の首元に、単純な手刀が振り下ろされた。

 頭蓋骨に響くような痛みより、「カス!」と叫ばれたことの方が僕にとってはダメージだった。

 ついに決定的な蔑みが出たな。むしろ今までよく抑えていたというべきか。

 とにもかくにも僕の意識は、愛すべき後輩の手刀によって綺麗に途切れた。