第三話 《裏切り》


「……嘘ぉ」


「え、なんで開いたんです?」


「わ、分かんないわよぉ」


 喜ぶというより困惑に一行はその場に佇む。いっそ恐怖を覚えていたといってもいい。


 と、そんな一行の前に、通路を潜って何か小さなモノが飛来してきた。


 掌に乗るような小型ドローン。虫のように複数の脚をワキワキさせ、中央部に発光体を埋め込まれたそれは、いかなる原理によっては無重力空間を自在に飛び回り、ミスズの前までやってきた。


 ミスズは動けない。突然の事というのもあるが、警備ドローンの襲撃の可能性、という単語が頭に浮いた当たりで恐怖に固まってしまっている。冒険家を名乗る考古学者の中には、戦場であっても平然と対応するようなのもいるがミスズはそのタイプではない。彼女は理詰めで危険を排除して事にあたる学者タイプであり、突発的な暴力には対応が遅れる。


 もしそれが本当に起動した警備ドローンであれば、ミスズの命は無かっただろう。だが幸いにも、このドローンはそういう物騒な目的の為の物ではなかった。むしろ、その逆。


『PiPiPi』


 小さく鳴いて、ドローンが柔らかい光を放射する。対象は、怪我をしたミスズの指だ。光を浴びた彼女の傷口が、立ちどころに塞がっていく。傷が高速再生するむず痒い感触に、ミスズは思わず目を見開いた。


「え、治……え? ええ??」


『PiPi』


 指を目の前にもってきて確認する彼女に、ドローンは小さく鳴き返すとそのまま奥へと引き換えし姿を消してしまう。


 通路は開かれたままだ。状況に置いて行かれたスタッフが茫然と佇む。


「え、何が……て、クロカワ先生、今の……」


「治った! 治ったわ! 大した傷じゃなかったけど、間違いなく切り傷が今の一瞬で! 外部から修復細胞を投与した訳でも、私自身の治癒能力を活性化した感じでもないわ、どうやったのかわからない! とんでもないテクノロジーだわ!!」


「あ、そ、そうですか……。え、まさか、今の、先生の怪我を感知して治しに出てきたって事……?」


「信じられないけど、状況を見る限りはそういう事ね! 凄いわ、何が具体的にどう凄いのかは言語化できないけど、凄いわ!!」


 興奮のあたりぴょんぴょん跳ねるようにミスズが通路の奥へと進んでいく。スタッフ達は一瞬、どうする……? という風に顔を見合わせたが、結局彼女の後に続いた。


 扉は数メートルほどの分厚さがあった。強硬手段をとっていたとして、これを突破するのは到底不可能だったろう。


 そしてトンネルとしか呼べない通路をくぐると、不意に明るさが目に差した。


「わあ……」


 目の前に広がっているのは、所謂埋葬室に似た空間だった。


 透過処置か、それとも映像か。外部の宇宙空間が映し出される多角形の玄室。その壁際には、いくつもの副葬品がそろえられている。無数の武具や、用途の分からない道具、無数の結晶体。恐らくそのほとんどが現代人からすれば人知の及ばぬ超技術の産物であり、使われている技術もけた違いのはずだが、その中にしれっと槍や剣にしか見えない武器が混じっているのは不思議な感じがする。例えば数千年前の、大断絶後人類が宇宙への再進出を果たす前の再発展時代の遺跡であるならば、こういった空間があって当然なのだが、今現在と比較しても桁違いに優れた技術と文明を誇っていたとされる大断絶前の遺跡にこのような部屋があるのは、奇妙ではある。


 大断絶前の人類は、その技術に反して信仰深かったのだろうか? あるいは、今現在の人類からは理解できない理由と需要によって、この部屋が作り出されたのだろうか。


 ミスズは考察を進めながら、部屋の中央に向かう。


 そこには、一つの棺があった。基本的には、部屋の主……王族か誰かの遺体が、玄室の中央には寝かされているものだ。白骨死体か、それとも冷凍睡眠か? どちらにしろ数万年の時間を過ぎていては覚醒は望み薄ね、と思いながらミスズは棺を覗き込んだ。


 だが、そこに収まっていたのは彼女の想像したものではなかった。


「あれ……?」


 そこに収まっていたものを、ミスズは最初金属製の骨格モデルだと思った。だがよく見ると、単純に金属製の骨格模型、というものでもない。


 一見すると全体的に骨っぽくはあるが、同時に力強さを感じさせる太さがある。肩は大きく張り出し、胴体も胸板が非常に分厚い。太ももや二の腕も太くがっしりとしていて、どちらかというと骨と鎧が融合したような、あるいは骨のデザインを取り込んだ全身鎧のようであるともいえる。


 骨そのものではなく、モチーフにしたロボットか何か、と言った方がしっくりくる印象だ。そんなものが、棺の中で腕を組み、静かに眠っていた。


「あらあら?」


 困惑しながらも、ミスズは好奇心に目を輝かせた。


 彼女の知らない文化と風習だ。大断絶前といっても人間は人間であったはず、彼らが金属の肉体をもった機械生命体だなんて話はあり得ない。となると、ここは副葬品が収められた玄室ではなく、もっと違う意味合いのある部屋なのだろうか? もしかして貴重品を収めた倉庫という事になるのか? あるいは何かしらの記念碑?


「あらあらあら!」


 見た所、金属骨格は戦闘力を持ち合わせたハイエンドモデルのようにも見える。そうだ、例えば並べられている刀剣の類、人間が持つにはあまりにも重そうだが、彼が持てばちょうどいいのではないか? もしかしてここは、白兵戦用の特殊ロボットの格納庫だったりするのかもしれない。


 どちらにせよ、聞いたことも見たことも無い。新発見だ。


「うふ、うふふふ! よくわからないけど凄い発見よ! 歴史がひっくり返るかもしれないわ、ううん、それだけじゃない、この部屋にあるものの解析でどれだけ文明が回帰できるか! 素晴らしいわ、早速アカデミーに連絡を取らないと! ここにある物、チリ一つだって無為に持ち出すわけにはいかないわ! スタッフ達、ここを監査に備えて固定処置するわよ、手伝って!」


「…………」


「どうしたの? あ、報酬の件ね、大丈夫よ! 心配しないで、アカデミーの連中もこれを見たら吃驚するわ! あの名誉欲の権化どもの事だから、いくらでも出すから一枚かませろ、って言ってくるに決まってるわ! ふふ、なんだったら契約の数倍だって払っちゃうわよ。私も、もう大学でせこせこバイトして活動費貯めなくてよくなるんだわ! これから、もっと広く、遠くまで活動範囲を広げて、いつか……」


「……いえ。そういう話じゃないんですよ、クロカワ先生」


「え?」


 ミスズは、突発的な暴力に対して鈍い。それは先ほども見た通りだ。


 だから、今も。


 信頼していたスタッフ達が突然、テイザーガンを自分に向けた、という事実を目の当たりにしても、彼女は状況を理解できずにきょとんとするだけだった。


 バヂンッ!


 電撃の弾ける音と共に、ミスズの体が痙攣し、その場に倒れ込んだ。倒れた彼女のインナーの一部が破け、その下の柔肌は電気的火傷に黒く変色していた。


 電撃で全身が麻痺し、身動きも声も出せないまま、ミスズは状況を理解できずにスタッフを見上げた。


 彼らの顔はバイザー越しには見えない。ただ、今のミスズにはその声色が妙に酷薄に聞こえる。


「よかった。宇宙服を着たままだったら殺す気で最高出力を撃たなきゃならなかったんですけど、脱いでくれていて助かりました。コイツで撃ち殺すと焦げ臭くてたまらないんで」


「な……で……」


「契約してるのに、ですか? いえ、実はですね、俺達クロカワ先生の依頼を受ける前に、プロフェッサー・モルガンの依頼を受けていたんですよ。もし、クロカワ先生が今回の調査で何か歴史的な発見をしたら、その場でアンタを殺して成果を横取りしろって。申し訳ありませんね、契約は契約でも、先約が大事なもんで」


 悪名高い同業者……いや、犯罪者そのものの男の名を聞いて、ミスズが目を見開く。


 ミスズとて、それなりにこの世界の裏を覗いている。証拠捏造、成果強奪、時には鉛弾が飛び交う、罪業深い側面を。だからこそ、時間をかけて信用できるスタッフを選び、信頼を積み重ねてきたつもりだった。それなのに。


 モルガンが一枚上手だったのか、ミスズがまだまだ甘ちゃんだったのか。


 絶望で目を見開くミスズを見下ろしながら、男達が彼女を取り囲んだ。一人が彼女の腕を掴んで仰向けに押さえこむ。


「ああ、すぐには殺さないですよ。情が移ったとかじゃなくて、前から興味あったんですよね。10億人に一人って言われてる黒髪黒目の女がどんな具合なのか」


「俺は正直どうでもいいけどな。胸もないし、肉付きも薄いし」


「ばっか、こんな仕事しているのに不勉強だなお前は。昔はこういう、スリムなスタイルが流行りだったんだよ」


 これまでと変わらないように、軽口を叩き合う男達。その内容が、ミスズにとって悍ましさのあまり泣き出したくなるようなものでなければ、これまでと何も変わらないように見える。


 ああ。やっぱり自分に見る目が無かったんだ、とミスズは後悔した。


 これまで散々聞いていた彼らの軽口、その裏に爬虫類じみた、非人間的な軽薄さが透けて見えていた事にこれまで気が付かなかったなんて。


 伸びてきた男の手が、彼女のインナーの襟元を掴み、そのまま股下まで一気に引き裂いた。恐怖に悲鳴を上げるが、痺れた体では潰された虫のような声が出るだけだった。


 控えていた男が乱暴にミスズの脚を押し広げ、インナーを破った男が脚の間に体を押し入れてくる。


「んー。ちょっと物足りないが、まあいっか。抵抗されたら面倒くさいし」


「どうする、薬打つか? どうせ殺すんだしぶっ壊れてもいいだろ」


「バーカ、思いやりがねえなあお前。せっかくの初めてなんだから、ちゃんと経験させてやらないと可哀そうだろ。あの世にもってける数少ない思い出なんだからなあ」


「へへ、優しい事で」


 恐ろしい会話が自分の頭上で飛び交っている。麻痺していなければ、恐怖のあまりに歯を震わせていただろう。


 ところで。


 ミスズが、とっさの時に動けない鈍い類の人間であるというのはすでにご存じの話であるが、それはイコール、思考が止まっている訳ではない。動く、という結果に出力されないだけで、この状況でも彼女はどこか他人事のように、客観的に周囲の情報を収集していた。半ば現実逃避も入っていたそれだったが、だからこそ、彼女はふと、おかしな事に気が付いた。


 男達は自分の上と下で体を抑え込みながら会話している。では、この、自分のお腹にかかっている、六人目の影は、誰のものだ?


 マヒした視線で、玄室の中央に目を向ける。笑ってミスズを見下していた男が、彼女の視線に気が付いて眉を潜めた。


「なんだよ。これから先生を女にしてやるってのに、どこを見て……」


 釣られるように視線を向けた男の言葉が、半ばで途絶える。


 視線の先。玄室の中央。金属の躯が眠る棺の中。


 そこに、立ち上がる姿があった。


 ギラギラと黒鉄色に輝く、金属のスケルトン。それが、音もなく動き、起ち上っていた。


 卑俗なる者達を見下ろすその眼窩に、緑色の炎を滾らせて。