八十六話「ヴェネット・ハッグ」




 わたくしの名前はヴェネット・ハッグ。




 この名前は、自分で考えた。

 元々わたくしは、奴隷だった。


「今宵! 珍しい物が見れますよ!!」


 名前は無かった。

 太った男がそう言うと、眩しすぎる光が全身を包んで。

 腕が固定されて、足が固定されて。

 完全に身動きを取れなくされてから――。


「一本目!」


 わたくしの真横に、投げナイフが飛んできた。

 わたくしは当時、変人向けのサーカスの奴隷で。

 投げナイフの的。と評された客引きとして扱われていた。


 的。と言ってもわたくしに当てるのはただグロいだけだ。

 正確に言えば、わたくしに当たらないギリギリのラインを狙って投げるナイフの芸だった。

 期間で言えば三年くらいだろう。

 ずっとナイフの恐怖におびえてきた。


「おいガキ。今日も仕事だ」

「……はい」


 “偶数”の日のショーがあり。“奇数”の日は休みだった。

 だからだろう。いつの間にか、偶数と言う言葉自体が嫌いになっていた。


 ある日の事だった。

 わたくしは、全てが見えるようになっていた。


「………」


 全てが、だ。

 こっちに来るナイフの着弾点、刺さる場所や。

 どう投げるとナイフが飛ぶか、曲がるか。

 その全てが。情報ではなく力として手にした。

 ――覚醒。とでも言うのだろうか。

 分かって、理解して、そして。



――――。

―――。

――。



「た、助けてくれ……」

「……」


 少女は太った男を睨みながら、死んだ目を使って。


「嫌だ。しんでくださいまし」




 その日から、少女は名を名乗った。



――――。



「……」

「……あの、えっと」


 その状況を説明するには、色々憶測で語らなきゃいけないと思う。

 憶測で説明するとするならば。その状況は。


「えっと、わたくしの名前はヴェネット・ハッグって言いますの。ヴェネットって呼ばれると喜びます」

「は、はぁ」


 女、ヴェネット・ハッグはアーロンにくっついたまま。

 自分の素性、自分の目的。それを全て語ってもいいよと言わんばかりの態度を取っていた。

 まるで絶対服従。

 ヴェネットは嬉しそうに頬を染めながら、アーロンの背後でアーロンの肩を揉んでいた。


「……ケニー。説明しろ」


 とは、サリーの言だ。

 ちなみに俺の胸に突き刺さったナイフに関しては既に治療済みだ。

 アーロンの魔法はやはり凄いな。ここまで治せるとは。

 と、感心する時間もなく。


「説明、しろ」

「……こいつは、多分だが“偶数を嫌って奇数を好いてる”んだ」

「………はぁ?」


 偶数を嫌い、奇数を好く。

 そんな変な人がこの世に存在するのかと言われれば、今目の前にいるとしか言えない。

 俺らの年齢は共に42歳と32歳。


 『あぁ、そう。――偶数、嫌いだわ』


 と言う言葉を考えるに、俺らの年齢が偶数だから襲ったと思っていいだろう。

 そんな意味の分からない理由で襲われるのも何だか変な話だが

 色々意味の分からない女、それがきっとヴェネット・ハッグと言う女なのだろう。

 そしてアーロンの年齢は9歳。

 偶数ではなく、奇数なのだ。


 だからこんなにべったりと、アーロンにくっついている。

 正直親の俺からしたら気持ち悪いくらいに。


「おいヴェネット。そこから離れろ」

「なんでですの? わたくしとアーロン様の関係を嫌悪するのは勝手ですが」

「お前とアーロンに親密な関係とかねぇだろ」

「確かに今はありませんが。これから作ればいいのです」


 前向きか!

 つってもアーロン。お前も苦痛だろ。

 早くそんな女引きはがして……あれ?


「……アーロン?」

「………あ。いや、何でもないですよ?」


 なんか、頬赤くね?

 あれぇ……これ昔見たことあるぞ。

 この世界で少数しか出回っていない『薄い本』と言う書物に記されていた関係。

 ――『おねしょた』……マジかよ。

 い、いやいや! 俺は認めんぞ。

 こんな関係、絶対に認めない!

 引っぺがしてヴェネットを泣かせてやらぁ。


「これ、さっき襲った人が持っていたアクセサリーです。いりますか?」

「……いいえ。僕は奪った物を貰っても、嬉しくありません。僕は人に優しくし、他人を尊重する人が好きです」

「殺し、やめます」

「そのアクセサリー。戻してきてください。それに襲った人の所へ案内してください」

「もちろんですわ」


 あ、あれぇえええ!!??

 ……アーロンさん?

 いやまぁアーロンならその人の場所行ってヒールくらいかけるだろうけども。

 この状況、そんなに簡単に飲み込んじゃって良いんですか?


 まあその後、そのアクセサリーをちゃんと持ち主に返し、ヴェネットに謝らせたことが一番の驚きだ。

 (↑ちゃんと避難するように言ったからな!)



――――。



「おいヴェネット」

「なにジジイ」

「俺はまだ42歳だ」

「十分おじさんでしょ」


 んだこいつ。なんか俺にだけあたり強くね?

 アーロンにべったりしよって。

 大の大人がみっともないぞ。


「………」


 いや待て、その言い方だと俺もそうなってしまう。

 ……くッ、悔しい。


「どうしてそこまでアーロンにくっつく。それもお前、奇数だからって理由でどうして攻撃を辞めたりした?」

「………」

「お前は魔解放軍じゃないのか?」

「………」


 俺の問いに、ヴェネットは顔色を変えなかった。

 どうして答えない?

 待ってくれよ。マジでお前が分からなくなってきた。


「えっと、ヴェネットさん。どうして襲ってきたんですか?」

「命令と偶数だったから」

「アーロンだと即答するのね分かりました」


 つう事で、ここからは全部アーロンを経由して質問してもらった。

 そこで得た情報は、まぁだろうなって感じだった。


 まず、ヴェネット・ハッグは魔解放軍だ。

 だから、魔解放軍の情報含め、色々聞いてみる事にしてみた。

 するとヴェネットは、魔解放軍の情報をアーロンが質問した場合のみ教えてくれた。


 魔解放軍・幹部の数は9人いるらしい。


 【獣】闘牛『バーテミウス』

 【闘】闘士『フェニックス』

 【機】機械士『アボット』


 【死】死の魔人『死堂しどう

 【侍】殺陣人さつじんびと『オダマキ』

 【銃】狩り屋『ダドリュー』


 【巨】ゴブリン『グレゴリー』

 【装】ピエロ『ティクター』

 【奇】踊り子『ヴェネット』


 と、聞くだけでなんか想像が膨らんだり膨らまなかったりする名前を沢山聞いたところで。


「それぞれの配置とか聞けるか? アーロン」


 この経由して聞くの。

 地味にめんどくさい。


「配置は知りませんわ。わたくしはわたくしの配置だけ聞かされて暴れていましたもの」

「つうかお前、そんな簡単に魔解放軍の情報流していいのかよ」

「だってアーロン様ですもの。隠すものもございませんわ」


 こいつマジで何なんだ。

 こんな情報をくっそ流す奴を仲間にしたのかドミニク……なんか、どんまい。


「お前はどうして魔解放軍に協力することになった?」


 と言う質問をアーロンに経由してもらうと。


「何となくです。ドミニクは協力すればおいしい食事を出し、贅沢させると言ってくれました」

「そんな事で協力してたのかよ……」


 なんだほんとこいつ。

 そんな理由で魔解放軍に協力して、そして幹部って相当じゃねぇか。

 どうしてそんな簡単に情報を教えてくれんだ……?


「……俺からも質問だ」


 すると、黙っていたサリーがアーロンへそう言い。


「メロディーと言う少女について、何か知っているか?」


 確かに、幹部となればメロディーって言う女の子の情報があるかもしれない!

 サリー。ナイス質問だ。

 アーロンはその内容をヴェネットに話すと。


「その女の子なら、わたくしの目の前で“結界魔法の柱”として使用されていましたよ」

「……は?」


 そこから語られた内容から、俺らは色々予測してみた。


 ――魔石。と言うか、魔力と言う物についてだ。

 魔力とは魔法の動力源。それは不思議な力と言ってもいいくらい未解明な存在だ。

 魔法は人間が考えた術式と言う物に魔力を注ぎ、そこで初めて発動する。

 だが、その術式とは何かしらの物質や方法ではなく。概念的な物。

 要は使用する人間の想像力や言葉を術式とし、魔法を使用している。


 純魔石、その性質を俺らは詳しく知らない。

 だが予測することは出来る。

 魔力は本来、『術式』と言う工程を行わなければ発動されない。

 ちなみに、術式=詠唱と言っても違いは無い筈だ。

 術式の本質は概念的なものであり。

 それにちゃんとした制御方法は言葉と人間の想像力だけだ。


 もし、もしだ。

 純魔石は人間の想像力や言葉の制御が無くとも、魔法が発動できるなら。

 昔アーロンが読んだ本によると、純魔石の周りには何もないらしい。

 魔力も魔物も動物も植物も無い。

 そして時折――純魔石からランダムで魔法が飛び出すとも。


 もう分かるだろう。


 簡潔に言うなら、純魔石と言うのは元来制御が出来ない物なのではいか?

 と言う事だ。

 そしてその制御盤として使われているのがメロディーと言う少女だとするなら。

 広範囲の結界展開は、少女メロディーが柱として魔石に取り込まれる事で可能になっている魔法なのではないか。


 人間を魔石へ取り込ませると言う実験は過去に行われていたらしい。

 ノージ・アッフィー国で行われていた実験で、適合者でない限りそれは成功しなかったとサリーが教えてくれた。


 ――つまり、適合者なら可能なのだ。魔石に取り込まれ、魔力の暴発を止める事が。


 人間の言葉や想像力があれば魔力は制御が出来る。

 適合者がどんな特徴を持っているのかは不明だが、メロディーと言う少女がそれに当てはまっているなら。


「これは有益な情報だぞケニー」

「そうだな……魔解放軍の敵の数もしれた所だし、結界の解除方法も探れば分かりそうだ」


 これは大きすぎる一歩だ。

 だがやはり問題はこの事実を他のメンバーに伝える事が出来ないと言う事。

 そして人数的にもこちらの方が不利と言う事だ。


「困りましたね……」


 結局、中央へ進むしかないのだろうか。

 きっと人魔騎士団のメンバーなら中央へ向かうはずだ。

 だから中央へ進めば、必然的に他のメンバーと再会出来るのかもしれない。

 あと、このヴェネットは仲間として捉えてもいいのだろうか?

 敵意は無いように見えるが。

 腹の内が分からないうちは信用しない方がいいか。


 そしてとにかく厄介なのが、アーロンに引っ付いていると言う事だ。

 ……だがそれは、どうしようも出来なさそうだ。

 あの戦闘能力の高さを見れば。

 無理やり引きはがすと言うのがどれだけ無謀かすぐわかる。


 信用していいのか?


 何か、出来過ぎている気がする――。



――――。



 ドミニク視点。


「ヴェネットに付けた魔石はどうなっている? アデラリッサ」

「ちゃんと機能しております。聞きます?」

「聞かせてもらってもいいか?」


 ドミニクはアデラリッサから受け取った四角い箱を耳に当てる。

 するとそこからは。


『とにかく、今は中央エリアへ急ごう。他のメンバーと合流――』

「おー。話してるね話してるね。作戦は成功なんじゃないか?」


 ヴェネットについている魔石。――それは通信用の魔石だった。

 送信だけする魔石。それはつまり、――盗聴器。


 ケニー達の会話は、ドミニクに筒抜けだったのだ。







 余命まで【残り●▲■日】