第20話 フィールドボスと戦わせないでほしい

 リフェス族の領地、神樹都市セネカ。

 神樹ネロが発する神秘的な霧に包まれている。



 近接するダンジョンのニーチェ墓地のマミーを10体倒して《マミーの包帯》を手に入れ、カールトンネルのあの因縁のクレイバットではなくゴーストを15体倒して《黒曜石》を手に入れなければならない。この2種類のアイテムを神樹ネロに捧げることでここでのクエストはクリアとなる。が、マミーは炎属性の攻撃に弱く、ゴーストは《棍棒》のような打撃系の武器が効かないというカイリにとっては鬼門となるクエストである。


「さて、カイリちゃん」


 習得するなら《ファイアボール》の次の《ファイアウォール》が範囲攻撃なので今回のクエストにはこれ以上ないほどにピッタリなのだが、カイリ自身の問題を考えると《フリージング》を習得するルートが正しいだろう。また倒れられたら、レモンティーから何を言われるかわかったもんじゃない。ルナはスマートフォンでカイリへと、スキルツリーで《スプラッシュ》を覚えるように指示するメッセージを送った。カイリは「了解です!」と返して指示通りに《スプラッシュ》を習得する。水属性の魔法攻撃であり、クリティカルダメージが出やすい。単体攻撃なので各個撃破しなければならないが。


「これ、渡しとくニャ」


 すかさずレモンティーが《白銀の杖》をカイリに渡した。ウィザードの専用装備で、通常の杖よりも攻撃速度が上がる。これにより、魔法攻撃をした後に次の魔法攻撃を放つ間隔が短くなるだろう。

 メイジで同等の装備は《プラチナロッド》である。レモンティーはメイジからジョブチェンジする気はさらさらない。元ウィザードとして、自身の倉庫で残っていた。カイリはレモン先輩からの初めてのプレゼントに「ありがとうございます!」と何度もおじぎして感謝する。


「レモさん?」


 驚いたルナにウインクしながら「将来の“勇者”様に貸しをいっぱい作っとかなきゃニャ」と語るレモンティー。その勇者という単語に、ルナは眉をひそめた。あれだけ転生者であるということを隠せと言ったのに。


「頑張りますよー!」


 新たな魔法と強そうな装備を手に入れてカイリはやる気満々。

 向かうはセネカから西へ進んだ先のニーチェ墓地!


「……なんか、先客が見えますね?」


 墓地なのに、なんだか賑わっている。墓地というだけあって確かにお墓のようなオブジェクトが立ち並んでいるのに、その一角にルナが装備しているようながっちりとした鎧を身にまとったスニーカ族の一般プレイヤーたちが輪になって談笑していた。


「あそこはフィールドボスのマミークイーンが出てくるニャ」

「フィールドボス?」


 カイリが首を傾げると、突然「妾の眠りを邪魔する者は誰だ」というおどろおどろしい声が耳をつんざいた。声のするほうを見上げてしまう。

 体長3メートルほどの、包帯がぐるぐる巻きになった巨人が現れていた。マミークイーンというからには女性なのだろうが、その顔も包帯に隠れていてわからない。女性らしさをなんとか探すとすれば、包帯の端がドレスのように広がっている点だろうか。


「あれと戦うんですか!?」


 カイリは声が裏返ってしまったが、レモンティーはイヤイヤと手をパタパタさせながら「アンタじゃアレを倒すのは無理ニャ」と否定した。カイリが倒さなければならないのは通常モンスターのマミーである。フィールドボスに挑む必要はない。

 しかし、今まさに相対しているスニーカ族のパーティーにもマミークイーンは倒せないだろう。一般プレイヤーの画面ではわかってしまう。

 その巨体から繰り出される薙ぎ払いのダメージは大きい。まともな装備でも半分持っていかれる。さらに注意すべきは《即死》効果のある《ダイイングメッセージ》という技である。まともな装備に《即死》耐性をエンチャントできているかそもそも《即死》耐性のついている装備でないとこの《ダイイングメッセージ》を食らうと戦闘不能になってしまう。どれだけ回避率を上げていても避けられない。


「加勢するわよ」


 見ていられない。ルナはスマートフォンを呼び出すと装備を《即死》耐性のある《エンジェルアーマー》に入れ替える。武器もマミークイーンの弱点を突く《ライトニングソード》に持ち替えた。と同時にカメラを起動してスニーカ族のパーティーのジョブを確認する。ソルジャーとナイトとサマナーだった。上位職がひとつもないとは嘗めたものである。


「お姉様の戦い、刮目しなさいニャ」


 レモンティーはカイリをマミークイーンの《ダイイングメッセージ》の有効範囲から遠ざけてから、ルナに駆け寄ってメイジとしての本業を始める。《テレポート》だけがメイジの仕事ではない。まずは自身のMPを《チャージ》してから《スピードアップ》と《アタックアップ》をルナに付与した。ルナは自身の《移動速度上昇》もあるので、通常時の3倍は素早く行動ができるようになる。次に《クリティカルアップ》も唱えた。アイテムの《会心率上昇》スキルよりは劣るものの3回に1回は『critical』の表示が出るようになるのが心強い。


「な、なんか来たぞワン!?」

「ルナ? ……ルナってあのワン?」


 一般プレイヤー達の困惑に「挨拶は後ほど。最後の一撃はあなたたちに任せますわ」と答えるルナ。はっきりと『ラストアタックは譲る』と明言しておくのが作法。マミークイーンから手に入るアイテムは†お布団ぽかぽか防衛軍†には必要ないので、獲物を横取りする気はさらさらない。このままでは彼らが獲物になってしまうので、それを不憫に思っての割り込みである。このレベル帯のデスペナルティは明けるまでに半日かかってしまう。


「はいはーい、死にそうなのは誰かニャ?」


 ウィザードの《リジェネレーション》やメイジの《ヒール》はパーティーメンバーでなくとも回復することができる。回復させたいプレイヤーにカーソルを合わせてスキルを発動すればいい。レモンティーはスニーカ族のプレイヤーたちを順番に全回復させていく。


「神だ……神が現れたワン!」

「感謝するならウチじゃなくてお姉様に言ってほしいニャ」