13 夜明け

 夜どおし走り、地平線が白くかすみはじめた未明に、隊士と捕虜を乗せた鉄馬車は家々のならぶ集落にたどり着いた。

 日干し煉瓦れんがをかさねたような、角ばった家々がならんでいる。どの家にも庭がついていて、低い土塀でかこまれている。庭には洗濯物が干してあり、ここでの暮らしをうかがわせた。


 鉄馬車の音を聞きつけて、幾人かの住民が外に出てきた。

 橙色の服を着た捕虜たちは、鉄馬車のなかから、笑顔で手を振っていた。なにかさけんでいる。言葉はわからないが、嬉しそうな口調ではしゃいでいる。

 住民たちも手を振ってさけんでいる。住民の女性は一様に頭巾ずきんのようなものをかぶっている。次々と、家から出てきて嬉しそうに手を振った。


 当然、鉄馬車を停めるのかと思いきや、案内してくれた捕虜は首をふって、集落のとなりにある奇妙な建物のほうへ車を走らせるよう指示した。

「なんですかあれは」

 運転している山南が言った。

 その視線のむこう。黄土色や灰色の幔幕まんまくがならび、おなじような鉄馬車が何台も停まっている。


「この者たちの陣中だな」

 土方が推測した。

 山南と土方にはさまれて座っている捕虜の男は、歌でも歌いだすんじゃないかと思うほど嬉しそうになにかつぶやいている。

 帰ってこれた、とでも言うように。

 平らな砂地に、いくつもの幔幕が張ってある。

 見張りをしていた兵士がなにかさけんでいる。

 おそらくそこで寝起きしているのだろう、大小さまざまの幔幕から、味方の兵士とおぼしき下着すがたの男が出てきて驚きの声をあげた。


「言葉はわからねえが、いきなり撃たれるってこたあないようだぜ」

 土方の皮肉なもの言いに、山南は軽く笑って、

「さあて、どうでしょうね」

 と、鉄馬車を停めた。

 隊士と捕虜たちが鉄馬車から降りると、幔幕から出てきた兵士たちに、わっと囲まれた。

 捕虜たちが嬉しそうに小突きまわされている。

 ――生きてやがったのか。

 ――まったく悪運の強い野郎だ。

 言葉はわからなくても、だいたいそんな感じのことを言っているのだろうと隊士たちは推測した。驚いたことに、幔幕から女性の兵士も出てきて、一緒になってはしゃいでいる。

 隊士たちに握手をもとめてくる兵士もいる。

 おそらく礼を言っているのだろう。

 捕虜たちと一緒になってもみくちゃにされたそのとき。


「アミル!」

 女性の声がひびいた。

 すこし離れた場所から、ひとりの女性が涙を浮かべてこちらを見ている。両わきには住民が付き添っている。

 仲間たちに頭をわしゃわしゃとなでられていた捕虜の子供が、はっと振りかえって、涙声でなにかさけんだ。

 おそらく、母親と子供なのだろうと隊士たちは推測した。

 だが、不思議なことに母親は両わきの住民に押しとどめられて、子供のほうにむかってこない。アミルと呼ばれた子供のほうも寂しそうにしている。


「お前、母ちゃんのとこへ行かないのか?」

 左之助が声をかけた。

「なにか事情があるのでしょう」

 山南が言った。

 捕虜と、アミルと呼ばれた子供は、やがて仲間たちにうながされてひときわ大きい幔幕のなかへと入っていった。

「一件落着ですねえ」

 にこにこしながら沖田が言った。それからふと思いついたように、

「私も、鉄砲術でも習いましょうか」

「今回はお前、役立たずだったもんな」

 自分のことを棚に上げて、左之助がからかった。


 兵士の一人が、隊士たちに「ちょっと待ってろ」というような身振りをして、幔幕のなかに駆けこんだ。

 黄土色の小さい幔幕から、なにか言い争うような声が聞こえてきた。

 やがて、

「ったく、こんなところに日本人がいるわけ……いたし」

 と、幔幕の垂れをめくって一人の女が出てきた。隊士たちはいきなりの日本語に驚いた。

 暗緑色の洋服を着て、黒い機械を肩からさげている。浅黒い肌にそばかすが散った顔を怪訝けげんにゆがめて、さらに言う。

「え、しかも、なんで和服?」


 隊士たちがどよめいた。

 久方ぶりに聞いた他者からの日本語は、懐かしく聞こえた。

「お前さんは日本人かね」

 土方が代表してそう訊くと、女はじろじろと土方を見て、

「いやいや、それこっちのセリフっていうか、コスプレ?」

 と興味深そうに言った。

「こすぷれ?」

 土方は首をひねり、

「まあいい。我々は京都守護職御預浪士、新選組だ。市中巡察中に、このような異国まで来てしまった。いまから京へ帰るところだ」


 ぼうぜんと立ちつくす女に、さっきの兵士がばたばたと走ってきて、「ミュー!」と声をかけた。そのまま異国語で何かをしゃべっている。

 ミューと呼ばれた女は疑問符だらけの顔で、土方にむきなおり、

「あ、あの子たち助けてくれたんだ。え、でもどうやって」

「あの鉄馬車を奪ったのさ」

 と土方は端折はしょって言った。

「馬車……」

「とにかく、話の通じるやつに会えてよかった。貴女はいずれのご家中かね。はんは?」

 ミューと呼ばれた女はただ一言、

「はん?」


 勘違いした平助が「御直参ごじきさんじゃねえの」と言った。どこの藩にも所属していないなら、徳川家御直参だろうと思ったのである。当節、女性が主君を持つことはきわめて珍しいが、それなりの庇護ひごがなければ、このような西方の地までは来れないだろうと平助は推測した。

「………………えー」

 ミューと呼ばれた女は困ったように、肩にかけていた機械を顔の前にかかげた。両手で持ったその機械から、ぱしゃり、と音がした。

 はしゃいだように言う。

「激写☆」