06 焼けあと

 地獄、としか言い様のない光景がひろがっていた。

 ボスとともに宿舎から出た隊士たちは、無残に破壊された街のすがたを見た。

 爆発はすでに止んでいるが、石造りの建物は崩れ落ち、そこら中で火の手があがっている。夜空にうかぶ雲が地上の炎にあぶられ、ぬらぬらと臓物のように照り返している。逃げまどう住民たちの悲鳴や怨嗟えんさの声がひびいて、とても現世うつしよの光景とは思えなかった。


 ボスは、てきぱきと異国語で部下に指示を飛ばしている。

 兵士たちは住民と協力して消火にあたり、崩壊した建物から瓦礫を取り除く作業にとりかかった。

「……新選組、加勢するぞ!」

 土方が号令をかけた。

「よっしゃあ!」

 左之助が、小袖こそでの裾をおおきくからげて言った。

「力仕事ならまかせときな!」


「言葉が通じねえから、誤解のないようにあいつらを手伝え!」

 隊士たちは土方の命令どおり、兵士たちの作業を手伝った。

 崩壊した建物から瓦礫を取り除き、一カ所に集め、ケガ人を見つけては止血して兵士を呼んだ。兵士は担架をつかってケガ人を宿舎に運んでいった。

 隊士たちはたちまち、汗と煤にまみれていった。

 かれらは火の粉が飛ぶなかを、ボスや兵士と一緒になって働いた。


「へっ、火消しの血が騒ぐぜ」

 平助がそう言って、宿舎から消火道具を持ってきた。兵士たちが消火に使っている鉄製の樽である。

「どこをどうすんだ?」

 消火道具をいじっている平助を見かねて、斎藤一がやってきた。

「なにをしている?」

「いやおかしいんだよ。みんなぶしゅーって消してんのにどうやったら……」

 ぶしゅー!

 と消火道具から白い粉が勢いよく放出され、斎藤の上半身が白く染まった。

「あ……す、すまねえ斎藤さん」

「こらあ!」

 土方の拳固が、平助の頭に落ちた。

「巫山戯てんじゃねえぞ! 斎藤も武士なら避けやがれ!」

 土方に首根っこをつかまれた平助が、ずるずると引きずられていく。

 斎藤は目の周りの粉をぬぐってつぶやいた。

「……解せん」


 やがて東の空が明るくなりはじめて、消火活動によって家を焼く炎も弱まり、消えた。



「……いやあ」

 隊士のひとりが嘆息した。

「どうしてこんなことに、なってるんですかね」

「ひどいものだ」

 土方がうなずいた。

 朝焼けが新選組隊士たちのすがたを照らしている。ここの気候は寒暖の差がはげしく、涼しくて心地よい風が吹いている。すこし肌寒いほどである。

 救助活動を手伝った新選組は、いまは宿舎の前で見張りをしている。ケガ人の運びこまれた宿舎で外科の治療も手伝おうとしたが、言葉が通じないので追い出されてしまったのだ。


 もともと崩壊寸前だった街が、さらに破壊されていた。

 どこを見ても瓦礫の山である。兵士たちのいる宿舎も、三階部分が消し飛んでいた。

 すこし離れた場所には天幕が張られ、死者が一列に横たわっている。焼くのか埋めるのか、隊士たちは知らない。


「……応仁の乱のころから、人のやることは変わらねえさ」

 どこか寂しそうに、土方が言った。

「用心棒の件、引き受けるつもりですか」

 山南が訊いた。血でよごれた手を洗いたいらしく、しきりに手をこすっている。


 ケガ人の救助が一段落したころ、沖田の働きに感激したボスが、用心棒になってくれと申し出たのだった。

 ボスは、イーアドと名乗った。

 この国の地方司令官だという。

 平助が「猪宿いやどたぁ洒落てるな」と混ぜっかえし、隊士たちの何人かが笑いをこらえた。たしかにイーアドの人相は、どこかいのししを思い起こさせるものがあった。

 土方は、隊士たちと相談して決めるということを、なんとか身振り手振りで伝えたのだった。


「――そうだな、引き受けてもいいかもな。京に帰るにしたって、路銀もなけりゃ話にならねえだろ」

「土方さん」

 左之助が口の端を上げて、

「あいつを奪って帰るってのはどうだ」

 左之助の指さした先には、緑色の鉄馬車があった。後部に幌のついた荷台があり、隊士十六人がなんとか乗りこめそうだった。


「やめておけ。見たところ蒸気で走る馬車のようだが、動かしかたがわからねえし、だいいちイーアドに義理が立たん」

「一宿一飯の恩ってか。まったくうちの大将は……」

「何だ」

 土方がにらみつける。

「いや、なんでも」

 そこに山南が割って入って、

「まあまあ。それにあの鉄馬車の動力は、たぶん蒸気ではありませんよ。なにかとてつもない技術で走っているんだと思います」

「ふむ。あいつが一台あれば巡察もはかどるだろうな」

「またまた」

 沖田がおかしそうに笑った。

「あんなのが京にいたらたまりませんよ。まったく風流じゃないんだから」

「馬鹿いえ。不逞浪士どもを一掃するには、あいつを持って帰るくらいの気合いが必要だろう」


 そして土方は、しばらく朝焼けを眺めてから、

「一句できた」

 と、唐突に言った。

 風流じゃない、と言われたことが心に残っていたのかもしれない。

「ああ、聞きたくないなあ」

 沖田が楽しそうにまぜっかえす。