第8話

 燃えている事務室がある本棟の前には、神浄鬼の面々が集まって来ていた。

 中から炎に照らされて、砂項と詩稀の姿が現れた時、彼等は複雑な様子で、道を空けた。

 二人の前面に、侶進が現れた。

「ドール・メーカーは……?」

 砂項は、下らなそうに、鼻を鳴らす。

「死んださ。どっちもな」

 侶進は、信じられないといった顔で二人を見た。

 砂項は続けた。

「おまえらも、ここは軒払ったほうが良いぞ」

「亨昭の死体があるし、燃えた祠跡もある。

何よりも、死体が多すぎる」

 砂項は、亨昭が殺した刑事の事を言っていた。

「そんな、言われたって、いきなりどうしろってんだよ……」

 侶進は戸惑っていた。

「おまえらが始めたんだろう? おまえらで終わらせなよ?」

「わかんねぇよ。このまま逃げても、神浄鬼の名前とメンバーは残る訳だし、どこにも行き場なんてねぇよ……」

 侶進は情けない声を出した。

「おまえは一人殺してるな?」

 砂項は、突然言った。

 彼は見鬼だけではない。見記とも言うべき、人の記憶が見えるのだ。

「……あれは、事故だ……」

 侶進の言葉には力が無い。

「安心しな。おまえが出頭するなら、全て解決する方法を教えてやる」

「なんだよ、そんな方法があるのか!?」

 侶進は驚いて、砂項を正面から見つめる。

「ああ、言うとおりにしな。条件は、おまえが出頭することだ」

侶進はまた迷ったようだった。

「あれは、事故だよ」

「わかってる」

「事故だったんだ!!」

 侶進はいつの間にか、泣きそうな声になっていた。

「ドール・メーカーも絡んでただろう。少しは弁護してやらなくも無い。ただ、法の制裁は受けろ」

「さもなければ?」

「今回の事件が全て神浄鬼のせいになって、おまえらは大量殺人犯として捕まることになる」

 侶進は、畜生と吐き捨てた。

「……どうすればいい? 出頭するよ。警察に行く」

 泣き顔はもう消えていた。

 決意に満ちた表情を上げている。

 砂項はうなづいた。

「言いだろう。おまえらが集めた金を全て使って、今伯蛟が誘拐しているクリオ社社長を解放して貰うんだ」

「クリオ社社長を?」

「あの社長は、元々久司町のアングラのボスとも言える男でな。それで、解放させて全て彼に任せるように頼むんだ」

「まさか、あの社長がそんな人とは……」

 驚きで、侶進は声も出ないといったところだった。

「おまえのその一端にいたのに、知らなかったか。まぁ当たり前だが」

「なんで当たり前なんだよ」

「基本、裏のボス的なスタンスでいた人じゃないからな。できるだけ、一般人を装って、最後まで自分か面倒に手は出さないような人だし」

 侶進は妙に納得した。

「わかった。言われた通りにする」

「ああ、物わかりの良い奴で良かったよ」



 翌日の朝、侶進は五十億には届かないが、三十億近くある金をそれぞれのバイクに積み込み、伯蛟の本部に現れた。

 相手達は、今騒ぎを起こしている神浄鬼とあって、さすがに驚いた。

 本部といっても、彼等の一人が経営する割と広めの喫茶店だ。

 客は夕方から変わるが、朝は伯蛟の溜まり場になっている。

「今、クリオ社長を誘拐している連中と話しがしたい。

 言って、バックの一つから札束をテーブルに山とぶちまけた。

 伯蛟の面々の一人が、携帯を手にその場で連絡を取る。

 彼が相手が通話にでた携帯を差し出してくる。

「もしもし」

『神浄鬼が俺たちに何のようだ』

 暗い、どんよりとした声。

 半ば、絶望して、先が見えずにいる者の声だった。

「クリオ社長を解放して貰おう。身代金は五十億もないが、三十億近くある。それで、手を打たないか? あんたらもどん詰まりにいるよりマシだろう」

 相手は考えるようにしばし沈黙した。

『金は本当にあるんだろうな?』

「ああ、誰に渡せば良い? 喫茶店の面々か?」

『いや、直接持ってきて貰おう』 

「場所は?」

『サイラホテルのスイートだ』

 意外な場所だった。

 サイラホテルといえば、クリオ社長の持ち物のホテルの一つなのだ。

 彼等は、警察の遠くにいるようで、足元にいたのだ。

「わかった。これから行く」       

 侶進の仲間達は札束を再びバックにしまっていた。

 出て行くとき、何か言われるかと思っていたが、伯蛟は無言で彼等を送りだした。



 砂項と詩稀は、病院からの家に戻った。

 身体のいたるところに、ガーゼを張られて、二人とも、見るも無惨な格好だった。

「お帰り……うわ、どうしたのそれ!?」

 陽香が玄関まで迎えに出て、二人の姿に驚く。

「いやぁ、割と手こずった」

 砂項は快活な笑みを浮かべた。

「そちらの方も、大丈夫だったかい? 伊左衛門は?」

「ああ、いてくれたよ。ただ、以外と短期というのが判明したけど」

 砂項は何のことかと思ったが、先にさっさとリビングに行ってしまった詩稀は、散らばるジグソーパズルのピースを見て、頭をかいた。

「どうしたこれ……あたしより癇癪持ちいた?」

 詩稀は驚いて、彩葉を見た。

「あーと、伊左衛門がね……ちょっとパズルに怒っちゃって」

 彼女は調度、掃除機を持ち出してきたところだった。

 よく見ると、ピースは全て切断された跡があり、まさかと思うが、全て伊左衛門が斬ったらしき跡になっていた。

「あの朴念仁でも、遊んでくれたのか……。あたしは無視してたくせに……」

 詩稀は多少拗ねた声を出す。

 そこに、侍がぼんやりと姿を現し、珍しく微笑みを詩稀に向けた。

「伊左衛門、今度はあたしと遊んでよね!」

 侍はうなづくと、姿を消した。

「……意外と面倒見が良い奴だったりして」

 リビングに入ってきた砂項が言い、そのままキッチンに入る。

 冷蔵庫からビール缶を取り出して、ソファに座った。

「ああ、砂項さんも詩稀ちゃんも、そんな姿で……ごめんなさい、全部私が悪いのに……」

 急に意気消沈した彩葉は、頭を下げた。

「気にしなくて良いんだよ、彩葉。今回のことは、仕方ないんだから」

「仕方がないって……」

 聞き返すが、返事が返ってくる代わりに、テレビがリモコンで映されて、ニュースが流れた。

 ニュースキャスターが、イサカ重工跡地での火事の事件を解説している間、上段で、テロップが流されていた。

 そこには、伯蛟がクリオ社長を解放したと書かれていた。

「え、誘拐事件、解決したの!?」

 彩葉がテレビを見て、驚きの声を上げた。

「しかもイサカ工場跡の火事って!?」

 彼女は砂項と詩稀を順番に見つめる。

「ああ、ドール・メーカーの事件は終わったよ。本当なら勝手に終わるはずだったんだけど、今回は、ちょっと入り組んでしまったからなぁ」

「勝手に終わる?」

 また、彼女は聞き返す。

 砂項はビールを一口飲むと、うなづいた。

 彼は、彩葉に目を向けた。

「ドール・メーカーってのは、思春期に一部の者が見る、一過性の怪異だったんだよ。それが、誰かのせいで、誰にでも見せれるようになったから問題になって、コピー・キャットまで出てきたんだけど。本来は、実害のない、ただのびっくりお化けなんだ」

「えっと、それって、私が騒ぎ過ぎて……」

 砂項は笑って、何でも自分のせいにしようとする彩葉の言葉を遮った。

「違うよ。今度のは、元々悪い大人がいてねぇ。正直、そのその人のせいで、ここまでなったと言って良い」

「解決したんですか?」

「したよ」

 彩葉は、しばらく無言だった。

「でも、死んだ人は還ってこない……」

「侶進の奴、けつまいたんだね」

 陽香は、二人の間に入ってきた。

「ああ。集めた金でクリオ社長を解放しろと言ったけど、本当にしたところが良いところだな。金持って町から逃げるって手もあったのに。これから、神浄鬼は大変だよ、きっと」

「さぁて、事件は解決した。めでたいめでたい!」

 陽香は、さっぱりとしたようで、快活な笑みを浮かべて、一人うなづいた。

「ちょっと待って、陽香。でもね、あたしの大切な友人はもう戻ってこないの……」

 彩葉は、うなだれていた。

「詩稀」

 砂項は、部屋の隅であぐらをかいている少女を呼んだ。

 彼女はうなづき、鶴を折り出す。

 一個、二個と、以外と早いペースで次々に、折り紙が出来てゆく。

 そうするウチに、一羽、一羽の羽が伸び、ゆっくり浮かんで、砂項の傍に落ちてきた。

 砂項は、そのうちの一つを、広げて彩葉に見せる。

 一枚目はただ、明日、午後一時三十分と書かれているだけだった。

 一体、何がと思った彩葉は、次に広げられた折り紙を覗く。

 JR久司駅。

 次の鶴。

 蒼いワンピースと黒い帽子。

 彩葉はまさかと、思考を飛躍させて思った。

 さらに広げられた鶴には、お土産はごめんね。と文字が浮き出ていた。

「まさか!?」

 彩葉は溜まらず、声に出した。

 砂項は、ビールを一口仰ぎ、微笑んだ。

「そのまさかだよ、彩葉」

「嘘、だって、彼女、確かにドール・メーカーに焼かれて……」

「言っただろう、本来のドール・メーカーはそういう面があるんだ。思春期の子の周りの者を、一端燃やさせるというね」

「でも、信じられない!」

「何々、どうしたの?」

 陽香は、詩稀の鶴を覗き込みながら、話がつかめないでいる様子だった。

「ドール・メーカーに殺されたはずの友達が、生きているかもしれないの、陽香!」

「ええ、良かったじゃん!」

 陽香も素直に喜んだ。

「えっと、どんな子? ちゃんと紹介してね?」

「うん。するよ。きっと陽香も気に入るはずだよ!」



 次の日の午後一時十分頃。

 彩葉と陽香は、久司町に唯一ある電車の駅で、ひたすら待っていた。

 日差しは澄んで暖かく、風は緩やかだが涼しい、外室日よりだった。

 すでに陽香は、砂項にいって、彼の家、では無いが、家で歓迎パーティの準備をさせていた。

 詩稀は乗り気だったが、砂項はあからさまに面倒くさそうな顔をしていた。

「なによ、これが最後なんだからいいじゃない!」

 陽香はそう言って、強引に砂項にも準備からパーティまで参加すように言っておいた。

「……へーへー、隙にしてくれよ、もう」  諦めた砂項は、半ばふてくされながら同意していた。

 列車がトンネルを抜けてきたのが見えた。

 時間は、一時半寸前。

 あの列車に乗っている事は確実だ。

『久司町駅ぃ~、久司町駅ぃ~』

 アナウンスが到着を告げた。

 ホームで待っていた彼女らから少し離れた車両から、帽子を被って、ワンピースを着た璃良が下りてきた。

「璃良!」

 彩葉が手を振って駆け寄る。

 瑠良のほうは、彩葉を見て驚いたようだった。

「え!? え、彩葉!?」

 目の前まで来た少女を下から上まで見て、信じられないという表情をしていた。

「彩葉だよ、璃良! お帰りなさい」

 ニッコリと笑って、彩葉は瑠良に言った。

「た、ただいま。ただいま、彩葉!」

 瑠良は、荷物をその場に落として、彩葉の首元に腕を絡ませて抱きついた。

「うぉーーーー、ぐるじぃーーー……」

「ああ、ごめん、力入れ過ぎちゃった。   身体を離し、瑠良は心配げに彩葉の顔を覗いた。

 彩葉は笑っている。

「こんにちは、彩葉さん。私、陽香。彼女の友達の一人よ? よろしく」

 後ろで見ていた陽香が、そろそろ良いだろうと、挨拶してくる。

「陽香さん? よろしくね?」

 瑠良は微笑んで、軽く彼女を抱いた。

「でも、あたしがここに来るってよくわかったね、二人とも。誰にも言ってないはずなんだけどなぁ」

 二人は、目配せをして、笑った。

「え、なになに?」

 釣られてにやけた瑠良だったが、自体がよくわかっていない。

「砂項さんが教えてくれたんだよ?」

 その言葉に、瑠良は一瞬驚き、すぐに納得の表情になった。

「なるほど。あの人なら、わかりそうなものね」

「さぁさぁ、瑠良、寮に還ってきたんでしょ? 荷物置いたらさ、砂項さんのところに行こうよ」

「ん。なにかあるの?」

 やたらと嬉しげな彩葉に、瑠良は思わず訊いていた。

「瑠良が還ってきたパーティーだよ?」

「な、何それ。ちょっと、恥ずかしいなぁ。大げさじゃない?」

「大げさじゃないよー!」

「それなら、あたしにも提案があるんだけどなぁ?」

 瑠良はふと思い出したようだった。

「そういえば、彩葉、あたしの焼死体、見た?」

「見たよー! ものすごいショックだったよー!! 瑠良、生きてて良かった」

 急に泣き出しそうになった彩葉に、瑠良は、口を開いた。

「実は、あたしも見たの」

「え? 何を!?」

「彩葉の焼死体」

「ええー!?」

「それで、ショックで一時、故郷に戻ってたんだけど……そっかぁ、お互いがみたのかぁ」

「なんか、砂項さんが言うには、思春期の一過性の幻覚のようなものらしいよ」

「そっかぁ、幻覚だったのかぁ。よかったー、あたしの可愛い彩葉が生きてて!!」

 再び、瑠良は彩葉に思い切り抱きつく。

 今度は彩葉はいくら苦しくとも、文句は言わなかった。

 思いは同じなのだ。

「私も仲間にいーれて!」

 外から陽香が、二人に腕を回してくる。

「何!? いや良いけど、陽香、突然!」

 彩葉は、笑った。

「それじゃあ、砂項さんのところに行こうかしらね、皆の衆!」

 陽香が明るく言って自然と三人は歩き出した。

 空は晴天に晴れている。

 彼等の足取りも軽く、コンクリートの影もぴったりと主にくっついて濃かった。


了