02 義勇軍、入隊

『サムライ?』

 スマホから聞こえてくる翻訳された日本語まで、あきらかに戸惑っていた。

 意外なことに中隊長は女性だった。黄土色の軍服に身をつつみ、首まである髪を後ろでくくっている。するどい目つきで隊士たちを見据えるその顔は、京都にはあまりいないタイプの美形だったが、目の下の真っ黒いくまが凄惨な印象を与えていた。

『サムライがうちの兵士たちを助けたっていうのか?』


 中隊長の横には下士官とおぼしき兵士が立っていて、さらにその横に捕虜たちが整列している。さっきのアミルと呼ばれた子供は、テントに備えつけの椅子に座って足をぶらぶらさせていた。

『なぜここにいるのかはわかりませんが、かれらは日本では有名なサムライです』

 ミューがそう言うと、中隊長は処置に困ったように頬杖をついた。


『中隊長』

 ひげ面の捕虜が前に出て言った。

『かれらは俺たちが殺されるのを見ていられなくて、カリフ国を裏切って助けてくれたんだ』

『裏切って?』

 中隊長が言葉尻をつかまえて言う。

『じゃあこいつらはもともとカリフ国の兵士だったのか?』

 その場にいる全員に、緊張が走った。カリフ国とはイーアドたちのいた軍隊のことを指しているのだと思われた。


 土方はうなずいて、堂々と言った。

「おれたちは徳川家に忠誠を誓っている。あいつらの私兵じゃねえ。だが、新選組は節義を旨としている。放浪していたおれたちを拾ってくれたあいつらへの礼がわりに、用心棒をしてたのさ」

 ぴ、という音がして、スマホから異言語が発せられる。こんどは日本語から異言語に翻訳されたのだ。

 一瞬の沈黙のあと、ひげ面があわてたように言う。

『悪いひとたちじゃない』

『悪いやつらばっかりだよ』

 中隊長は、隊士たちの帯びている刀を見てため息をついた。

『で、トクガワというのはどこの軍隊なんだ?』


『えっと、それはですね、およそ百五十年前の将軍なんですけど――』

 口を開きかけた土方を制して、ミューが話しだした。

 歴史知識のある人間が説明したほうがいいと思ったのだろう。

 百五十年前、と聞いて怒りだすかもしれないと思ったが、中隊長は意外にもミューの話に耳をかたむけてくれた。

「――ねえ土方さん」

「なんだ」

「新選組の肩書きってなんだっけ」

「京都守護職松平まつだいら容保かたもりさま御預浪士組おあずかりろうしぐみ、新選組だ」

 ぴー、とスマホから音がして、画面をのぞきこむと、「翻訳できませんでした」と表示されていた。

「時勢か……」

 と土方は寂しげにつぶやいた。


 ミューからひとしきり説明を受けたあと、

『――にわかには信じられんな』

 中隊長は疑わしげな表情をくずさずに言った。

『そりゃあ、わたしもいまだに信じられませんけど、まさかコスプレじゃあるまいし……』

 ミューは頭をかきかき、困った様子だった。


『おれ、知ってますよ』

 横でなりゆきを見守っていた下士官らしき兵士が言った。

『サムライXだ。動画で見たことがある』

『はあ?』

 中隊長は眉根をよせて下士官をにらみつけた。

 だが下士官はさらに続けて、

『明治維新てやつでしょう。旧い政府である幕府は倒されたけど、サムライたちは生き残ってるんだ。かれらはサムライの生き残りなんですよ。ニンジャと一緒なんだ』

 なにか激しく勘違いをしている下士官に、土方は苦笑して、

「おれたちは幕府の臣下だけどな」

『わかってる。幕府のサムライの生き残りだろう』

「そういうこった。しかし驚きだな、未来には忍者も生き残っているのか」

「いや、生き残ってねーし」

 ミューが思わずぞんざいな口調で言った。


 中隊長のこめかみがぴくついている。これはカミナリが落ちるな、と思ったミューが話を戻そうとして、

「ま、まあ証明しろと言われたら難しいんですけど」

『おれ、知ってますよ』

 空気を読めない下士官がさらにそう言って、いきなりテントから出ていった。

 古今東西、どこの軍隊にも粗忽者そこつものは居るものだが、このような人間が下士官をつとめている例もめずらしい。


 しばらくして戻ってきた下士官は、ひと抱えほどもある大きな岩を両手に持っていた。

『サムライならこいつを斬れるはずだろう』

 目を輝かせて、岩を丸椅子のうえに置いた。

『ふむ』

 と、中隊長も興が乗ってきたのか、土方に問いかける。

『斬れるか?』


 土方は無言で大刀を抜いた。そのまま、漬け物石よりひとまわり大きな岩にむかってやや上段に構える。

 ざっ、と隊士や兵士たちが退いた。

 二尺八寸の刀身が鈍く光っている。野性的な刃紋と、土方の涼しげな二重まぶたがあいまって、かれが刀を構えるすがたは、どこか猫科の猛獣を思わせた。


 ――ッ!

 一閃。

 がっ、と丸椅子ごと岩が真っ二つに割れ、

 同時に、きいん、という音とともに、刀が手もとから一尺ほど残して折れた。

 刃が、丈夫そうなテントの布地に突き刺さった。

 みな、静まりかえっている。

「ふん」

 土方は折れた刀を一瞥し、言う。

「おれは銃をとる。できれば、教えてもらいたい」

『ほう。軍に志願するか?』

 中隊長が、鷹揚おうような笑みを浮かべて言った。