百十話 「贖罪の旅」



 カロス視点。



 賢者は歴史から学び、愚者は経験で学ぶ。


 石の少女に魅入られた話は、僕の人生の中でなかなかに濃い物だった。



 彼女は病魔の魔族。

 石の女王と呼ばれ。

 過去の神話に名を連ねて、僕の目の前に、忽然と現れた。



 可愛らしい髪の毛をした彼女は。可愛い瞳をしていた。

 ただその瞳は。呪いの瞳だった。


 見る物全てを疫病で犯してしまう彼女の呪いは。

 彼女を孤独にしていた。


 そんな孤独な彼女は、孤独な僕と出会ったのだ。


 孤独な森のサバイバル生活の中、出会ったあの少女は。自分の思いを子供に託し、身を封印した。


 彼女は大きな罪を抱えていた。

 その罪を彼女は、罰してほしかった。

 彼女は魔族で、女王で、そして人間だった。


 人間だったのだ。本物の、人間だった。

 人を殺してしまう事に。何度悩み、何度苦しみ、何度自分を許さなかったのだろうか。

 そんな状況でも。彼女は。

 自分を保って罪を自覚し続けた。


 そして戦いがついに終わった。

 罰が与えられた。

 新しい罪悪感、それは僕に対する物だった。

 だから彼女は見違えったように。最後は笑顔で逝ったのだ。



 生まれた子供は普通の子供だった。

 悪魔の力を持ってはおらず。ただただ、一人の少女の子供だった。

 その瞳は恐らく母親譲りの青い瞳だった。可愛らしい大きな瞳を見ながら、僕は優しく頭を撫でると、ユサは嬉しそうに微笑んだ。

 少し言葉を覚えだし。パパなどの意味を理解し発するようになってきた時だった。


「ユサ、ごめんね」

「……ぱぱ?」


 僕はやり残したことがあった。


「少しだけひとりぼっちにさせてしまうね。でもパパは、ママの願いを守りに行くよ」


 ノージ・アッフィー国の中でも安全と呼ばれるコイト町にいる知り合いに。

 僕は一時的に、ユサを預けた。


 あの人が最後に望んだこと。

 それはただ一つ。




 自分を作った存在の撲滅と、彼女が償えなかった罪の『贖罪の旅』だ。




 例を挙げるなら。

 サザル王国に実際に存在した『ナイトエアー』と言う冒険者チームだ。

 彼らは数年前メデューサと遭遇。

 そこでメンバー5人中3人がさまざまな死因で亡くなり、その中の2人は奇跡的に生き残った。

 だが2人は無事かと言われれば、そうではなかった。


「……ぁ、」

「…………」


 異様な匂いが漂う部屋にいた。

 僕はそこで、人間に見えない。人間を目にしたのだ。

 その一人は、言語能力を失っていた。

 右腕が肥大化し、見るに堪えない姿になりはて。

 ただ息をする存在として病院で隔離されていた。


 もう1人はある意味無事だった。

 だが片足が石になったため、切断することとなり。

 杖と家族なしでは生活出来ないほどボロボロだったし、憔悴していた。

 僕は義務があった。

 伝える義務だ。


「病魔の魔族、メデューサを知っていますか?」


 これが彼女にとって罰になるのだ。

 例えどれだけ彼女が、メデューサが悪意なしに人を傷つけていたとしても。

 その結果。人生を奪われた人間がいるのは確かだった。

 最後にちゃんと誠意を籠めた謝罪をして、僕は地面に土下座した。



 僕はその人に殴られた。

 その人の家族にも暴言を浴びせられた。



 足りないとは思うけど。

 その恨みは、彼女にとっての罰になった。

 僕にとっての罰になった。

 被害者のやるせない激情の、吐き口になった。


 人の人生を理不尽に奪うのは、とても、許されないことなのを知っている。


 だから僕は肩代わりすることにした。

 殴られ蹴られ、気に行くままに暴言を浴びせられて。僕は1人で痛んだ。


 そして僕は決心したのだ。


「……ツノの生えた人間が、諸悪の根源だ」


 ツノが生えた人間は、最初のメデューサを作り出したと言われている存在だ。

 ある程度被害を受けた人のサンドバッグになった後、僕はそのツノを持っている人間を調べるために。各地を転々としながら探し始めた。




 僕はその時、魔法大国グラネイシャの北の街で、取引先の商談に来ていた。

 一応表の顔は商人だった。

 洋服を作っている人から、それを各地に売り込むと言う。建前だったけど。

 仕事の一環でグラネイシャへやってきていた。


 思えばこのグラネイシャは過去に僕が生まれ、捨てられた場所だった。

 僕が居た孤児院は既に無くなっていたけど。

 まだあの家族はいる様だった。


 相手が覚えているか知らないけど、昔趣味が合って話した少年がいる家。

 確か、ジャック家とか言う家だ。

 そして僕はそのジャック家に用事があった。


 久しぶりにやってきた洋服工場。

 グラネイシャの南の街にあった場所で、まだ一応残っていた。

 全部終わったら。僕はここでユサと暮らそうとしていた。

 ずっと待たせてしまっているけど。

 早く会いたいな。と思うと当時に、家の玄関のしばらく開けていなかったポストに。

 手紙が入っていた事に気が付いた。



 手紙には、『グラル・ジャック』と言う名前が記されていた。



【遅れながらも手紙を読ませてもらいました。

 僭越ながら申し上げると、あの日私は、自分の行いに悔いていました。

 蛇の少女を森から追い出し。何にもしてあげられなかったことを。

 私は後悔しておりました。


 私はツケが回って来たと考えていました。

 私はここぞと言う時に失敗する。決めきれない男でした。

 だから、ああ、またやってしまったんだな。と勝手に思い込んで片付けてしまっていました。


 だからこそ、あまりメデューサさんは気を落とさせないでください。

 私はある意味これが普通なのです。


 正直に言ってしまうと。

 余命宣告をされてから私は未練なんてないつもりでした。

 自分のしたかった自由な生活もできて、街も発展させることができて。

 子供たちも無事に巣立っていき。

 幸せだからもういいやと。何となく思っていました。


 ですが、ふとその閉じ切った扉を見ると。

 ふつふつと溢れ出す後悔とともに、まだ生きたいと感じてしまうのです。

 私が未熟じゃなければ、彼は違ったのかと、今でも思います。


 結局私は。

 たった一人の息子が、まだ気掛かりなんです。


 今回、メデューサさんから手紙をもらって。とても嬉しいと思いました。

 子供らしい感想にはなってしまいますが。

 あなたはまだ、頑張れる。

 幸せを掴んでください。

 あなたの幸せを、ひそかに願っています。


                        グラル・ジャック】


 その手紙を読み終わって。僕は崩れ落ちた。

 こんなに優しい人が居たという驚きと。

 初めてされた感謝の言葉を、メデューサに見せてやれなかった事に悔いを感じたのだ。


 恐らくこの手紙が来たのは少なくとも一年前。

 メデューサは、あの手紙を書いてから数カ月後には石になっていた。

 そこから僕はユサの事で各地を回り。そしてグラネイシャへ帰らずにすぐさま旅に出ていた。

 ユサのゴタゴタの最中か、グラネイシャから離れている間にその手紙は来ていたのだろう。

 返事を返せなかったことが当時、心残りとなり。


 僕が北の街でやらなきゃいけないことが、増えたのだ。




「兄さん、酒。好きかいな?」


 北の街の商人会は陽気な人が多かった。

 僕は商談と言う形だったけど、そこで縁があり。一緒にお酒を飲ませてもらった。

 街の外れにある食堂で騒いでいた時。

 その男がやってきたのだ。


 名を、ケニー・ジャックと言った。


 懐かしい名前だと思わず感傷に浸った。

 あの時、たまたま成り行きでお邪魔したジャック家で出会った少年と。

 ここで出会うとは本当に思っていなかった。


 そしてケニーが、父グラルについて聞き込みをしていると聞いた時。

 思わず絶望した。


「グラルさん、ご病気らしいじゃないか」


 僕は知っていた。その病の正体がメデューサの病であると。

 もともとは信用できる人に頼んで、既にこの時僕はバーモク病と知っていた。

 何ならその特効薬まで。あの雑貨屋の店員に頼んで取り寄せていた。

 そこで僕は計画を変更した。


「確か、ケニーと言ったね」

「はい。そうですが、どうしましたか?」

「話がしたい。グラルさんの事を、もっと知りたいのだろ」


 特効薬と伝言を託して、僕はその日のうちに街から消えた。



――――。



 そしてついに僕は、目的を一つ達成した。

 贖罪の旅は、一年半年と言う長い年月で終わったのだ。

 やっとユサに会えると喜びたかったけど。

 まだ僕にはやることがあったのだ。


 ツノの生えた人間について調べた。

 魔法大国グラネイシャの大魔法図書館はどこの国の図書館よりも大きい。

 そんな場所で調べた結果、

 類似している情報が多数発見された。


 サザル王国にてツノを持っている『上位魔族』が居ると言う情報があった。


 その魔族の名前はセイレーン・ラベル。

 大昔の魔王グルドラベルの名の一部を名前をしている上位魔族だった。


 元来、

 魔王『グルドラベル』の名の一部を自身の名前に出来るのは、

 上位魔族と一部の魔族だけだったと読んだ本には記述されている。

 それは『グルドラベル』への、

 服従の証として渡される称号のような物。

 「俺から一番近い地位のお前らは、俺の名前を名乗る権利がある」的な感じらしい。


 だが、大昔の魔王『グルドラベル』は現在の魔族からは嫌われているらしく。

 今の時代で、『グルドラベル』と言う名前を受け継いでいる魔族はごく少数らしい。

 一部の上位魔族と、

 忠誠心が高かった一族を省いた他の魔族は、

 ほとんど新たな名前で一新されていた。

 そんな与太話はまぁ良くて、まとめると。


 このセイレーンと言う男が、

 メデューサを作った人物である可能性がある。と言う事だった


 そしてもう一人。

 数年前に姿を消した都市伝説的な存在、

 『死の魔人』もツノを生やしていたらしい。


 案外魔族らへんはツノを生やしているイメージだったけど。

 まずまず人型の魔族自体が上位魔族だけだと言うから、そのことに驚きを感じた。


 取り敢えずこの『セイレーン・ラベル』と『死の魔人』が候補だ。

 この二人を探し出そう。


 そう決心したのも束の間。

 僕の耳に入ってきた情報が、その予測を全て覆した。



 『死神』の存在だ。



 死神。

 見た目は人間と変わらないそうで、

 帽子などで隠せるくらいの大きさのツノをオデコに生やしている。


 そして魔物を操り。

 つい最近、魔法大国グラネイシャに襲撃を仕掛けたらしい。


 グラネイシャ王から公表された情報は。


 全て、僕の探していた存在に繋がっていた。



――――。



 ■:魔法大国グラネイシャ・南の街



「これがここに来た理由ですよ。ロベリア・フェアフィールド」

「よしてよフルネームは。ロベリアでいいわ」


 虹色の空がまだ輝いている時間に、僕は彼女と共に街を進む。

 彼女の名前はロベリア・フェアフィールド。序列三位の『銃士』だと言う。


 彼女が持っている銃は、どこか不思議な魔力の力を感じた。

 魔道具だろか?


「そんな長物の銃で魔物と戦う気だったの?」


 ロベリア背中越しに、優しい声色で聞いて来た。


「え、ま、まあ」

「別に恥ずべき事ではないわ。実際通常の魔物なら、それでも対処は出来るもの」

「通常ですか?」


 魔物の種類についてはあんまり知らないけど。

 多分、話的に、色んな種類が存在しているのだろう。


「ここに現れている魔物は通常の物ではないのですか?」

「いいや、大部分は普通の大型魔物の様ね。でも一部、異形種が混じってるみたい」

「異形種?」

「ちゃんとした正式名所を知らないからそう言っているけど。

 少なくとも、さっき私が相手した異形種は序列でも苦戦するレベルの物だった」

「そ、そんなのがいるんですか!? 王都は……大丈夫でしょうか」

「まあそれは神のみぞ知るってかんじだわ。うん」


 王都の方向へ歩きながら。

 僕とロベリアは会話をする。

 どうやら南の街の避難自体は完了しているらしく、さっきロベリアさんから聞いた話だと。

 既に近衛騎士団が住民の避難を完了させているらしい。

 でも、僕はそれについて、気になる事があった。


「どうして住民を地下に避難させたんですか?」


 僕は背中を向けに歩いているロベリアさんにそう問う。


 魔物の強さは知っている。

 冒険者でも経験がなければ対処が難しいとされる存在。

 それが今この国全体に現れていると言う。

 しかし、どこか手際がいいと思うのだ。

 僕の予想にはなるけど。王様はある程度この状況を予期していたと思うのだ。


「ま、君に作戦を話しても特に問題はないようだね。うん。じゃあ説明しようか」


 そこまで言葉を紡ぐと共に、ロベリア・フェアフィールドは突然立ち止まった。

 そして振り返ると同時に、小さく口を開いて。


「第二次魔物群討伐作戦は、いわば追い込み漁なのよ」

「追い込み漁?」

「あの魚とかを捕る時にやる奴よ」


 確か船で魚の群れを囲んで、どんどん網へ追い込んで大量に捕まえると言う。

 あれか?

 それを魔物に対してやろうとしているのか?


「……それは、なかなか強引な作戦ですね」

「本当にね。なんならあの王様は、街の破壊などの損害を考えずにその作戦を実行させようとしているのだから」

「え? どうして? そんな事してしまったら。経済的打撃に繋がるのでは?」


 僕が商人会などを隠れ蓑にしていたから分かる。

 そんなことをしたら各地に存在する建物や施設が全て壊れて、下手したら国と言う機能自体、危うくなるんじゃないのか?


「多分だけどね。これはアタシの推測だけど。そんなしのごの言っていられない状況になると、最初から予想していたんだと思う」

「と言うと?」

「王様は最初から魔物の中に通常とは違う種類が紛れているのを読んでいたのよ」

「……それとこの追い込み作戦がどうつながるのですか?」

「だからね。要するに」




「異形種以外の通常種を早めに駆逐して、戦力的損害が少ないうちに決着をつける気なのよ」




 なんて作戦だ。

 もし本当にその通りなら。あの王様、いいや、


 アルフレッド・グラネイシャは。

 とんでもない男だ。


「だから早めにここから退散しなきゃね。そして私への使命も遂行する為ににも、私は今から王都王城へ行くんだけど」


 ロベリアさんは片手で、自身の帽子つば鍔を触りながら。


「どう? あなたも、死神とやらに用事があるんでしょ」


 それは誘いだった。

 一緒に死神を見に行こうと言う誘い。


 七色の空の下、僕は僕より数センチ身長が高い女と出会った。

 そして僕は。

 決着をつけるために。


「――その勧誘、乗ったよ。ロベリア」

「ふふ。面白くなってきたわね」


 待っててね、ユサ。

 全部終わらせて、父さん帰るから。



 賢者は歴史から学び、愚者は経験で学ぶ。



 多分僕は、愚者だと、後に後悔したのだった。







余命まで【残り●▲■日】