「へぇ、この世界をおかしいと思ってる人が、僕達の他に三人もいただなんて……。なんだか、急に認めてもらえたみたいで嬉しいね」
姫花から切り出された人数が意外と多くて、僕達は驚きを隠せなかった。
「あの……最初は、友達の
緊張しているのか、姫花の言葉遣いに敬語が混じる。
「そうしたら、二人のことを教えてくれて……。ただ、私が、その……ふ、二人みたいに浮いてしまうんじゃないかってことも心配して考えてくれて、いきなり直接話しかけるのはやめた方がいいってアドバイスしてくれたんです」
少しだけ申し訳なさそうに話をする姫花に、気にしなくていいんだよと微笑みかける。僕らが構内で浮いているのなんて日常茶飯事だ。空の彼方へ飛んでいってしまうほど、常に浮いているのだから。
「それで、試しにネットでそういう話を出来る、似たような考え方の人がいないか、探してみてくれたんです」
どうやら、莉奈という子は、姫花とは対照的なタイプのようだ。おそらく、姫花は人と違う考えを持っていると知られたところで、理解はされなくても迫害されることはないと思っているのだろう。
残念だけれど、人間はそんなに善良では無い。
人の悪意なんて考えもしていない姫花とは違って、莉奈という子は慎重に周りや後のことまで考えられるタイプの人なのだろう。
僕達のこの考えが倫理的に悪いというわけではないけれど、当然理解してくれない人のほうが圧倒的に多い。
下手にバレてしまえば、姫花だって僕らのように異常者扱いされてしまうかもしれない。
「その莉奈っていう子は、姫花のことが本当に大切なんだろうね」
「……うん! 私の大切な、自慢のお友達なの……!」
本当に大切な友達なのだろう。姫花は僕の言葉に食い気味に返事をすると、これまで見たことのない堂々とした様子でにっこりと微笑んだ。
それにしても、莉奈という子は、姫花が人の悪意に晒されないようにと、まずは匿名での交流を勧めたようだけれど、生憎……僕達はネットには強くない。
姫花の話を聞きながら、なにやらパソコンをいじっていた真人が振り返ると、再び姫花に問いかける。
「……ってことは、後の二人っていうのは、ネットで声をかけた奴ってことなのか?」
「会ったことは無いから、名前しか知らないんだけど……男の人と女の人みたいなの」
「みたい?」
「ネットで話す時には、性別もプライベートも聞かないのがマナーだって、莉奈が言ってたから聞いていなくて……」
なるほど。それなら、性別は言葉遣いから想像するしかないわけだ。
「じゃあ、話をするにしてもそのメンバーが集まってからにした方がよさそうだね。莉奈って子と、明日もう一度来てくれるかな? 何をするってことはないんだけど、残りの二人のことも聞きたいし、僕はネットに疎いから……その子を混じえて話したほうが早いだろうからね」
僕がそう言うと、姫花は俯いてしまい、今度はすぐに頷いてはくれなかった。
困った様な顔をして、言いにくそうにしているものだから、代弁するように真人が喋りだした。
「姫花が気にしてるのは、莉奈のことだろ? 姫花達がこれから、俺達の
単純な話だ。だけど、僕達へ直接伝える申し訳なさからか、姫花はこの一言が言い出しづらかったようだ。
男だったら、僕らの様に『変な奴』『ただの物好き』と思われるぐらいで済むし、他の人だって結構普通に話しかけてくる。
けれど、女の子にはきっと僕達には想像できないくらいの複雑な人間関係があるはずだ。
わざわざ『変な奴』に話しかけてくるような人は、きっと少ない。
「私は、元々人付き合いが苦手だから……友達も少ないし、大丈夫。でも、莉奈は……友達が多いから、私の勝手で巻き込めない。だから、もし来れなかったらごめんなさい……」
姫花は頭を下げて、それだけ言うと、逃げるようにパタパタと走って研究室を後にした。
僕はただ、その後ろ姿をじっと見つめることしかできなかった。
「……僕達のことは気にしないで、って言えばよかったのに、言ってあげられなかったよ」
普段なら、ペラペラといく通りもの言い回しがでてくる癖に、こういう肝心な時に限って、なんて声をかけたらいいのかわからない。
たった一言かけてあげれば良かったはずだ。それで少しでも心の負担を軽くしてあげられたら良かったのに、また来て欲しいと願ってしまった。
僕の我儘が、本当は伝えるべきだった言葉を押さえつけていた。
姫花に伝えられなかった言葉が、もやもやと胸の中を漂っている。
「本当に、上手くいかないな」
「お前と姫花って、なんか似てるよな」
「……どこが?」
「本当は人付き合いくらい出来る程度には人と話せる癖に、余計な事ばっか考えすぎるせいで、人付き合いが苦手なとことかさ」
一番考えすぎてるのは、お前のほうだろ。
人一倍敏い親友に、そう言おうとしたけれど、結局それを声に出して伝えることは出来ずに、僕はその言葉を呑み込んだ。
本当に、何一つ上手くいかないな。
呑み込んだ言葉は、魚の骨のようにずっと喉の奥につっかえたままだ。
「とりあえず! 明日も姫花は来るっていう前提で動こうぜ。今日はやることもないし、俺らも早く帰っておくか。なぁ、王子様」
「ひっぱらないでくれよ、それ……」
長い付き合いなのだ。言葉には出さないだけで、僕らはお互いの気持ちが、手に取るようにわかってしまう。
今日のところは、真人なりの優しさに乗っかってあげよう。過剰に心配するわけでもない、この距離感が僕にはとても心地良かった。
僕達はいつも通り、オチのないくだらない会話を続けながら戸締りをすると、研究室の鍵を閉めた。
下手な励ましよりも、くだらない会話こそが変わらない日常を感じさせて、僕を安堵させる。
不器用な僕らのコミュニケーションは、本当はなんてことないくらいに単純なのだ。