九十話 「因縁」




 ――私が感じた屈辱の中で、それはとてつもなく悔しい物だった事を覚えている。




 唯一私が自慢できる事であった『闇魔法』。

 それを簡単に取得し、私の先に行った男が居た。

 名は、アルセーヌ・プレデター。

 私と同じ学年の彼は。制服を着崩し、不良と名を轟かせながら。

 私が誇れる唯一のソレを、簡単に超えた。


 『魔法大国グラネイシャ』・『ノージ・アッフィー国』

 の間にある森に位置する特別な学校。


 オラーナ魔法学校。


 そこで私、三年生のナターシャ・ドイドは。

 同学年の不良少年。アルセーヌ・プレデターに憤りを覚えていた。


 オラーナ魔法学校は魔法に関する事で才能を持つ子供を集め。育成することを目的とした学校だった。

 入学してくる生徒は毎年少なく、変わりに個性豊かな生徒が入ってきたりする。

 全員魔法に関するエキスパート。将来大物になる人物ばかりだった。


 そこに私は通っていた。

 通う、と言っても寮だから違うかもだけど。

 私はそこで。不良と出会った。



――――。



 ナターシャ視点。



 ノーランさんはあの後すぐに騎士によって運ばれた。


 重症どころの騒ぎじゃなかった。

 心臓が止まりかけていたらしい。

 私の無理な血流操作も、もしかしたら関係しているかもしれないが。

 あの場では、それがなきゃ今がない。


「あなたも足の怪我で立てないのでしょ? 肩を貸しますよ」

「あ、ありがとうございます」


 私も騎士に連れていかれ、騎士が護衛していると言う教会へやってきた。

 石のレンガで作られた教会。

 結構ボロいイメージを受けたが、そこにここ周辺の市民が集まってきていた。

 魔解放軍の宣戦布告から既に何時間か経過したが。

 多分だけど、騎士意外にも戦闘をしていると思う。


 この街、中央都市アリシアは冒険者が多い都市だ。

 きっと。腕に自信がある冒険者も市民を守るために加勢している筈だ。

 人魔騎士団だけが戦っている訳じゃない。


「失礼します」


 すると、修道服を着た女の子が私の横に座ってきた。


「はい?」

「治癒魔法を掛けますね。痛んだら教えてください」

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ、主なら同じことをしますから」


 可愛らしい声の女の子はそう言い、脇に抱えていた分厚い本を開いた。

 本をペラペラと捲り。女の子はあるページで止まると。


「――世界のマナよ、人の痛みを癒やし、清らかな加護を宿らせ給え

 ――力の無き民に、弱き尊い人間に。強大な恵みの力を、今ここに」


 ……聖書による魔法詠唱、初めて見る。

 杖と聖書には違いがある。それは使用できる魔法の種類だ。

 杖での魔法行使はシンプルで操作がしやすく、咄嗟の使用に長けている。

 それに対し、聖書での魔法行使は詠唱が長く。

 その代わり杖で使用する魔法よりも効果が違ったりする。


 今女の子がやってくれた魔法は、『ヒール』の上位互換。


「――【魔法】グレート・ヒール」


 淡い緑の光が飛び交い。その優しい声と共に聖書が光を持つ。

 緑の光の中から黄色い粒が浮かび上がり。体全身に暖かい光を感じて。


「……はい。これで完治した筈です。歩けますか?」


 と言われたので、私は動かなかった足に体重を掛けると。


「た、立てました!」

「そうですか! 良かったです!! 

 私は別の方を見に行きますが、何かあれば他の修道女に申してくれれば」

「分かりました。ありがとうございます」


 立ててよかった……。

 私、やっぱり光系の魔法は苦手みたいだなぁ。

 でもこうゆう時の為に、学校でやっておくべきだった。


「……私、行かなきゃ」


 私は歩き出した。

 やらなきゃ行けないことがまだあったのだ。

 中央エリア『アリシア像』の場所へ、行かなければいけない。

 償わなきゃいけない。

 私が、全ての元凶。


 ――人魔騎士団を裏切ったのは私だ。その償いをしなければ。



――――。



 三年前。

 私はドミニクと密談をした。

 密談、と言っても。

 それは一方的な物だった。


「初めまして、俺の名前はドミニクだ」


「こんなとこに連れ出して、なんの用かしら……情報は何も言わないわよ」

「今回は情報が目的じゃない。君に、提案があるんだ」


 暗い場所で、私は椅子に縛られていた。

 そこから大体4メートル先の階段に、ドミニクは見下すように座っていた。

 私は買い出しの際に誘拐された。

 ドミニクは手馴れた様子で私を気絶させ、知らない倉庫で拘束されていた。

 魔解放軍に接触は二度目だ。

 だが、私個人にこうして接触してくるのは、初めてだった。


「提案……そんなの、聞くつもりはないわ!」

「つもりがなくても聞くしかない状況だろ? 俺は今お前の命を握っているんだ。

 流石の馬鹿でも、ここで否定出来る余裕があるかないかは理解できるだろう?」


 赤い目が私を見下すように見る。それは、心底私の事がどうでもいいような目だった。


 ……実際、その通りだった。

 腕は縛られ、身動きの取れない状況。

 だから聞くしかなかった。


「……何よ」

「簡単な提案だ。お前の同級生の、アルセーヌ・プレデターを人魔騎士団に勧誘しろ」

「………なぜ?」

「訳までは話すつもりはない」

「じゃあその見返りは?」

「近々、とはいかないが。数年もしたらお前らの目の前に現れてやる。

 俺らを探しているお前らからしたら、願ったり叶ったりな話だろ?」

「………」


 その時はドミニクの腹の内が分からなかった。

 でもきっと、それが魔解放軍にとって今後利益になる事なのだと予想できた。


 アルセーヌ・プレデター。

 私はその名前を忘れた事は無かった。

 私の唯一の特技を軽々と超えた男。

 学生時代の、因縁の相手。

 と言っても私が一方的に感じている事ではあったが。

 私にとってアルセーヌ・プレデターとは、少し抵抗を覚える存在だった。


「嫌と言ったら、どうするの」

「その場合はお前をこの場で殺す。お前は人魔騎士団の中でも優秀過ぎるからなぁ」

「強引な人は嫌われるわよ」

「魔王を復活させようとしてるんだ。強引じゃなきゃやっていけないよ」

「……どうして、アルセーヌ・プレデターなの?」

「だから、話すつもりはないと言っているだろう」


 ドミニクは心底だるそうな顔をした。

 だが私はこう続けた。


「どうして……私の因縁の相手なのよ」

「……因縁? そこらへんは知らないけど、まぁ、君なら出来るんじゃない?」


 因縁。と言う言葉にドミニクはなぜか反応した。


「何がよ」

「因縁に、決着でもなんでもすればいいじゃないか。

 なんだか人生相談みたいであれだが、

 こちらとしてはアルセーヌを人魔騎士団に引き入れてくれた方が都合がいい」

「……敵にそんな事言われるなんて、何だか意外だわ」

「失礼な。ただの兄弟想いと思ってくれよ」


 その時、その言葉の意味を理解で来ていなかった。

 何故なら知らなかったからだ。

 私は、ドミニクの本名がドミニク・プレデターと言う名前で、アルセーヌの弟だと。



――――。



 私がその事を知ったのは、つい最近だった。

 結局私はアルセーヌを誘い。人魔騎士団へ引き入れた。

 そこから二年が経過し。ある日、ケニー・ジャックと言う男が人魔騎士団へ来た時だった。


『ドミニク・プレデターと言う男に、俺らは魔道具ディスペルポーションを奪われた』


 そんな話を聞いて、私は衝撃を受けた。

 ドミニクと言う男は。アルセーヌ・プレデターの血縁だと。

 初めて知ったのだ。

 私は全然知らなかった。ドミニクのフルネームなど、聞かされていないからだ。

 ただ、サザル王国でドミニクが動いたと言う事は、約束の時が近いのではないかと何となく察した。


 その約束の日が、人類史上最悪最低の大虐殺だとは、まだ知らなかった。



――――。



「騎士団の人! 待ってください!!」


 私が教会から出ようとすると、背後からそんな声が聞こえた。

 ガラガラの声で、驚いて振り返るとそこには。


「ノーランさん……?」


 ボロボロで気絶していた筈のノーランさんが奥の部屋から顔を出していた。

 もう治療は終わったのだろうか?

 いや、多分まだだろう。

 こんな短時間で終わるはずがない。


「あなた、どこへ行く気ですか?」

「………」


 中央エリア『アリシア像』。とは答えられなかった。

 なんて言えばいいのだろうか。

 この人は、きっとそれを止める気がした。

 この人の事をあまり知らないし、理解したつもりはないけど。

 常に死が近い騎士団なら分かるのかもしれない。


 ――死にに行く人の背中を、知っているのかもしれない。


「………」

「……」

「ど、どこにも行きませんよ。ただ、散歩をしようと思って」

「嘘を、ついて、いますよね。あなたは今、散歩の雰囲気じゃない!」


 荒げるように、ノーランは私に向かってそう言う。

 するとノーランの背後から人が出てきて。


「ノーランさん! まだ休んでなきゃ!!」


 と、後ろから修道女が出てきた。あぁ、さっき私の事をヒールしてくれた人だ。


 やはり、ノーランさんはまだ治療途中。そんな状態なのに、私を追ってくるとは。

 騎士って言うのは。自己犠牲で成り立っているのかしら。

 サリーもそうゆう感じだったわね。


 全く、嫌になるわ。


「また会えたら会いましょう。私は、因縁に決着を付けに行きます」

「騎士団の、ま、待って!! な、ナターシャさん!!」


 その瞬間、ノーランさんは足を踏み外しその場で倒れた。

 流石にあの傷で、自力で立ち上がるのは不可能だろう。

 ノーランさんの後ろから来た、私の事をヒールしてくれた修道女に鋭く睨まれた気がした。


「――――」


 自分勝手で申し訳ないけど。これは私が何とかしなきゃいけないんだ。

 私が悪いんだ。私が始めたんだ。

 なら、償わなきゃいけない。私がこの事態を止める。

 ――因縁。アルセーヌ・プレデターとの因縁に。

 私は終止符を打つ。



 人魔騎士団:秘書 ナターシャ・ドイドは、中央エリア『アリシア像』へ足を進めた。







 余命まで【残り●▲■日】