俺の番には大切な人がいるivyBL·オメガバース2024年09月23日公開日16,905文字連載中表紙イラスト ivy

【不定期更新】
政略結婚した相手には愛している人がいた。
それを承知で一緒になったはずなのにいつのまにか彼を好きになっていた。
報われない想いに身を焦がす匠と、そんな気持ちに気付かない直人。
二人の関係はどこに向かって進むのか。

︎*再掲にあたり、大きく加筆修正を行ったため他のプラットフォームからは削除しております。
最後に書き下ろしを入れるので読んだことあるって方も是非!
第1話 寂しい新婚生活

「ただいま匠」


「直人!お帰り!」


水曜は定時退社デーだから直人の帰りが少し早い。

俺の1週間で一番好きな日だ。





「ご飯できてるよ。直人の好きな魚介のパエリアとチキン」


「美味しそうだな」


直人が綺麗な顔で笑う。

アルファの中でも、特に優秀で見た目も良く、優しい俺の旦那様。

結婚が決まった時はみんなに羨ましがられたもんだ


「なあ、直人?」


「なんだ?」


「明日さ、俺たちの結婚記念日だろ?外でご飯でもどうかなって」


「あ,ごめん。明日は優斗と約束があって……」


「……そっか」


もしかしたら普通の夫婦みたいに過ごせるかもという微かな期待は、パチンと音を立てて消えた


「もう結婚して1年か。匠にはいつも感謝してるよ」


「俺の方こそ直人といられて楽しいよ」


大丈夫。

慣れてる。

こんなことくらいで傷つきたくない。




その時直人の携帯のバイブ音が鳴った。

幸せな時間の終わりを告げる無情な鐘の音。

直人は急いで画面を開く。

その顔は愛しさに溢れていた。



ああ今日も一人で過ごすのか……


メッセージの送り主はわかっている。

文字だけで直人にこんな顔させることが出来るのはこの世でただ1人。



優斗だけだ



「たくみ……」


形ばかりの申し訳なさそうな声。

可哀想だから俺が続きを言ってあげる。


「優斗だろ?いいよ、行ってきて」


「でもご飯が」


「大丈夫だって。俺お腹空いてるから全部食べられるよ!」


そう言って精一杯の優しい笑顔を作った。


俺の顔、ひきつってないよな?


「早めに帰ってちゃんと食べるから、少し残しといて」


「うん」


いつもの決まりきったやり取りが終わると、直人は急いで身支度を整える。

手に持ってるのは最近ネットで有名なチョコの店の袋だ。

優斗にプレゼントする為に準備してたんだろう。


「ちゃんと戸締まりするんだよ?」


「わかってるよ。行ってらっしゃい」


ドアが閉まり、部屋は静寂に包まれる。

俺は乱暴に料理をぜんぶゴミ箱に突っ込んだ。



初めての結婚記念日。

もしかしたら一緒に過ごせるかもなんて思っていたけど。

日にちさえ忘れられていたなんて笑える。

早く帰ると言ったけどそんな約束も一度だって守られたことなかった。






直人には大切な人がいる。

最初からわかってて結婚した。


いわゆる政略結婚でそこに愛はなかった。

……はずだったのに。



いつのまにか

直人の優しさに

体の熱に

触れる唇に

どんどん惹かれた。



けれど俺が抱かれるのはヒートの時だけ

俺たちのセックスは子供を作るためだけに行われる。



優斗はベータだ。

二人の間に子供は出来ない。

そんな行為になんの意味もないのに。


それでもあの2人は抱き合うんだ。




ただ愛しあう為だけに。






翌日になっても案の定、直人は帰って来なかった。

夕方まで待って、今夜も帰らないと気付いた俺は、古くからの友人を食事に誘って気晴らししようと決めた。



目的地は二人で行くつもりで予約をしていた人気のイタリアン。

評価では最高とされていたメインの肉料理はなんの味もしなかった。





「もう別れちゃえば良いのに」


同じオメガのユキは頬を膨らませてそう言う。


「そんな簡単じゃないんだよ」


そう言って俺の言葉を代弁してくれたのはアルファの晃。

この二人とは家が近いこともあり、子供の頃からの腐れ縁だ。


「匠ならすぐ良い人見つかるよ。なんなら紹介しようか?」


「ユキ!」


晃に怒られてユキがぺろっと舌を出した。


こんな仕草も可愛らしいユキは、どこから見てもオメガらしい美しい容姿をしている。

常に沢山の恋人をはべらし人生を楽しんでいて少し羨ましい。


「でも直人が好きなんだ。他の人なんて考えられないよ」


そういう俺になんとも言えない表情をするユキと晃。

ダメだ気分転換に出てきたのにこれじゃ二人にも申し訳ない。


「ごめんな!折角付き合ってもらったのに。話変えよ!」


「そうだな!ユキ最近楽しいことあった?」


「僕の最近びっくりした話聞く?」


「また変な男に引っかかったの?」


「ひどっ!」


そう言いながら面白おかしくちょっとエッチなハプニングを話し出すユキ。

俺と晃は周りの迷惑にならないように必死で笑いを堪えて話に聞きいった。




こうしていると昔に戻ったみたいだ。

まだ恋も知らない学生時代。

三人でいつか出会う恋人の話をした。


結局そんな人に出会う前に俺の結婚は決められてしまったわけだけど。





「晃はまだ恋人できないのか?カッコいいしアルファなのに理想が高いの?」


常々思ってたことを酒の勢いで聞いてみる。

途端に晃の顔がさっと赤く染まった。


「あーだめだめ晃はロマンチストだからね」


「ユキ!」


「だってそーじゃん。運命の番以外はいらないんだって」


「へえ……真面目な晃らしいな」


そんな人に出会ったら晃ならきっと何より大切に一生かけて守り通すんだろう。


「早く会えるといいな」


本心からの俺の言葉に晃は一瞬眉を寄せて黙り込んだ。

え?悪いこと言った?


「はいはいこの話もここでおしまい。ボトルでワイン頼も?白と赤どっち?はい!白にしまーす」


「なんだそれ!もう決まってんじゃん!」


突然話に割り込んできたユキの強引な言葉に思わず爆笑する。

そしてそのまま誰が一番酒が強いかの話になった。

その挙句、三人で夜がふけるまで浴びるように酒を飲み、何もかも忘れてふざけ合った。





目が覚めたのは明け方。

どうやって家に辿り着いたのかも覚えていない。

人の気配にふと横を見ると帰宅した直人が眠っていた。


家にいる時は本当の夫婦のように過ごしているので眠るベッドも同じだ。


いや本当の夫婦なんだ

俺が……俺の方が法的にも世間的にもれっきとしたパートナーだ。

なのにどうして気持ちのかけらさえ貰えないんだろう。


安らかに眠る優しいばかりの直人の頬にそっと口付ける。

腕の中に潜り込むといつまでも馴染めない違う家の匂いがした。









「よし!これで準備OK」


俺は部屋をぐるりと見回して散らかったり見苦しいところはないかチェックした。

食料も水分もたっぷり用意したし、ベッドメイキングもバッチリだ。


数ヶ月ぶりのヒートが始まるのでこれから1週間巣ごもりする事になる。

唯一直人を独り占めできる幸せな時間の始まりに自然と顔が綻び俺は浮き足立っていた。


「ただいま」 


「なおと!」


飛びつく俺に直人は苦笑しながらそれでも抱きしめてくれる。


「休暇取れた?」


「もちろん」


優しいキスで早々にヒートが誘発されそうだ。


「先にご飯食べる?」


「風呂入ってくるよ」


「はーい」


バスルームに向かう、すらりと綺麗な筋肉のついた背中を見送って俺はまた幸せを噛み締めた。



直人はいつも落ち着いて大人びている。

はしゃいだり不機嫌になったり感情をあらわにするところは見たことがない。


それはそれでかっこよくて好きなんだけど。

もっと笑ったり怒るところも見てみたいなんて贅沢な事を思うこともある。


そしてふと優斗は直人のそんな顔を見たことあるんだろうかと考えてしまい胸に鈍痛が走った。


ダメだ。今日から1週間は直人を独り占めできるんだから。

ヒートの時は電話も切ってずっと一緒に過ごしてくれる直人。

それなのに悲しいこと考えてたら時間が勿体無い。

そう自分に言い聞かせ、食事の支度をする為にキッチンに向かった。




夕食を終えソファでくつろいでいると不意に身体が熱くなった。

慣れ親しんだこの感じ。ヒートだ。


ヒート中のオメガは番にしかわからないフェロモンを出す。

じわじわ熱がこもり身体中が疼きだしても俺は黙って直人が気付くのを待ってた。


しばらくして本を読んでいた直人がふと視線を上げた。

気付いてくれた。

俺と直人はちゃんと番なんだと証明されたようで嬉しさに息が上がる


「匠」


「なお・・とっ・・。熱い」


「そうだな。ベッドに行こう」


小柄な俺を抱き上げる直人の声が少し掠れているのを感じて興奮がさらに深くなる。


「直人・・早く」


「ん」




……俺の馬鹿。

今日に限って新しいパジャマのボタンが固く、直人が外すのに手間取ってる。

自分で、と言いかけた時直人は上着を諦め下着ごとズボンを剥ぎ取った。


「あっ、直人!」


全て晒される

期待に満ちて立ち上がっている部分まで。

けれど恥ずかしがる暇もなく大きく足を開かされ、直人の指が濡れ始めた部分にゆっくり入ってきた。

そのまま弱いところを優しく撫でられ押し潰されて甘い悲鳴が漏れる。


「痛くないか?」


「うん、気持ちい……」


前回のヒートから随分経っているのにそこはすんなりと直人を受け入れ更に奥に誘った。


「……っ!匂いがどんどん強くなってくる」


直人の余裕のない表情が、整った目鼻立ちを更に端正に見せる。

俺は身体の中から湧き上がる多幸感で目が眩みそうになった。


「もう大丈夫だから……早く来て!」


夢中で直人を抱きしめ深いキスをねだると、舌で上顎を甘やかされながら腰を強く掴まれ一気に貫かれた。


「ああああっ!!」


衝撃と快感とで体がぐずぐずと溶けてしまう。

夢中で腰を打ち付ける直人に好きだと囁けば俺もだよと返してくれた。


この「好き」にはなんの意味もない。

少なくとも直人には。



でも深く繋がり何度も絶頂を迎えて。

それでも湧き上がる欲望に、我を忘れて抱き合うこの時間だけは直人は俺のものなんだ。








どのくらい時間が経ったのか。

喉が渇いて目を覚ますと隣にいるはずの直人がいない。

トイレかな?


そう思い水を飲もうとベッドから降りた途端、力が入らず見事に大きな音を立てて床に倒れ込んでしまった。


「いたたたた。」


騒がしくして直人に心配をかけないように、急いで立ち上がってみるが彼の姿は見えない。


おかしい。

いつもなら「大丈夫?」って駆け寄って来るのに。



どこにいったの?

まだヒートは始まったばかりなのに。

俺は急激に不安に襲われる。




その時、ベランダから微かな声がきこえた。

電話か……?



誰と話しているのかすぐわかる

甘い優しい声。





この時間は俺だけのものじゃなかったの?

気づかなかっただけで、いつも俺が眠ってからこうやって連絡を取ってたの?


呆然と立ち尽くす俺に気付いた直人は、片手を上げて微笑みすぐ戻ると合図を寄越した。








去り際に聞こえたのは、俺には一生囁かれることのない心からの愛してるの言葉だった














直人と初めて会ったのは澄み渡る青空が眩しい初夏の日本庭園だった。

お見合いとして設られたその席で、二人きりになった途端に直人は開口一番ごめんなさいと言った。



「君に言っておかなければいけないことがあるんだ」


このお見合いは無かったことにしてくれとか?

それは困る。うちはそちらの援助がないと会社が倒産しちゃうんだ。


「俺の恋人のことなんだけど」


「恋人?」


「もう5年になる」


「……そうですか」


やっぱりお断りか。


俺はガックリと肩を落とした。

この見合いがダメなら他の取引先を探すことになるだろう。

俺みたいに見た目も平凡なオメガにとって、年も近いし見た目もいい彼は優良物件だったんだけど。


「そこで相談なんだけど。君さえ良ければ結婚してくれないか?」




「はい?」


そのあと直人から恋人が男性のベータで結婚ができないこと。

親から彼と付き合う条件としてオメガと結婚してアルファの後継を作ると約束していること。

そんな話をされた。


……ピンとこないけど仮面夫婦って奴?

子供さえ産めばいいならこっちにとっても悪い話じゃない。


「いいですよ。結婚というより契約ですね」


あっさりそういう俺に直人はキョトンとした後、楽しそうに笑った。


「君には愛以外の全てをあげる。」


煌めくような漆黒の瞳を瞬かせ

そう言った直人は俺の手の甲にまさに契約を交わすかのような口づけを落とした。







今思えば考えが甘かった。

会えば会うほど直人は魅力的な人だった。

人間としても男としてもアルファとしても。




好きにならないはずがなかったんだ。